御開祖物語
乾 光照
 [第二十三章]

昭和61年4月
満開に咲き誇る桜の花びらが舞い散る中、
光照は、ある土地を目の当たりにして
思わず大声で叫びました。

「ここ、ここです!」
「良子さん、夢で見た所がここなんですよ」
二人は強く手を取り合って喜ぶのでした。
その広大な土地には、目を見張るほどの
美しい桜の花が咲き乱れていました。

 
それは、光照が新たな道場を求め、土地探しを初めて2年が経とうとしていた
 ある日のことです。
 一番弟子の高梨良子さんと共に、不動産業者の車で神戸市西区へと
 向かっていました。
 車内で光照が小声で話しかけるのです。
 「良子さん、今回で何回目かしらね?いつになったら見つかるのかしら…」
 これまでに数多くの土地資料を一目見るだけで「ここは違う」と
 直感で分かる光照でしたが、未だ夢で見た場所には辿り着いていないのです。
 でも、今回は違いました。

 徐々に目的地の小高い丘が近づき、視線の先には木洩れ日が差しています。
 光照が思わず車窓から顔を出し、辺りを見渡した時でした。
 「あら…あっ、この風景は…あぁ、ここかしら。そうそう、間違いなくここだわ」
 現地に車が到着するや否や、すぐに降りて目の前を見た時、その瞬間が訪れたのです。
 「あぁ…観音様、やっと夢で見た場所が見つかりました…」
 光照は観音様への感謝の気持ちでいっぱいになり、嬉しくて
 思わず声を挙げてしまいました。

 ただ、その場所は大きな貯水タンクがある給水地だったのですが、
 案内してくれた業者の話では、すぐにでも撤去できると言うことでした。
 「ここを買います!」
 光照は、迷わず担当者にそう告げると、すぐに手続きをしたいと申し出ました。
 後日、契約をして長年住んでいた御影の自宅も売却する決心をしたのです。
 それから数日後、あっという間に御影の自宅は売れてしまいました。

 全てが順調に進んでいるかのように思われた矢先、担当者から一本の
 電話がかかってきたのです。
 「あの…実はですね、誠に申し上げにくいのですが…
 あの貯水タンクなんですけど、すぐには撤去できなくなりましてね」
 「ええっ、何ですって!そんな…。あの時すぐに撤去できるとおっしゃってたでしょ。
 どういうことですか?」
 光照は、声を荒らげ憤るのでした。

 業者の言い分は、購入した土地は、建築条件付きの土地で財団法人が
 所有していたとのこと。
 そして、そこには六甲山からの美味しい水が引かれていたため、
 その周辺の住民がタンクの撤去を反対しているという理由でした。
 「困ったわね。どうしたらいいのかしら。
 すぐに着工できると思って御影の自宅も売却してしまったのに…」
 光照は電話を切り、そのまま暫く呆然としていましたが、すぐさま気を取り直し
 「そうだわ、観音様が示して下さっている土地なのだから絶対に間違いない!
 順調に進まないのは、きっと何か原因があるはず」と確信したのです。

 そんな現状を知った弟子たちも、光照の住む所が失われ気がかりでしたが、
 光照は早々と自宅を購入された方に事情を説明し、何とか御影の自宅を
 直ぐに手放さなくて済んだのです。
 契約上、その売れた家の家賃を光照自身が払うことになり、
 結果的に一年近く住むことになりました。

 一日も早く何とかしないと、という思いが募れば募るほど、
 タンク撤去の事態はこじれるばかりでした。
 そんな折、とうとう御影の家を明け渡さなければならなくなり、
 急いで業者に頼み込んで、その土地の隅に一時的に光照が住める
 プレハブの家が建ったのです。

 それから自治体で容認され、撤去作業が進むかのように思われたのですが、
 また一部の住民がどうしても反対しているといって作業は中断。
 話が一向に進まず、お手上げ状態でしたが、知り合いの税理士さんに
 同席してもらうことになり、話し合いの場が持てたのです。
 そして、ついに貯水タンクは撤去されました。
 どんなに忙しくても、どんなに困難な状況になっても、
 自分の成すべきことを決して最後まで諦めず、思ったら直ぐに行動する光照でした。

 この2年の間には、土地を探しながら乾坤の道(中)を発行し、
 青年部を結成して活動を始め、更なる深い教義を学びたい人に
 護摩法を伝法していました。
 そして、ついには照真正道会という仏教一派まで立ち上げていたのでした。

 その年に「もっともっと高い教えを修得したい」という弟子たちのために、
 観音様からの御霊示の勉強をする会を作りました。
 頂いた御霊示をみんなのために、光照は自ら御霊示を書し、ガリ版刷りをして
 数ページ分をまとめて綴じ、渡すのでした。
 法の下に志を一つにして共に歩む者の集い、ということで[同志会]と名付け、
 発足しました。

 土地を契約して1年が経とうとした昭和62年4月、ようやく光照の住む家が完成し、
 御影の家から引っ越ししたのです。
 弟子たちも手伝い、御影と西区を何度も往復しながら無事に終わりました。
 そして、光照も弟子たちもひと安心し、新しく建設される道場を想像しながら、
 感謝の気持ちで再び満開になった桜の下でお花見をしていました。

 そんなある日のことです。みんなで清掃作業をしていた時でした。
 「あぁ、痛い、痛い…」
 光照が左腕を押さえてうずくまっています。
 弟子たちは、慌てて倒れた光照の元へ駆け寄りました。
 「光照先生!大丈夫ですか?先生、先生…」
 やっと順調に進み始めたと思われた矢先のことです。
 「どうして…なぜ?」
 弟子たちは、戸惑うばかり。

 道場が着工するまでには、まだまだ困難が続くのでした。


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