御開祖物語
護摩
 [第二十一章]

昭和59年8月15日
連日うだるような暑さが続いている中、
御影の自宅の居間では護摩供養が
行われていました。

お盆には、13日にご先祖様の霊位を
お迎えし、15日に護摩を焚いて
お送りしていたのです。
 「護摩の法炎によって、多くの方々のご先祖様を救って頂きたい」
 光照は、そう心から願うのでした。
 参加している人たちの熱気と、炎の熱を全身に受けている光照の額からは、
 大粒の汗が頬をつたって流れ落ち、体中汗だくになりながら
 一心不乱に行じていました。

 その護摩壇を囲み、在家僧の弟子たちも光照の間近で炎を目の当たりにし、
 その熱さでふらふらになりながらも勤行しています。

 およそ2時間にわたる護摩供養が無事に終わり、参加者を見送った後、
 光照は暑さと疲労で倒れそうになりながら2階に上がり、
 汗を拭って衣服を着替えました。
 そして、冷たいお茶を一気に飲み干し、ほっとして横になりました。

 しばらく休んだ後、今日の護摩供養を思い返し、
 ふと御宝前の観音様に目を向け思うのです。
 「あぁ、次の世代に尊い護摩法を伝えたい」
 「衆生救済のために密教を一人の方にでも真剣に行じてもらいたい」
 常日頃から熱心に法を求め、信頼できる弟子たちに護摩法を伝法させて頂きたい、
 という強い思いが沸々と込み上げてきました。

 そして、居ても立ってもいられず、即座に御宝前へ行き、ひれ伏し
 祈るのでした。
 「この弟子たちに、密教の奥義を伝法することを乞い願わくは、
 何とぞ何とぞお許し頂きたく伏して申し奉ります」
 「たとえこの場で命を取り上げられても良い所存でございます。
 どうかどうかご決定下さいますよう謹み敬って申し上げ奉ります」
 必死に何度も何度も懇願し続けました。

 光照のその情熱と深い慈愛を観音様がお受け取り下さり、
 在家の者と言えどもお許しを頂けたのです。

 それから数日経った法会の後、光照は、
 一番弟子である高梨さん家族に早速、声をかけたのでした。
 「皆さんをお呼び立てしたのはね、護摩法をあなた方に
 お教えしたいと思っているんです」
 「あなた方は、誰よりもご自分の家族やご先祖を大切に思ってらっしゃいますね。
 同じように他人様を想う気持ちはありますか?」

 「えっ・・・」

 「この法はね、密教の奥義で因縁浄化にも繋がる大法なんですよ。
 観音様の御手足となって働かせて頂く強い覚悟が要るんです。
 いかがですか?」

 「はい!先生より伝授して頂く法を生涯かけて行じる覚悟でございます」
 「私たちに教えて頂くことは、この上ない喜びでございます。
 是非とも、是非ともお教えて下さいませ」
 三人ともその場に頭を伏せ、厳かにお受けしたのです。

 翌日光照は、伝法の準備に取りかかりました。
 奥義を伝法するからには、一つの間違いもなく完璧に、
 行法からその作法に通じる心のあり方をお伝えしなければと、
 改めて心が引き締まるのでした。

 まず、ガリ版刷りした次第書を印刷して三人分用意しました。
 護摩木や釜や法具など護摩法に必要な物は、全て光照が一人で準備したのです。

 数日後、まだ残暑厳しい昼下がり。御影の居間では、
 準備された机の前に緊張した面持ちで法衣を身にまとった
 高梨さん家族が座っています。
 張り詰めた空気の中、厳しい表情の光照が入って来ると
 一層緊張感が増すのでした。
 そして、秘伝の次第書を渡すと思わず三人とも背筋が伸び、
 気合いが入りました。

 まず、次第書の読み合わせを何度も繰り返し、
 更に複雑な印も習得していきます。
 それだけで1ヶ月余りを要しました。
 次に護摩木を組む作法です。
 模造紙に釜の絵を書き、護摩木に見立てた割り箸を使って練習したのです。
 思った以上に組み方が難しく、苦戦しました。

 全員が間違えずに習得できたら次の作法です。
 秋も深まった頃、居間に組立式護摩壇を皆で設置し、
 実際にこの護摩の釜を使って練習していったのです。
 手が震えるのを必死で抑えながら、護摩木を
 一段一段順番を間違えないように積んでいきました。

 それから数日後、いよいよ火を入れて焚いていきます。
 目の前に炎が上がってきた時、三人は思わず固唾を飲みました。
 じっと炎を見つめては、ふと我に返るのでした。
 激しく燃え盛る炎の中に慎重に護摩木をくべている時、
 「あちちっ…」
 一人が思わず手を離してしまいました。
 「火を怖がってはいけません!逃げてどうしますか」
 少しでも甘んじた態度を取ると、すかさず光照から
 容赦ない厳しいお叱りを受けるのでした。

 その後も、何度も何度も行法を繰り返し、帰宅してからもまた三人で復習し、
 何日も光照の家に通いながら習得していきました。
 挫けそうになった時もありました。
 そんな時こそ「人のお役に立たせて頂きたい、
 自分を捨てる行なのだから」と、心を奮い立たせました。

 そして、季節は変わり年の瀬を迎えようとしていた最終日。
 この日は一人ずつ光照の目の前で最初から護摩を焚いていきます。
 教えて頂いたことを滞りなく修法し無事に終えました。
 4ヶ月目でようやく全てを修得したのです。
 終えた時には、光照の表情が一変。厳しい表情から
 いつもの優しい光照に戻っていました。

 「手は大丈夫ですか?」
 と聞かれ、初めて気づくのです。
 三人の手は真っ赤になり、火傷の後もありました。
 陰ながら練習していたことを光照は、気がついていたのでした。
 また、法衣には火花が飛んで、所々に小さな穴も
 開いていたのですが、そんなことにも全く動じることなく、
 三人は一心に行じていました。
 光照は、そんな弟子たちを慈しみの眼で見つめていました。

 数日後、粉雪が舞うある日に伝法式が行われました。
 大乗の心を持って修得した三人を前に光照は
 「よく頑張りましたね。あなた方の熱い想いがよくわかりましたよ。
 この尊い法をこれからは、衆生救済の為に行じて下さい」
 「それでは、これより正法弘通の行者としての導きと、
 御加護を約束するが如く、院号を授けます。
 これは、観音様が認めて下さった証しなのですよ」

 光照は、弟子の更なる成長を願いながら、
 込み上げてくる思いを抑え、一人一人に伝法書を渡していきました。
 高梨さん家族も、そのお言葉を心に受けとめ、
 稀なる法を伝授して下さった師匠に心から深謝するのです。
 同時に身が引き締まる思いで、人のために
 尽くしきる行をさせて頂く決定をし、実践していくのでした。


 目次   第二十二章   著書の紹介

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