虐待

感情が乱れる親

        子供が言う通りにできなければ、なぜ感情が乱れるのか。

 幼い頃から親に弱さを否定され、苦しめられたためです。
 そのため、できない子供の弱さを受け止められず、無意識の中で弱者にされた自分を見
ることになるために感情が乱れるのです。

 さらに、知識の中に親としての存在が『強者の存在』としかないために、やらせようとして
も子供が言う通りにしてくれなければ、上の立場、強者としての自分の存在、行動が成り立
たず、その自分の存在、行動を否定されたという思いから無意識の中で否定を受ける弱者
の自分を見てしまい、感情が乱れてしまうのです。
 それを意識の中では「自分を軽く見ている」「親なんかどうでもいいと思っている」となって
しまうのです。


      いくらあやしても、いくら世話をしても、泣き続ける幼い子供に
      なぜいらついてしまうのか。

 泣いていると自分自身が親に否定されたため受け止められないのです。

 そして、知識の中にある親子関係が「上か下」「やらす、やらされる」としかなく、泣き止ま
そうとする自分の思い、行動に、子供がその通りにしてくれなければ、上としての自分の存
在、行動が成り立たなくなるため、逆に、子供の思いを満たせるように従いやらされている
方である弱者の存在にさせられているかのような感覚となり、幼い頃からひどい否定を受
け、そうした存在にならされてきた自分を見ることになるからです。

 しかし、そうしたことを理解していないために、意識の中ではそれを子供のせいにし
子供から受けている自分への否定のように感じてしまうのです。

 さらに、親の期待、要求に応えられなければ、否定をされ、望む存在にされてきたため
泣いている子供を見て、親である自分に何か期待、要求をしていると思えば、その要求に
応えようとしても泣き続ける子供を見ると、自分が期待、要求に応えられない否定の存在と
感じてしまい、そのことから無意識の中で期待、要求に応えられない自分が受けた親から
の否定を見てしまい、感情が不安定になるのです。

 そして、強者となり自分を成り立たそうとします。

 子供が親を否定するのは、親が子供を否定し、自分の存在、感情を満たそうとするから
です。
 子供はその通りに考え、行動するのです。

 そのような親でないかぎり、子供から親を否定することは絶対にありません。
 期待、要求をしていても、それに応えられなかったからといって、それで子供が残念がっ
ていたとしても、否定の思いを向けるなんてことは、ありえないことです。

 子供から親の愛を切る理由が、人であるかぎり存在するはずがないのです。

 子供は親を信頼して泣いています。

 思いや感情を言葉に変えられる知識が、まだ不足している分、泣いて語りかけています。
 赤ちゃんも泣いたり笑ったりするのは、私達が会話をするのと同じです。
 信頼のない人と好んで会話をしようという人はいません。
 赤ちゃんも不信を持てば、泣きも笑いもしなくなります。

 例えば、私達だって梅雨の時期に気がめいり
「早く梅雨があけないかな」と言うことがあります。

 赤ちゃんも気持ちが優れない時があります。
 その時に「何か気持ちが優れないな」と喋ったら、誰もがびっくりすると思います。

 赤ちゃんはそんなことはできません。
 ですから、その思いを泣いて喋ります。
 
 もし、あなたが気がめいり喋ったことで、相手が「だからどうして欲しいんだ」と
言って感情を乱していたら、どう思うでしょうか。
「そうだよね」ですむ会話を、どうして怒るんだろうと戸惑うと思います。
 赤ちゃんも同じです。

「おかしいな」と思うような泣き方であれば、「苦しいよ」と言っているのですから
「大丈夫だからね」と言って病院へ連れて行き、それ以外で泣いているなら
「そうなの」とあやし、会話をしていれば、愛、信頼が深まっていくこと以外の真実はありま
せん

 子供を否定し、子供を攻撃するような感情の乱れは、実際には子供にいらついているの
ではありません。
 知識の中にある、親に強者の行動を起こされ、不信を植え付けられることをされた弱者
の自分を見て、感情が乱れてしまうのです。
 それを理解して、子供自身を見れば、本来持っている愛だけが残ります。 


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