御開祖物語
地鎮祭
 [第二十四章]

「あぁ…痛い、痛い!」
そこには左腕を抑え、
うずくまっている光照の姿がありました。
「光照先生、大丈夫ですか?先生…先生」
すぐに弟子達が両脇をかかえ、
近くの病院へと車を走らせたのです。
診断結果は、左前腕部の骨折で全治2ヶ月。
74才の光照にとって、骨折の痛みは
とても辛いものでした。


 
その日から不自由なギプス生活が始まったのです。
 それでも翌日から、変わらず日々の行に勤めました。
 本来なら安静が必要ですが、とても世話好きな光照にとっては、

 固定され動きにくいギプスがとても煩わしく、
 思わず外してしまうのでした。

 時はバブルの絶頂期。
 ホテルやマンション、そして一戸建て住宅などが
 どんどん建っていたのです。
 当初、寺院を建てる契約をかわしていましたが、
 建築材料や職人さんの人手不足、
 貯水タンクの撤去の問題で建設が大幅に遅れ、
 一年以上経っていました。

 ある朝、光照は何気なく台所の窓から外を見た時
 「あらっ、桜の木が少なくなってるじゃないの!どうして…」
 先日まで満開に咲いていた多くの桜の木の大半が、
 こちらの許可なく業者によって伐採されていたのです。
 その光景を目の当たりにした光照は、憤りを感じていました。

 そして数日後、またしても思いがけない事態が起こったのです。
 「突然お伺いしてすみません」
 業者の担当者が血相を変えて光照の元を訪ねて来ました。
 「あの…誠に申し上げにくいことがあるんですが…
 今回の寺院建設は辞退させて頂きたいのです」
 「えっ!?」
 「これまで何度も打ち合わせを重ねて来ましたが、
 当社では木造で広い空間を梁や柱なしで建てる技術や経験がなくてですね…」
 「こちらで検討した結果、ご要望にお応えすることができないんです。
 申し訳ございません!」
 光照は、呆れて言葉が出ませんでした。
 「で、ですが、ご自宅の方は責任持って建設させて頂きますので、
 よろしくお願いします」
 担当者は、申し訳なさそうに深々と頭を下げ、
 そそくさと帰っていったのでした。

 その夜、光照は気持ちが落ち着かず
なかなか床につくことができませんでした。
 「あぁ、本当にどうしてこんなことになってしまうのかしら…」
 頭を抱えて困っていた時、観音様より御霊示を頂いたのです。

 『聖堂すでに天に建ちたり。世に現るるのは必定なり』

 「そうだわ。観音様が必ず世に現れる、とおっしゃっているのだから
 間違いないはず。必ず建立できる!」
 光照は、改めて強く確信したのでした。

 それから数日経った法会の日です。

 ある女性の信者さんから、思いがけない嬉しい話がありました。
 「光照先生、お寺の建設の件ですが、私が勤める鉄鋼会社で一度、
 お願いしてみても宜しいでしょうか?」
 彼女は、困り果てている光照を見てずっと
 「何か自分にできることはないか。こんな時こそ、お役に立たせて頂きたい。
 恩返しがしたい」と、陰ながら祈り続けていたのでした。

 その思いが通じ、光照も承諾して、
その会社にお願いすることになったのです。
 こうしてやっと事が動き始めました。

 『はるかなる、のぞみはあれど、この地より清めんことの初めにぞあり』

 まず、法規制に沿って、人の出入りができる石階段を作らなければなりません。

 その年の9月、石段地鎮祭が執り行われ、
 弟子一同が法衣に身を包み、更地に座し参列したのです。
 厳粛な面持ちで光照が修法していく中、弟子達も一心に行じるのでした。

 それから2ヶ月後の11月、石階段が完成しました。
 冷たい秋風が心地よく吹いている中、光照を中心にして弟子たちが
 横一列に並び、完成した階段を見上げました。
 それは、まるで天へと続くかのような真白の石階段だったのです。
 一同は大きく息を飲み、光照とともに心を込めて読経しました。

