第二十三話  とんでもない釣り

その1: 蛇が釣れた


 随分昔の体験であるが、しまへびを本当に釣り上げたのである。
針はミミズが付いたままで、しまへびの顎にガッチリと食い込んでいるのである。当然、今までにミミズでへびが釣れた話は聞いたことが無い。 この話を友人に何度話しても誰もがそんな馬鹿なと、一笑に付されてしまうのが常である。それゆえにこの話しはあまり人にしたくは無いのだが・・・

とにかく、話はこうだ!

季節は新緑の五月、愛知川上流の左端の渓である御池川を釣り上がっていた時である。釣り人は左岸を石伝いに遡行して来たが、くの字のように大きく曲がっている場所に来た。くの字の内側は丁度岩が半島のように張り出している。

半島は僅かに苔がついているだけの平たく灰色した岩だが、その真ん中の少し窪んだ所に、へびがとぐろを巻き日向ぼっこをしているのが見えた。

へびは無毒のしまへびでよく見るとかま首を持ち上げ舌をペロペロ出しているのが分かった。

腰の魚篭には良型のあまごが2匹収まっており、今日の目標は達成しており、釣り人には余裕があり、ふと遊び心が働いた。 擬似毛ばりを使ってのテンカラ釣りのように、へびの口に針を掛けてみようと。

 そこで、道糸を振り子の原理を使って先ず大きくへびの向こう側に投げ、戻ってくる時にへびの口と思われる付近で手首をひねって軽く会わせた。 その直後竿にガッンとした衝撃が走った。

テンカラ釣りはまったく不得意な釣り人は、まさか一投目で蛇の口に掛かるとは予想もしていなかったのだ。 へびはびっくりして渓に飛び込み対岸に逃げようとして泳ぎ始めた。 その引きは強く、0.4号通しの細掛けはぴんと張り詰めた。 あわてて竿を寝かせて糸を送ったが、やがてぷちんと道糸が切れてしまった。 仕掛けを失ったことは何ともないが、折角日向ぼっこをしていたあのしまへびさんには、悪いことをしたなぁーと今でも思っている。 

一年程前の三月十六日、まだ冷たい雪しろが流れ込む早春の渓で、何んとかえるを釣り上げ

たのである。

その日、鈴鹿の山にも春の気配が僅かながら感じられるようになって来たとはいえ、地上や水中にうごめくものは全く見当たらないのであった。

この事件は釣り人の持ち合わせていた知識、すなわち、かえるは気温が低下すれば冬眠して、暖かくなったら土中より這い出してくるもの。 と言う常識を簡単にくつがえてしまったのだ。 この早春の渓はまだまだ気温が低くまた水温は7℃前後と冷たく、かえるが主として食する羽むし類は、全く飛び交っていない環境下で、木の芽はいまだ吹かず、山は枯れ野の世界で僅かにこぶしが咲き始めた程度であった。

釣り人はとある支谷に入り、落差1.5mぐらいの滝下で竿を振っていたが、全く目印が動かず疲れ果ててタバコを吸うために置き竿にしていた。 一服をしながも釣り人の目は焦点の定まらないまま目印をぼぉーと見ていた。 突然目印が僅かに動くのを釣り人は見逃さず、すかさず置き竿を手に取り合わせたのであった。 しかしその合わせた感触は何時ものものとかなり違うもので、ぬるいのだ。

とにかく引きずり上げると、そこにはミミズをくわえたかえるが釣れていたのである。

その2:かえるも釣れた

あまごと岩魚と翌檜
あすなろつぶやき