向かいあう

知識を無視する親

 もし、子供がピアノを習い、しばらくして「やめたい」と言ったなら、やめさせてください。

 たとえ習う前に「ピアノを習ってみる?」と聞いて、子供が「習いたい」と言ったから
習いだしたにせよ、子供から「ピアノを習いたい」と言い出したからにせよ
「やめたい」と言ったなら、やめさせてください。

 そして、それまでに人から学び、理解し、考え、行動できるようになったことを
子供に伝えてください。

 たとえわずかであっても、習う前にはできなかったことが
自分が学び、できるようになったことの素晴らしさを伝えてください。

 それが目の前にいる現実の子供のすべてを愛せる親の行動です。

「世間、他者に受け入れられる存在」「認められる存在」を見て、子供と比較し
子供がその存在でなければ、中途半端なことと思い、このまま中途半端にやめてしまうこと
を認めれば、これからも嫌になれば、こうして中途半端にやめてもいいと思うようになると
え、「このままやめれば、今までの努力が何にもならない」「ここまでやらないと、やったこと
にはならない」と言い、子供が得た知識、その努力を足りないもの、意味の無いものと扱い
否定する人は、子供自身を見ることができず、愛せない人です。

 教育はできません。

 認められる存在、受け入れられる存在を見て評価することは、現実の子供の存在
現実に起こした努力、現実にある子供が得た知識を無視し、失くすことです。

 そのようなことを親は子供にしてはいけません。
 誰に対してもしてはいけないことです。


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