京都地方自治ネットレポート20080507
過労死を生み出さない職場づくり、「人間関係」を考える

 今年も京都自治労連の08春闘キャラバンに参加した。京都自治労連の春闘要求の要請行動だが、対応してくれるのが当然のこととして労務担当の職制の方々だ。
京都自治労連の春闘要求の大きな柱に、賃金改善とともに労働安全衛生に関する要望がある。近年、地方公務員災害補償基金の補償件数約4万1千件、補償及び福祉事業給付費は約249億円(平成16年度では)で漸次拡大している(地方公務員災害補償基金HPより)。特に、各職場で深刻さが増していると思われる疾病に「メンタル疾患」が浮上している。今回のキャラバンではこの問題を意識的に尋ねることにした。
 話の進展は、当然のこととして「自分の職場・自治体でもその問題が起こっており、解決に頭を悩ましている。」という話になり、「職場でこの問題が発生する原因と考えられることはなにですか。」という質問に、いくつかの自治体労務担当者が申し合わせたように「人間関係」「コミュニケーション」に問題在りという答えが返ってきたではないか。誰もが我職場から「心の病」を患って苦しい思い・悲しい思いをする労働者や家族を生み出そうなどとは考えていない。にも関わらず現代の貧困とも言える人間関係の希薄さ、人間同士の水くささが広がり、孤独にとらわれ、「仕事のやる気や働きがい」に重大な悪影響を広げている事態が進んでいるのではないだろうか。
 この点で、労務担当者が少しでも「仕事や職場で心の病などを患うことのない」職場づくりに興味があればいっしょに考え、変革できる余地があるように思い、そんな問題意識でこのメモを参考にして欲しいと思うし、お互いの考えるきっかけになればと思う。
 2006年10月「人事評価制度などの競争的人事管理制度を考える」の補論として読んでいただくとありがたい。

(1)若者の就職判断の最近の傾向について
独立行政法人労働政策研究・研修機構が、3月24日「第5回勤労生活に関する調査結果−スペシャルトピック「仕事と生活の調和(ワークライフバランス)」−」というレポートを発表した。

 レポートの概要によると、次の二点が特徴とされていた。
 @「終身雇用」は、9割弱の支持を受け、その割合は高まる傾向にある。
 A働きたい会社としては、「職場の人間関係が良い会社」に次いで、「仕事と家庭の両立支援を行っている会社」が挙げられた。
 少し以前だと、傾向として青年達は「能力が発揮できる」という期待感で働きたい会社を選ぶ傾向が増加していると言われていた。しかし、いま「人間関係」がよい職場を選ぶというという傾向が特徴になっている。
 また、勤労意識の動向という設問への回答で「日本が目指すべき社会については、「貧富の差が少ない平等社会」を支持する割合が4割強となり、「意欲や能力に応じ自由に競争できる社会」(約3割)を初めて上回った。」とある。一世を風靡した新自由主義、能力主義、構造改革という意識から、みんなの幸せを考える社会の方が好ましいということになりつつあると考えられる。

(2)人間関係を良好にし、協力した仕事が進むように福利厚生を重視する企業も増えているように感じる
 4月12日(土)NHK教育放送の「会社の星」(11:30〜放映)という番組で、「たまには上司をいじってみませんか、以外といい人かも」という番組があった。

 企業での人間関係が希薄になり、企業を去る青年労働者続出で、人材を失い企業の今後の存立にも悪影響が出ている。なんとかしないとという問題意識で、職場のコミュニケーション改善にとりくむ企業紹介という内容だった。
 番組のホームページにこのような紹介が出されていた。
 「番組のアンケートでは、20代ビジネスマンの8割が上司とのコミュニケーションを苦手にしている。バブル世代の上司とネット世代の部下の間にある壁は大きい。」「会話が出来なくて悩む若者の実態をもとに、仕事の様々なシーンで上司と巧みに会話をするコツを伝えていく。」「更に、オフタイムを活用して上司と親密に付き合う方法も伝授する。」「会社の中に、社員がたちが自由に集まって、会話が出来るバーがあります。その名も『たまりバー』。作ったきっかけは、職場の雰囲気が悪く、若い社員の退職が相次いだことです。」「社内にあるので気兼ねすることなく、上司に気軽に話しが出来るようになりました。」「上司も部下との交流を待ち望んでいました。若手社員がきっかけを作ったお陰で、円満な雰囲気が社内に満ちあふれています。 」という流れだ。

