粋な男の渓あそび


 1998年早春、解禁間もない安曇川本流にF君とアマゴ釣りに出かけた。 
当日は今にも降り出しそうな黒い雲に覆われた怪しげな空模様であるが、釣り人にとっては絶好の釣り日和であり、解禁間もない事とあわせて大いに釣果が期待できた。
安曇川本流は久振りなので、以前に竿を出したことのある場所を選び車で、移動しながら丹念に釣り上がっていくが一向に当りが無い。
そうこうしている内に安曇川支流の針畑川出会い着いたので、この支流を釣り上がることにした。
この支流は上流にて二つに分かれ左は久多川と呼ばれているが、何れも渓流釣りのメッカであり入渓者が多いことでも知られている。
さすがこの渓は魚影が濃く、適当にアマゴが釣れはじめ二人とも気分よく釣り登って行く。

 ところが寒霞峡と呼ばれるところで岩陰に渓には似つかない大きな物が、岩に鎖でつながれているのを見つけた。
それは丁度岩と岩の間に隠すように置かれ、丁寧にも金属製の鎖で十文字に縛られ錠前が付いた比較的新しいステンレス製のオープンドラム缶であった。 さらにその後方の立ち木の高さ1メートルほどのに幹には、古い板切れが何枚も巻きつけられ針金で縛り付けられている。
その板切れにはお寺の山門などの柱や天井に貼り付けられているような厄除け札らしきものがびっしりと貼り付けてある。
なんでこんなところに新しいドラム缶が隠されてあり、厄除け札が立ち木にべたべた貼ってあるのだろう? と考えたが分からない???
早速F君を大声で呼びこれは何だろうと話し合ったが良く分からない。 その時私の脳裏をかすめたものは犯罪⇒死体⇒放棄⇒隠蔽と、常人が考えるミーハー的な事だった。 しかしながらF君には心の内を言わず平静を装いつつそのオープンドラムのふたを開けてみようと提案した。 当然鍵が無いので知恵で勝負である。
提案者の私がまず十文字に縛り付けられた鎖を解いて外そうとしてみたが、しっかりと絡ましてあり中々解けない、まるで知恵の輪を外している如くであった。  直ぐにダメダメだと言いながらF君と交代する(内心はほっとしながらであるが・・・・)
F君は東京の秀才が集まると言われている著名な大学出身であり、我々釣り仲間では非常に頭が良いと評判の男である。
解いてほしい気持ちと、どうか解けないでほしい気持ちが忙しく交差する中で、数分後F君が落ち着いた低く、もの静な声で『解けました』と云った。 さらに追い討ちを掛けるように『この後は如何するのですか?』 
私はうろたえながらドラムの蓋を開けると言ったものの後悔をしていた。 要らないことを言わなければ良かったと。
仕方なくおよび腰でドラム近づき、それを立てるために手を掛けて上部を持ち上げたが以外に軽い気がした。 子供の死体かな???  難なくドラムは立った、次に蓋を開ける為の口金を思い切って外し蓋の周りの臭いを嗅いで見たが異臭らしきものはしない。
いよいよ蓋を取らなけれねばならないが、もしも死体が?と思うと中々蓋に手が掛からない。
ここで後ろを振り返りF君開けてみる?』と聞いてみたが返事が無い。 彼も同様な推察をしているのかと思いながら深呼吸を数回して、および腰で蓋を取りドラムの中を見もしないで数メートル後ろに逃げた。

 寒霞峡は何事も無く静かな佇まいのままであったし、中を覗いていたF君はニャリと笑ってドラムの傍に立っていた。
恐る恐る近づいて覗き込むと中に40リットル程度の銀色のブラスチック容器があり、その中には真新しい風呂桶、タオル、浴場椅子、ホース、ロープ等所謂、露天風呂温泉セットが入っていたのであった。
思わず肩に入っていた力がゆっくりと解されて行くのを感じながらわたしもニャリと笑い返した。
そして後ろの立ち木に縛り付けてあるあの呪いの掛かった木片は薪であり、川が増水しても流されなく、濡れないようにと高いところに縛り、又、盗難防止ために厄除け紙を貼ったものと思われた。
追伸
当然ながら、ドラムは元通りに蓋をして鎖でつないで置いたのである。


こんな所で露天風呂に入りろうと、これら浴場道具セットを置いた人はどんな人だろう、一度お会いしたいと思っている。   第5話完
      第六話(渓でのとある事故)

 バブルがはじけ、日本中が不景気で失業率が近畿では7%強もあると言われている今日、僅か三、四年前の渓での粋で素晴らしく、ゆとりがある粋興な男?に関する話である。
急速な速度にて変化をする社会構造。 今後自分はどのような環境で生活するのかまったく読むことが出来なく、将来設計や人生設計が立てにくい現代生活。 たて前が見事に調和し仮と仮との人間関係。
私たちは、こんな社会に日々暮らしている。
そして時々、自分を見失いそうになるがこの話に出で来るような粋興心を常に持ちたいものです。