御開祖物語
浄照 宝海
 [第八章]
 昭和52年の冬
 外は木枯らしが吹き、病院の窓から
 見える六甲山には、雪が積もり始め
 ていました。

 宝海が入院して以来、ずっと
 付きっきりで献身的に看病し続ける
 浄照でしたが、病状はいっこうに
 良くはならず、一ヵ月が経とうと
 していました。

 共に病と闘い、絶えず宝海の手を握り、痩せ衰えた宝海の体を擦らずには
 いられませんでした。
 高熱の下がらない宝海に、淨照は部屋の片隅にある冷凍庫から氷を出し、
 氷枕を作り頭の下に敷きました。
 そして細かく小指の爪ほどに砕いた氷を、熱でカラカラに乾いた口の中に
 そっと含ませるのでした。
 淨照の温かい優しさに心も和らぎ、安らかに眠りにつく宝海でした。

 夜も静まり、もうろうとする意識の中、病床の窓から満月を眺めている宝海は、
 夜の暗さがまるで紺碧の深い海のように想え、冷たく光る月に思わず
 引き寄せられるように感じるのでした。
 この世ともあの世ともわからぬまま、眠りについた宝海は摩可不思議な
 夢を見たのです。

 翌日、暖かい朝陽を浴びて目を覚ました宝海は
 「あぁ、どうしてこんな夢を見たのだろう…どうしてだろう…」
 その日は淨照にも話さず、一日ずっと考えていました。
 しかし、またその夜も同じ夢を見たのです。
 「あぁ、これはきっと何か深い意味があるのだろう」

 12月18日。
 それは、薄衣をまとったような空の青さが、目にしみる日の事でした。
 二人の共通の友人、小田さんが、無邪気にも見える清楚な白い水仙を
 小脇に抱えてお見舞いに来られたのです。
 お互いの趣味である俳句の話もはずみ、久しぶりに宝海も笑みを浮かべました。
 そのうち、雪中花のかほりに誘われたのか、静かに夢の事を話し出したのでした。

 「実はな…二日間にわたり同じ時刻に不思議な夢を見たんだよ。
 それは遠くの方に高い二つの山が並んでいて、片方に彦火火出見命
 (ひこほほでみのみこと)、もう片方には鵜葺草不合命(うがやふきあへずのみこと)
 と書かれていて『これを忘るるなよ。これを忘るるなよ』と大きな声で言われたんだ。
 そして今でもその声が、こだまのように私の心の中にずっと響いているんだ。」

 「それは一体何を意味するのでしょうね。心当たりある方がいますので、
 お尋ねしてみましょう」

 その方は静かに、自宅の部屋で本を読まれていました。
 古来の昔から今に至るまで神世の国とそこに生きる人々、
 その関わりを探求されていたのです。
 電話の呼び鈴に簡素な時間の流れを閉ざされましたが、落ち着いて本を閉じ、
 ゆっくりと腰を上げ、これから起こり得る出来事に僅かな予感を抱きながらも、
 受話器を手に取りました。

 「もしもし、穂積先生ですか?私です。小田です。実は・・・」

 小田さんから全ての話を聞いた穂積先生は、暫く沈黙を続けましたが、
 神道に通じる知識と経験から、一つの社が思い浮かびました。

 「あぁ、それは神世の時代の二柱の神様ですよ。
 その神をお祀りした神社が、鳥取にあったと思います。
 何か大きな意味があるのでしょうから、明日すぐにでも確認しに行きましょう」

 早速19日早朝から小田さんと穂積先生は、鳥取へと向ったのでした。
 曇り空の中国縦断道路を走ったバスが鳥取市に着いた時は、霰まじりの冷たい
 雨が降り、乗り換えて目的地に向かう車窓を横なぐりに雨風が叩いていました。
 鷲峰山と云うその山が見渡せる頃、雨も止み、視界も開け、山の麓、鹿野にある
 勝宿神社の前で車を止めた時は、先程の吹き降りは嘘の様でした。
 そこで、霊夢の意義深い事実を確認したのでした。

 感無量の胸中冷めやらぬまま、一夜の内に厚く雪化粧した、美しい山脈を通って
 帰路に着いた二人。
 終着駅大阪で穂積先生と別れた小田さんは、はやる気持ちを抑えきれず、
 真っ直ぐ病院へ向かいました。

 「わかりましたよ!宝海さんは夢で山の神様の御神示を受けられたのです。
 その二つの山は勝宿神社のご神体なんです。
 『彦火火出見命』は『鵜葺草不合命』の父神で、この二柱の神様は親子で
 祀られているのです。
 そして彦火火出見命の分身が宝海さんで、ご神命があって、此の世に
 生まれて来たのですよ」

 宝海はふぅっと息を吐き、
 「山の神の分霊…私が……小田さん、ありがとうございます。」
 そう言うと宝海は心の中に響く声に耳を傾けているのか、黙ってしまいました。

 昭和53年。
 正月の賑わいもなく年を越した二人のもとに、穂積先生が病院を訪ねて
 来られました。
 お礼を言おうとする浄照をそっと病室の外へ呼び、丁重に話されました。

 「その後、お加減はいかがですか?鳥取に行って以来、
 宝海さんのご病気が治るようにとずっと祈っています。
 何とかしてお救い頂けるよう、お役に立ちたいと思っているのですが、
 山の神様の分け御霊である宝海さんを守護して頂くには、
 お二人にも神道だけを信心して頂きたいのです。」

 浄照はすかさず、
 「おっしゃることはわかりました。でも私は今までずっと観音様におすがりし、
 只々観音様の導きに従って、人生そのものを預けて生きて参りました。
 この度の主人の病気に関しても、観音様に祈願を立て、
 一心におすがりしているのです。
 それをこれから神道だけを信心することは、とてもじゃないですけど出来ません。」

 しかし、穂積先生は何度も何度も『神道の御力におすがりなさい。
 そうするしか助かる道はないのですよ。』と言い続けられるのです。
 浄照は小田さんにお世話になった義理もあり、穂積先生に対して無下に
 お断りすることも出来ずに困っていました。
 そうしている内にも日時は過ぎ、宝海の容態は悪くなっていくのでした。

 宝海が、今にも燃え尽き消えようとしている灯火のように思えた浄照は、
 思いあまって心の内を告げたのです。

 「実は、貴方を助けたいのなら『神道だけを信心するしかない』
 と穂積先生に言われました。
 私は貴方を救ってもらえるのなら、どんなことで、何でもしようと思っています。
 私の命を投げ出してもいい…でも私は…観音様を離すなんて絶対にできません!
 そんな不義なことをしてどうして仏様が許されるでしょう!そんなことをするくらいなら
 一層のこと、私が貴方の身代わりになります!」

 宝海は浄照の眼を真っ直ぐに見つめ、弱々しくなった声を振り絞り、
 深い慈愛に満ちた優しい眼差しで静かに言いました。

 「お前の言うことは当然のこと。観音様を絶対に離してはならぬ…
 信じて疑わない心こそ…救いの道が開けると信じている。
 二人は永遠に…一緒だよ。」
 二人は改めて、生きても死んでも『観音様の御心のまま』と心を定めたのです。

 1月25日。
 はるか彼方より乳白の光が、にじみ渡るように世界を照らし始めた頃、
 静寂な大気に包まれて、宝海は64年間の人生の終焉を迎えたのでした。
 その最期に呵呵大笑される姿は、此の世の全ての執着心を離し、
 苦楽をも超越した、見事の一言に尽きる大往生でした。

 そして、この臨終には大いなる御神意があったのです。

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