(3)講談社現代新書「不機嫌な職場−なぜ社員同士で協力できないのか−あなたの職場がギスギスしている本当の理由」という本について
 2008年3月12日第6刷発行で、上記の本が結構売れている。
 「会社がもっと楽しければ、どんなに活気に溢れた毎日を過ごすことができるだろう」こう感じている人は多いと思います。しかし、実際にはたくさんの人が「会社」という存在に苦労をしています。端的に言うと、「ギスギスした職場」が増えているようです。ギスギスした職場とは、「一人ひとりが利己的で、断絶的で、冷めた関係性が蔓延しており、それがストレスになる職場」です。協力性・親和性が高い、血の通った感じがする組織とは逆の職場です。こうした職場では、社員は孤独感というストレスをもちやすくなります。
 この書き出しでこの本は始まるのだが、職場の安全衛生・メンタルヘルスの立場からも、社員(職員)のストレスは重大な危険因子となるので、興味を持って読んでみた。
 「新しい事に参加してくれない」「熱意を込めて書いた提案メールに反応がない」「何回頼んでも冷ややかな反応ばかり返っていくる」「おはよう等の挨拶がなく、皆淡々と仕事を始める」「イライラした空気が職場に蔓延し、会話がない」「隣の席にいる人とも、やりとりはメールのみ」「困っている人がいても、手伝おうかの一言がない」「派遣社員やパート社員を名前で呼ばない」…などを感じる職場は要注意と指摘している。
 協力できる人づくり・職場づくりに挑戦する企業を紹介し、共通する中身などが紹介されているので、組織の力の向上や組織運営などについても参考となる。

(4)さて、意外と民間企業の中でのこうした「人間関係」の希薄化、個別化に対する問題意識が広がっていることと、自治体の人事担当者が感じている問題意識もまた共通してきていることに注目し、若干の改善方向などについて考えてみたい。
 アメリカ輸入の労務管理、成果主義・能力主義などがますます混沌としてきている状況だ。日本企業がここ十数年間の個別能力主義を人事管理の中心に据えたが、人材の確保が出来ないような状況を生み出し、かえって企業(組織と置き換えてもよいのではないか)の総合力の低下を招いてきたのではないかという矛盾に突き当たってきた。なにが問題だったのか。
 結局、社会的な動物でもある人間を個別化して、個人の能力向上・責任の強化を強調してみても、それだけでは個人の孤立化を生み、かえって組織的な不効率による力量低下につながることが、これらの調査や意見が示していることである。よくよく考えてみると、「競争主義」が成り立つのは集団だからこそである。無人島に一人いれば競争もくそもないのであるから。それならば集団の中で、自分が一番とばかり競っていても、集団がギクシャクしてくることは日常生活の常識として明らかな事実である。集団の中での協力、協力の中での個人の成長ということがもっともスムーズで自然のあり方だという考える方が理にかなっている。

(5)こんな風に考えると「みんながやる気の出る職場づくり」ということの基本となるべき工夫というものが、これまでの労働組合の職場要求の中からも見えてくる。
 「不機嫌な職場」には協力し合える組織づくりにするために3つの点からまとめてある。一つは「役割構造に対する工夫」、二つは「評価情報に対する工夫」、三つは「インセンティブに対する工夫」というものである。

■最初の「役割構造に対する工夫」というのは、個々人がばらばらに自己の世界に埋没(本には蛸壺化と書かれてあるが)することのない工夫である。
 この本の問題意識の始まりは、ギスギス職場が増え企業や組織の活力が低下しているというもので、その打開のために協力できる職場づくりが必要という認識である。個々人の能力主義を追求したあまり個々人が蛸壺化し、組織にとってもう一つの重要な協力・総合力のアップにとってマイナスの要因が生まれ、全体的に後退する状況になってきたという分析である。
 組織力の向上のためには、その構成している人の個々人の能力アップとチームワークである。チームワークがよければその中で、個々人の力が生かされ、個々人もパワーアップするという関係に至る。
 このチームワークに必要なものは、チーム・組織にとっての共通利益を「共有化」する必要があるとしている。
 リーダーが組織にとっての共通利益の共有化の努力を怠ってはいないかと次の様に書かれてるある。
 「中途入社社員の増加、契約社員・派遣社員の活用等、人材の流動化、多様化が著しい現在、こうした流動化、多様化に対応するような、「共有化」作業を徹底して行っているだろうか。 ・期初に一度、社長が方針説明をして、おしまい ・何年か前に説明をして以来、同じ質量での説明をしていない ・正社員には説明をしているが、契約・派遣社員には同じような質量で説明をしていない ・立派な冊子、モノはつくつたが、配布して終わっている こうした施策で終わっていないだろうか。」
 組織の共通利益の共有化にはできるだけ具体的な共通利益を示す必要がある。労働組合なら「労働者の実態の悪化を食い止めるには(みんなの幸せな生活を確保するにも)、労働組合の社会的な力が必要だ」「そのために組合が大きく強くなくてはならない」「そのために団結してガンバロー」ということになるのだろうが。これは職場でも言えることである。
 そして、共有化のための工夫として「発言や参加の壁をつくらない」、「『特定の人にしかわからない』状況をつくらない」、「考えた異動と、異動損しない仕組み」が上げられている。いわゆる民主的な労務管理のあり方の一端でもあり、自信を持ってトップダウンでない労務管理を進めるべきだ。

