. 漢詩のルーツは中国。3000年以上前から作られ、約1400年前頃に現在の新体詩の形が出来、漢詩の黄金期となったのが唐の時代である。 このような長い歴史の中で、多くの詩人が、自然や歴史、また出会いや別れを始めとした人生折々の感慨や感懐等々の多くの漢詩を残している。 これらの詩は、時代を超えて今も私達の心を打つとともに、私達に生きるヒントを与えてくれると思われる。多くの自殺者や、家出者が後を立たない現代において、心の糧として漢詩に親しまれることが望まれる。
 下記に野末氏の著書「人生の無常を楽しむ術」の「はじめに」の記述にある漢詩感とその効用については、的を得たものではないかと思い抜粋掲載したもの。
  人生の無常を楽しむ術 −40歳からの漢詩−           野末陳平著(講談社+α新書)    
「はじめに」の抜粋

 ぼくはいま、東京・西巣嶋の大正大学で中国古典や時事間題を教えていますが、学生たちはぼくのことをまったく知りません。ぼくが過去にどんなことをしてきたか、知られていないほうがラクでもあり、 一方でそれは教えにくい面もあるのですが、四十代から上の世代の人たちは、たぶん、ぼくのことを少しは知ってくれているだろうと思います。  だから本書で、漢詩を題材とするにあたっても、「40歳からの漢詩」と副題をつけたわけで、学生向きの内容ではなく、いわば中高年の読者を対象にしています. 「年齢はとりたくないもんだ」と、 かって高齢の先輩たちを茶化していたぼくも、自分が老境に近づいてジジイ扱いされるようになると、 悠悠自適なんてのは夢のまた夢で、万事が思い通りにならない自分の余生にあせりを感じています。 
 「人生は誤算だらけだ。結局は何ひとつ思うようにならん。七十歳になって、やっとわかってきた。昔の人は諸行無常といっていたが、この世の中のことはマジメに考えたってどうにもならない。なるようになるだけだ。素直にそれを受けいれないと、老後がきつい」 同年代の友人たちと会うたびに、こんなことを話しあいます。 学歴も過去の体験も、栄光も挫折も、年齢をとったらもう無意味です。 何をやろうにも、体力や気力や能力が若い人たちに追いつきません。 
 こういうとき先人達は、何を考え、何をして生きてきたのでしょうか。 人生後半の行き方のヒントを求めて、長年親しんできた漢詩を拾い読みしたところ、思わぬ発見をしました。「中国の詩人達は、人生の無情を楽しんでいたのでは!?」日本人は無情の思いで悲嘆にくれますが、中国の詩人たちは必ずしもそうではなく、無常と遊び戯れているように思えます。彼らのそんな生きざまがぼくの興味をそそりました。中学・高校で習い覚えた漢詩は、どちらかといえば、美辞麗句の名調子が中心で、詩吟などには向いてますが、年輩者にはもの足りない面もありました。この本でも、そういう有名な詩をたくさん紹介してありますが、これまで読者諸兄があまり目にしなかったであろう漢詩も、できるだけ多く取りあげることを心がけました。選び方の基準はまったくぼくの好みですが、 有名な詩人たちがぞくぞく登場しますから、漢詩好きの方には間違いなくおもしろく読んでもらえると思います。漢詩にあまり興味のない読者は、「これは、漢詩の本じゃないよ。第二の人生をどう生きるか、の楽しい読みものだ」こんな感じで接してほしい、と思います。
 「人生の無常を楽しむ術」という題名になってますが、 術というほど生き方のノウハウが書いてあるわけでなく、 術は詩人たちの生き方集といった感じに受けとってくだざい。 ぼくは学生時代から、老荘思想と漢詩が好きで、いまだに両者の魅カのトリコです。中村吉右衛門が語り手のテレビの「漢詩紀行」は、かつて毎週見ていましたが、画面にうつる中国の風景は、じつに魅力的で、自分でもつい漢詩を口ずさんでいました。
  詩吟愛好の「茨吟連」(茨城県吟詠剣詩舞総連盟〕や「富嶽流」の知人にいわせると、「漢詩を吟じていると、自己陶酔の境地になる。 中国各地を旅しながら、漢詩の舞台となった土地でその詩を吟じる幸福感は何ものにも代えがたい」これもひょっとして、人生の無常を楽しむ境地と一脈通じるのかもしれません。ぼくが読者諸兄にお願いしたいことは、漢詩はむずかしいものでなく、おもしろくて滑稽で笑いもある、そんな身近なものだという気持ちで、声を出して読んでほしい、ここらに尽きます。 現代は若者にとっては快適で楽しい時代でしようが、四十歳から上の世代にとっては、とてもつらくて、きびしいものがあります。 生き方のお手本もないし、目標も方向性もなかなか定まりません。 これから世の中どうなろうが、自分だけは生き残らなくてはいけないとするならば、中国の詩人たちの生きざまはきっとよいヒントになるだろうと思います。…以下省略

  *紹介されている名句の抜粋

       年々歳々 花相似たり         劉希夷
    歳々年々 人同じからず 

    処世は大いなる夢のごとし       李 白
    なんすれぞその生を労するや