釣れ過ぎても、面白くない

約十年程前の話しであるが、会社間で取引があった大阪のとある商社の専務さんより鮎釣り解禁初日の馬瀬川にお誘いがあった。何で私にと思ったがある人を介してのいわゆる接待釣りらしい?  その商社の営業マンとは面識があったが専務さんにはお会いしたことが無く、ましてや鮎釣りは得意ではないので丁重にお断りをしたが、是非とのことであり偶には知らない人と知らない所へ出かけて行くのも面白いかと思い同行させてもらう事になった。 但し、私は岩魚及びあまごを釣るとのことで了承してもらった。 同行者は専務さんの大学時代の友人である大手化学会社のとある工場長さんであった。

私は馬瀬川は始めてである。 専務さんおなじみの中切にある旅館に早朝着き朝食を取り昼食用のおにぎりを作ってもらい専務、工場長組は馬瀬川本流鮎釣り場へ私は馬瀬川上流岩魚釣りのため黒石谷を目指した。

馬瀬川支流のこの谷は林道沿いにあり、川幅2、30m程度で大岩はほとんど見当たらなく精々大人の頭程度の石が多い、上空は木々も無く開けている。 流れは川の中央に糸のように細い流れがありそれは幅0.5〜1m程度である。しかし勾配が少しあるので約2m間隔で4、50cm落差の小滝が連続している渓相である。これでは岩魚は居ないだろうと思いながら取り合えずミミズを付け流れの落ち口に投げ入れた、その瞬間岩の間より大きな岩魚が飛び出し竿をしならせた、それは真っ赤な朱点も鮮やかなお腹が金色のすばらしいものであり予想外の岩魚に思わずおぉーと声を出した。 次のポケットでもその次でも一投目で岩魚が釣れる。 そのようにして5〜6匹を釣り上げたが釣り人としては全く面白くも何とも無い、まさしくミミズ一匹必中状態である。もうその場所で釣る気が薄くなり足を止め、竿を岩に立て掛け何故なんだろう考えていたその時林道に軽トラが止まると同時に頭上より声がした『こらー ここは禁漁区だぞ!』どうやら黒石谷に入ったつもりがその先の禁漁となっている一の谷に迷い込んでしまったらしい。すみませんと謝りながらあわてて林道へよじ登ったが直ぐ下手にマイカーが止まっていた。ほんの僅かに遡行しただけである、岩魚は足で釣れと言われているが・・・その後本当の黒石谷に戻ったがこの谷は川幅が狭く少し釣り上るとすぐに藪釣りとなったので2、3匹岩魚を魚篭に収めて午後より馬瀬川本流へ戻ってみた。

解禁初日であり川には鮎釣りの人々が竿を林立されていた、いわゆる芋の子を洗う状態であり、この状態で専務さんや工場長さんを探すのは容易ではない。 二人の背中を探しながら川沿いに車を走らせていると、全く鮎釣り人が居なく喧騒から取り残されたようなある大淵があることに気づいた。 このエアーポケット状の淵に興味が湧き車を降り本流あまごを狙ってみた。 このお祭り騒ぎの中で臆病な渓流魚が釣れる訳が無いと思いながらである。 ところがである、淵の中央にミミズを投げ入れ流れ出しまでゆっくりと流すと目印が激しく動くではないか? ムム・・??? ウグイかカワムツかと思いながら強引に釣り上げてみると何と約20cm程度のあまごが釣れているではないか。これはしめたと思い再び同様に流すと直ぐに同寸のあまごが釣れてくる。 その様にしてその淵にどっかりと腰を下ろしまるでへら鮒釣り状態にて10匹近く釣り上げた。そのうちに眠くなりその川原で小一時間程昼寝をした。

ふと気が付くと日が西に傾き始めたのであわてて旅館に戻ると、専務さんたちも戻っておられ鮎魚篭を覗いておられるところであったの私も魚篭をそこに並べ、実はこれこれと一の谷件と本流でのあまご釣りを説明したが専務さんはウウーと唸りながら呟かれた『君の釣果を見ると私たちが今迄抱いていた渓流釣りの概念を変えないといけないな!』と真面目顔で。

第十話 閉じ込めた車の鍵

第九話