■二つは「評価情報に対する工夫」というものであるが、「組織がタコツボ化し、個食ならぬ『個職』化することで、自分の周囲で働く人たちの人となりを知らなかったり、下手をすると、同じ会社の社員であることも気づかなかったりする状況が生まれている。人は、素性を知らない人に対しては、協力の意識は弱まる。」としてそれを打開する工夫が述べられている。実際に実行している企業などへの調査にもとづくものであり参考になる。
 最近では、「運動会、社員旅行、社員サークル等の、社員がセクションや階層を超えて、みんなで集まって何かをする活動」「社員食堂、喫煙室、休憩スペース等の場所で、セクションや階層横断的に人が集まる機能」なども含めたインフォーマル活動の後退が指摘されている。もちろん年配者が無理矢理若者たちをこうしたインフォーマル活動に巻き込み、社員旅行などではセクハラの横行などの批判もあり、こうした活動の有用性に疑問が生まれてきたことも否定できない。生産性、効率性の追求という企業の要請とも合致し、ほとんど廃止されてきた。
 しかし、それは本来の組織の協力をすすめるという主旨から逸脱してきた姿であり、協力をすすめるための工夫が必要なくなったわけではなかった。一般的に言われる福利厚生活動の再構築である。インフォーマル活動の見直しはすでに企業で始まっている。その例が、NHK教育放送の「会社の星」などである。再構築に当たって、「ポイントは、面白いこと」としてある。

■インセンティブ(やる気の動機)に対する工夫について、「損得『勘定』から根源的『感情』へ」「応答・反応が引き出す効力感という喜び」「『感謝』『認知』という応答の重要性」「認知がもたらす強い効力感」などが示されている。
 “馬ニンジン”型の損得の限界を示し、心から協力しようと思うそうした環境や目標の重要性を指摘している。このなかで、簡単な職場での挨拶の効果や相手を評価する効果なども述べられている。
 評価について、次の様な指摘がある。「しかし、いまの会社の中では、社員はなかなか認知される機会がない。 それは、会社の中の評価軸が『一軸』になってしまっているからだ。 その一軸とは、「業績」である。 業績をあげた人は偉い、そうでない人はそうでもない、という認知環境になっている会社が多いのではないだろうか。 ・皆がやりたがらない仕事を引き受けてやった人 ・部下の面倒をいろいろとみてやった人 ・主張し合って譲らない人々の仲介役になって調整をした人 ・クレームにいつも向き合って対応をする人 ・元気に振る舞うことで、皆を明るい気分にさせてくれる人 など、会社には多様な能力が集まり、多様な協力があるからこそ、全体が上手く回っていく。しかし、評価の一軸化が進むと、業績をあげる人以外が、会社で周囲に認知される機会は非常に乏しくなっていく。」
 この点で工夫されている企業が増えている。これに成功すれば、日常運営での意見の反映、それぞれの力の発揮は必ず前進するだろう。

(6)「努力したものが報われる」職場づくりは可能だと思う。お互いがお互いをきちんと前向きに評価できる、冷静に話し合いができ、日常的に和やかに仕事をすすめることがきる、そんな職場づくりを意識してすすめよう。誰しも、自治体職場で働いていて「良かった」と思うことはあるもんで、やはりそこが「健康で働きつづけられる職場づくり」の出発点のような気がする。
 財政危機、行革推進などの旗印に、自治体とは何かという本来の姿を失い、なにか本末転倒の行政がまかり通る時代になってしまった。しかし、その矛盾は、職場の労務管理に端的に表れるようになり、「過労自殺」などが広がっている。「成績主義」「成果主義」「能力主義」などの労務管理の手法に疑問を抱きつつ、「人事評価制度などの競争的人事管理制度を考える」の補論として問題提起をしてみた。職場の労働組合役員の参考となることを期待し、職場の労務担当職制の方々に努力をお願いしたい。



小川 進(ogawa susumu)


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