ブナに刻まれたナタ目

 マタギと呼ばれている猟師さんは古くからある仙道を使って自由に奥山に分け入り鹿、猪、雉などを狩る。
仙道は谷の険悪なところを巧みに迂回し、滝を高巻、渓流を渡り、峠を越えて深山奥ふかくまで続いている。
一方趣味で休日に渓流釣りをしている我々は国土地理院発行の地図を片手に山道を辿りながら奥山に入るが、その山道は良く踏まれていればよいか゜厄介なことにたいがい獣道や崖崩れ、草木が茂る等で分岐したり消失したりする事が多い。
ましてや案内板などは設置されていなく、大概の釣り人は困り果てて行ったり来たりしまうのが常である。
このような状態に陥ったときにブナの木に刻まれたナタ目や、先人が木の枝等に巻いてくれたビニールテープを見つけたときの喜びは何事にも変えがたいものである。

 夏場の減水した渓流を徒渉するのはそこそこの体力と勇気があればどなたでも出来るものである。
しかしながらよく晴れた日に入渓したものの、急に大雨が降り増水した場合は全くお手上げになりそこで滞留するしかない。
一方猟師はここ愛知川上流において仙道を利用するのは猟期の関係で冬季に限られているが、 冷たく、増水した渓流を渡るための工夫がされている場合が多い。
下の写真は白滝出会いにある猟師さんのロープウェイである。 冬季、永源寺より瀬戸峠越えにて神埼川を渡り白滝谷沿いの仙道に入り猟をするためのものと思われる。 下流の仙香谷出会いにも同様なワイヤーが両岸を結んでいる。

 深い谷では林道より渓流への降り口がなかなか見つからなく、エィーヤーとにかく降り始めたもののその先は何十メートルもある断崖絶壁になっていることがよくある。 釣り終えて渓より林道への登り口も同様である。 そのような時はブナの木に刻まれたナタ目を一生懸命探すことにしている。 但し、そこかしこにやたら有るもではなく、古くから利用されてきた古道のみである。
わたしは渓で道に迷ったときにブナの木にナタ目を見つけると、ほんとうにホッとするものでありそれが神々しくさえ見える。
ナタ目模様はその猟師の家紋、商標であり個々に異なるらしい。 従って仲間の猟師にいろんな情報を伝えることが出来るらしい。 ブナの木にナタ目を刻むことにより自分の為の道標であると共に、その猟師の一種の縄張りを指し示していると思われる。

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白滝谷出会いにある猟師のロープウェイ

第五話へ(粋な男の渓あそび)