御開祖物語
光照
 [第二十七章]

平成元年6月4日。
聖堂の参道には、紅白の幕が
心躍るように風にはためいています。
正装した大勢の人達が、
にこやかな笑顔で次々と
訪れていました。
今日は、待ちに待った
聖堂建立落慶法要式典の日です。

 空には梅雨の季節とは思えぬほどの爽やかな碧空が広がり、
 聖堂の周囲には、色とりどりのお花がところ狭しと咲き乱れています。
 新緑の木々のあちらこちらから小鳥のさえずりが聞こえ、
 森羅万象全てのものが今日の佳き日を祝っているようでした。

 境内から玄関に続く真っ白な階段の両端には、プランターに植えられた
 赤いサフィニアが招待客を迎えています。
 その階段は「乾坤の道」と謂われがあり、天に通じる地上の道、人が神となる
 道のことなのです。
 そこへ一歩足を踏み入れれば、不思議な力を感じるのでした。
 玄関横には受付があり、若い女性の信徒たちが来客を出迎え、
 式次第をお渡しています。

 玄関を入り、すぐ左横の階段を上がれば50畳ほどの外陣が広がり、
 色鮮やかな格天井と山吹色のお御簾が目に入りました。
 みんな息を飲み、呆然と立ち尽くすのでした。
 これら全てに、光照の慈愛と信徒一人一人の誠を瞬時に感じ取るのです。
 そして、外陣である会場は、あっという間に100人を越える人達で溢れ、
 式典が始まるのを今か今かと待ちわびています。

 光照は、数週間前より式典に向けて多忙な毎日を送っていました。
 建立に携わって下さった方々にお礼の気持ちを込めて、自らの言葉で
 綴った感謝状を寝る間を惜しんで作成していたのです。
 また、信徒の人が建立に至るまでを撮り溜めていた映像の記録を、
 式典で披露したいと光照が願い、一つのビデオに編集することになりました。
 僅か2週間で信徒の方々と夜遅くまで仕上げたのです。

 ここ数週間、光照は疲れることさえ忘れ、無我夢中でこれらの準備をしていました。
 その様子を見て、信徒の人達は心配でなりません。
 そんな中でも常に相手に対して、思いやりの心も忘れないのです。
 75才の光照にとって、すでに限界を超え、疲労でいつ倒れてもおかしくない状態でしたが、
 それはまさに観音様の御使いであることを証明されているかのようでした。

 午前10時。いよいよ開式です。
 ざわついていた会場も一気に静まり、厳粛な空気が漂うのでした。
 「同志入場!」司会者の声が響き渡ります。
 一番弟子である法衣姿の高梨さんを先頭に、和夫さん、続いて数人の同志が
 順に入ってきました。
 全ての同志が揃った後、導師である光照の入場です。

 真新しい紫色の法衣に如法衣を身に付けた光照が、真っ直ぐ前を見据え、
 どんな困難にも獅子の如く立ち向かい、どんな苦難をも龍の如く振り払い、
 決して心折れない金剛の雄々しき足取りで、一歩一歩御宝前へと進んで行きました。
 その姿は、数々の試練を乗り越え、信念揺るがぬ法の道を決定した
 女傑の姿そのものでした。
 御宝前に着座し、観音様に聖堂建立が実現できたことの喜びと
 感謝の言葉を捧げました。
 そして、必ず正法弘通することを観音様に誓ったのです。

 続いて全員で心を合わせ、大きな声で観音経と般若心経を唱えました。
 その時です。
 どこからか、とても甲高い透き通るような声が聴こえてきました。
 これまでも幾度となく耳にした観音様の麗しい御声です。
 この日を喜んでいらっしゃるかのように、一緒に読経されているのでした。

 その後、少し緊張が解けたところで歌が披露されました。
 この聖堂建立を祝って観音様から御霊示を頂き、信徒の人が曲を添えたのです。
 それが「落慶法要賛歌」なのです。
 合唱隊は青年部の人達で、女子は白いブラウスに黒のロングスカート、
 男子は白いシャツに黒い蝶ネクタイと黒のパンツの装いで整列し、
 この尊い落慶法要賛歌を声高らかに心を込めて合唱しました。
 この曲は、後々まで歌い継がれていくのです。