 それから3ヵ月余りが経った昭和63年3月5日。
 光照が夢にまで見て、待ちこがれた
聖堂建立地鎮祭の日です。
 3月とは言え、まだまだ寒く明石海峡からの
 冷たい風が吹き上げ、底冷えする寒い日でした。
 しかし、光照を初め、弟子達の心は
熱い想いで希望に満ち溢れていたのです。

 目の前には、タンクが撤去された広大な土地が広がっています。
 その予定地の中心に、直径約2メートル、深さ2メートルほどの
 大きな穴が掘られていました。

 神々への供物を整えた祭壇の前で、
光照が修法し弟子達も読経した後、
 深く掘られた穴を清め、その中に供物やお酒を捧げました。
 そして、信徒一人一人が願いを込めて、一字三礼して書いた般若心経や
 観音経を銅板のケースに納めたのです。
 それを万全の注意を払い、そっと地下深く沈めました。
 その時です。

 『命かけ、後に残さん宝塔に、今日ぞ鎮めん、稀なる神々』
 観音様からの御霊示がありました。

 地鎮祭も終わり、まずは光照の自宅から建設されたのです。
 聖堂に隣接するよう設計され、工事も順調に進みました。
 そして、7月にはプレハブの住居から完成した新居に引っ越し、
 これまでと変わらず法会、瞑想会を行い、8月には盂蘭盆会施餓鬼供養も
 修法しました。

 9月には、例年より1ヵ月早く、聖堂建立祈願の為のお四国巡拝、
 そしてそのあとに高野山参拝した日のことです。
 奥の院にて光照がお経を先導している最中、
 思いがけない御霊示がありました。

 『かの地はもともと神の住み給う地なり。
 されば汝等一人ひとり、神の御心頂き得て、聖地たるべき証、
 身をもってなさねば相成らぬなり…』

 それは、思いもよらず厳しいお叱りでした。
 光照は、帰り支度の弟子達に表情を
強張らせながら話したのです。
 「皆さん、3月に地鎮祭をしましたね。
 その時に皆さんが写経をお供えして清めた所が、不浄な場所になっていると
 観音様からお諭しがあったのです」

 光照は、居ても立っても居られず、

 「さぁ、皆さん、今からすぐに向かいましょう!」
 急遽、一向を乗せたバスは、地鎮祭を行った場所へと向かいました。
 到着した頃には、薄暗くなっていたのです。

 弟子の一人が思わず叫びました。
 「えぇーっ!先生、あそこに廃材のような物が置かれています」

 みんなが近寄って見てみると、そこには業者さんが捨てたと思われる廃材や

 煙草の吸殻、ゴミなどが散乱していたのでした。
 「何てことなの…」
 光照は、それを見て絶句。

 弟子達も、それに気づかなかった自分達の不甲斐なさ、
 申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
 クタクタに疲れきった体のことも忘れ、
 ゴミ一つ残さないように無我夢中で清掃しました。
 それから数日後、再度聖堂建立地を
清める地鎮祭を行ったのでした。

 これまで、物事が順調に進まなかったこと、光照が怪我をしたことは、
 まさにこういったことが原因でありました。
 それは、世の中の浄化の為、仏教流布という大きな大きな役目使命を
 頂いているのに、中で集う者達が教えを軽んじ、信心も覚悟も
 足りなかったゆえの結果でした。
 いくら立派な建物が建っても、柱になるべき弟子達の気持ちが
 甘んじていてはいけないのです。

 それゆえ、なかなかお許しが出なかったのです。
 みんなの心が一つになるために、弟子達を試され、試練を
 与えられていたのでした。
 これも観音様からの御導きだったのです。
 いついかなる時も観音様は、常に大慈大悲の御心で裏から
 叱咤勉励して下さっていました。

 弟子一同、観音様に対し、師に対し、心から反省しお詫びするのでした。
 師である光照は、指導者として弟子達以上の自責の念にかられ、
 観音様に只々深謝申し上げたのです。


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