3月 東大寺修二会 4月へ

解説:

 奈良には数多くのお寺があるが、話題となるとどうしても東大寺中心に
なってしまう。
 東大寺との出会いは、12年前にさかのぼる。
奈良大和路の風景写真を撮りはじめて7年、それまでに撮り溜めた作品を
なんとか発表できないものかと、当時新宿にあったオリンパスギャラリー
に写真展開催の申し込みを行った。奈良の風景写真は多くの人に撮られて
いることから、審査に通るのは難しいだろうとそれなりの覚悟はしていた
が、幸運にも合格し、開催許可をいただくことができた。
 さて、会期がはじまってまもなくのことであったが、中年の女性が会場
にみえ、ひとしきり見て回ってたあと、ある1枚の写真をじっと見ておら
れる。そして、タイミングを見計らって私のところにやって来て、記帳し
ながら一言。
「〇〇さんよく写ってますね。」
「はあ....」
写真展に出展した写真は70点ほどであったが、ほとんどが風景写真。
かろうじて巫女さん,お坊さんの写真が数点含まれていた。
その写真はその中の一枚。修二会に参籠されているお坊さんの姿を撮った
ものであった。
当時の撮影対象はお松明が主体。法会そのものには全くといっていいほど
興味がなく、お坊さんの名前など知るよしもない。
私が理解してないと見て取るや、「あの方は〇〇さんと言って...」と、
そのお坊さんの話しが始まった。
「ま、マズイ...」
人が写っている写真は肖像権の問題があり、展示しづらいものがある。ま
してや東大寺のお坊さんともなればなおさらである。写真を選ぶ際そのあ
たりが気になったが、会期はたったの一週間。「まあ大丈夫だろう」と、
たかをくくっての出展だった。これはマズイなあと思いながらも、その人
の話しをうかがった。
すると、その女性の口から、次から次とお坊さんの名前が出てくる。めち
ゃくちゃ詳しいのである。そして、是非、外だけでなく、修二会の中を撮
れとすすめる。
そう言われても、私は風景写真専門、人物などほとんど撮った事がない。
それに、修二会は厳粛な行。とても撮れるものではない。
その場は、それなりに話しを合わせてやり過ごしたが、その翌日もやって
来て、今度は知り合いのお坊さんにDM葉書(写真展開催の写真入りの案
内葉書のこと)を送ったという。ますますマズイことになった。さらにそ
の後も、このお坊さんを訪ねて行けと写真まで持って来られる。
さすがに、私もここまでされると下がるに下がれない。結局、挨拶に行か
ざるをえなくなった。
 会期終了後、紹介されたお坊さんを訪ねた。
場所は、二月堂横の寺務所。通されたのは奥の応接室。お茶とお菓子を出
され、それはもう緊張の極値であった。
 これが、東大寺との出会いである。
その後、私がおかしな者ではないと分かっていただいたようで、翌年から
修二会の撮影許可証をいただくようになった。おっかなびっくりではあっ
たが、それから10年にわたって修二会を撮ることとなる。

 この写真は、修二会の最終日、3月15日の昼過ぎくらいに撮影したも
の。全ての行法を終え二月堂を下る場面である。春の嵐とでも言おうか、
その日はすごい風雨で、石段を下るお坊さんの列が乱れた。
先を行くお坊さんには「待って待って」と、後のお坊さんには「早く早く」
と、心で叫びながら捕らえた一枚である。

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