 続いて来賓の祝辞が始まりました。建築関係者の人は、光照の温かい
 人柄に触れ、どんなことでもさせて頂きたい、出来る限りお応えしたい、
 という気持ちであったこと。
 またある関係者は、こうして聖堂建立に至ったのは、やはり光照先生の
 強いご意思がおありだったからこそ、観音様のお導きを頂けたのだと言われました。
 どの関係者も皆、気持ちのこもった内容の言葉を贈られたのでした。
 それに応えるように光照は、金屏風の前に立ち、建立にご尽力下さった方々や、
 弟子達へ感謝状と心尽くしの品をお一人お一人に温かい眼差しで
 直接手渡しするのです。
 胸がいっぱいになり、言葉を詰まらせながらも、最後まで毅然としているのでした。

 いよいよ代表である光照の挨拶が始まります。
 まず、感謝の言葉を述べ、照真正道会の根本理念を話しました。
 「真言密教の理念を根本として集まる人々が、自らの心を正し、魂を磨いて身を清め、
 成仏の道に勤しんでいこうという修行しているのが照真正道会です。
 正しい心で真の言葉をかける、人の為に尽くしきる自分となった時、
 初めて真の幸せは現実となって現れるのです。
 それゆえに、この聖堂も信徒の人達が花の一本一本を、溝の鉄板一枚一枚を、
 そしてこの格天井の絵も全部、素人の信徒の人達が一枚一枚
 心を込めて合作したものです。皆さんの真心の結晶なんです。

 御姿なき御仏が『神は光なり』と仰せられ、処々神々しく御光を放たれ、
 その存在を示されます。
 御姿は見えなくても観音様が厳然と御鎮座されていることを信じて、
 自分の魂を磨くことが本義なのです。
 本当に幸せになりたいなら、心を正すこと、人に仕えることです。
 ここは、決してご利益を願う所ではありません。
 磨いた心でこの世を清め、修行するために現されたのが、
 この根本道場なのです」

 およそ20分に渡り、皆の魂に訴えかけるように法を説かれたのでした。
 その想いを受けて、みんな感極まり胸が熱くなったのです。

 式典の最後には、昨日完成したばかりの『聖地に高く』のビデオを鑑賞しました。
 観音様のご霊示により、この高台に根本道場として建立が
 決まった時から、この日までの様々な記録が写し出されています。
 そして、ビデオの最後には、観音様のお言葉が流れました。

 『為す術知らざる朝にも、死をも願いし夕べをも振り返りみて、
 ただ一筋に仏にすがる真心が、今日かように花開きたるなり。
 永遠に華さく法の道』

 放映後は、会場が割れんばかりの拍手がいつまでもいつまでも
 鳴り響いていました。
 全ての式次第が終わり、光照は列席者のお見送りをしています。
 終始にこやかな笑顔で、皆様に直筆の表紙と観音経を書いた
 色紙を記念品として、最後のお一人までお渡ししたのです。
 その表情は、只々皆さんへの感謝と歓喜に満ち溢れていました。

 長い一日が終わろうとしている時、西の空から真っ赤な夕陽が
 2階の御宝前を照らし、そこで一人祈る光照の姿がありました。
 これまでの長い長い道のりを思い返しているのです。
 様々な光景が光照の脳裏に浮かんできます。
 まさかこんな自分が寺院を建てるなんて思ってもみなかったこと、
 一人の方でも幸せになって頂きたい、そして一切衆生をお救いしたいという一心、
 一念の想いが実際にこうして具現化されたのです。

 光照の強い信解と大愛によって、正法根本道場たる聖堂建立が実現しました。
 ここに人が救われる道、人が人として生きる道しるべとなったのです。
 『照真正道会は、世が必死に願いをかけて現世光照を使いと成して、
 正法現わさしめゆく所なり。修行成し、身を清め魂に頂き
 如何にも此処照真正道会とは、現世娑婆に於ける一大浄化の根本道場なり』
 光照は、この観音様の御霊示を魂に刻み付け、命ある限り身を持って
 正法弘通していくのでした。

 ー完ー

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