人の話

とにかく結果の人


 正しいと言われる行動自体を、とにかくやっていれば、そのうち良い結果になるのではないかと考える人は、わけがわからないまま、否定されないため、愛されるために、とにかく言われた通りにすることで、親に愛され、認められた存在になってきた人の考えです。

「親だから」「教師だから」「正しいから」「大切だから」と、そのような理由で人は行動することはできません。

 そして、相手ができていないことを否定し、うわべと行動自体を出し、やらせようとすることは、伝える行動でも、訴える行動でもなく、押し付けです
 もっと世間の親や教師に、子供と対話してほしいという自分の思いを他者に押し付け、満たそうとする行動です。

 自分のことを頑張るのです。
 自分以外の他者の頑張りは、自分が何を言ったとしても、その他者が行動を起こしたその他者の頑張りです。

 例えば、親子で道に迷っている人に目的地までの道順を教え、それでその人が目的地まで行けたとしたら、それは、その人が、人から学び、理解し、考え、そして目的地まで行けた、その人の頑張りです
 教えた人の頑張りではありません。
 教えた人は、その迷っている人に道を教えようと思い、自分の知識を伝えた、とここまでが教えた人の頑張りです

 教えた人も、人から教えてもらったり、本を介して人から学び、そうして自分でいけるようになり、人に教えることができます。
 こうしたことが、人と人との努力のつながりです

 道に迷っている人を見て、何とかならないものかと思うだけで、どうすることもできず、ただその人に、「道に迷わないで、早く目的地までたどり着いて」と言ったり、「いつまでも親が迷っていてどうするのですか」「親なんだから、もっとしっかりして早く連れて行ってあげてください」というようなことは、伝える行動でも、励ましでもありません。
 自分の頑張りはなく、そこに人と人とのつながりは一切ありません。

 何とかならないか、早くたどり着いてほしいという自分の思いを、迷っている人に押し付け、さらに、親を否定し、たどり着くという行動自体をさせることで、自分の思いを満たそうとしているだけです。




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