解説: 奈良の写真を志す者にとって、どうしても押さえておきたい写真が何枚 かある。その中の一つが室生寺の石楠花である。 もう、かなり昔の話であるが、花の季節になると、毎年のように室生寺に 通った時代があった。そして、その都度、お世話になった民宿が近くにあ った。 先日、久しぶりにその民宿を訪ねた。 もう昔のこと。おそらく忘れられているだろうと思いながら宿に電話を入 れてみた。 「男一人ですが入れますでしょうか?」 「空いてたはずだけど、ちょっと待ってや...。はい大丈夫ですよ。」 懐かしい女将さんの声が受話器の向こうから聞こえてくる。 「お名前と住所,電話番号をお願いします。」 「東京の木村と言います。」 「木村さん、前も来てもらったかなあ?」 「はい。もうかなり前になりますが、何度かおじゃまさせていただきまし た。」 「カメラマンの木村さんやろ? よく覚えてるわ。」 なんと、15年も経つというのに、私の事を覚えていてくれたのである。 こんなうれしい話があるだろうか。 宿は昔のまま。お世話になったお婆ちゃん、女将さんも相変わらず。 ただ、お婆ちゃんはちょっと耳が遠くなったようだが...。 当時、行くたびに「まだ嫁さんもらっとらんのか。写真と結婚したらあか んで。」と言われていたが、その言葉も昔と同じ。つい笑ってしまったが、 全くその通りで返す言葉がない。当時のことが、ほんの1,2年前のよう に思えたのは、宿のみなさんの気さくな性格からなのだろうか。久ひぶり に心温まる旅をさせていただいた。 ある人から「旅は人に旅をする」と聞いたことがある。ひょっとしたら 奈良に魅力を感じるのは、歴史、伝統文化、昔ながらの風景だけでなく、 人の暖かさなのかもしれない。室生に限らず、奈良各地で人の暖かさに触 れてきた私である。さまざまな人と出会い、さまざまな人と語り合ってき た。また、多くの人に助けていただいた。 今回の旅は、あらためて人の暖かさに触れ、人とは何かを考えさせられ た旅であったように思う。 さて、初回は若草山山焼き。 山焼きは、毎年1月15日に行われるのが決まりであったが、成人式の日 が流動的になったことから、山焼きの日もそれに合わせて開催されるよう になった。あらかじめ、開催日を調べておく必要がある。 山焼きは年によって当たりハズレがある。過去10回以上は通ったが、 この間、雨で中止になったのが2回。花火が上がらなかった年が1回あっ た。これは昭和天皇崩御の翌年である。また、前年のススキの育ち具合、 当日の乾燥状態、風の有無などによっても燃え方が大きく変わってくる。 結局これだけ通って、納得いく結果が得られたのは3回だけであった。 それだけに山焼きの写真は貴重な写真なのである。 山焼きを撮るには、位置関係からして、興福寺の塔、あるいは薬師寺の 東塔,西塔をシルエットにして撮るのが一般的である。そのため撮影場所 は限られる。 ここに掲載した写真は、有楽観光会館ビルの屋上から撮影したもの。 バランス的に絶好の撮影ポイントであったが、数年前にビルは解体され、 二度と撮れない写真になってしまった。 当時は、場所取りが大変で、前日の午後にはビルの前に並ばなければいけ なかった。25番目くらい迄が良い場所を確保出来たように記憶している。 その25番入りを目指して、毎年、寒風に震えながら徹夜で並んだものだ。 山焼きの撮影を卒業して6年が経つ。 その後、あの場所取り合戦はどうなったのだろうか。