御開祖物語
夢で見た故郷
 [第十九章]

昭和59年1月。
数年ぶりの大寒波に見舞われ、
底冷えする日々が続いています。
夫、宝海の七回忌を迎えようとしていた
ある日の早朝、光照は夢を見ていました。
夢の中で誰かが「久子…久子…」と
呼んでいます。
「誰かしら?私の名を呼ぶのは」
 ふと横を見るとそこには、宝海が立っていました。
 その風景は、どこまでも果てしなく澄みきった青空が広がり、
 小高い山に向かって幾重にも曲がりくねった道が続いています。
 その麓に、ふたりは立っていました。

 小高い丘の頂上へ向かってふたりは、まるで映画のシーンのように、
 可憐な花が咲き乱れた道をゆっくり肩を並べて歩いています。
 登りきると、急に視界が広がり、そこには、広大な土地に立派な
 白い建物が建っていたのでした。
 「久子、ここは僕たちの住居なんだよ。毎晩僕たちは、ここに帰って来ているんだ」
 と、宝海が呟いたのです。

 光照は、その言葉に驚きながらも、何故か温かい空気に包まれているような
 心地よさをしばらく感じていました。

 ヒューッ、ガタガタガタ…
 急に強い風が吹いて、窓ガラスが揺れる音で光照は目を覚ましました。
 「あっ、やっぱり夢だったのね。確か…あの場所、以前にも見たような気がするわ。
 どうしてまた、こんな同じ夢ばかり見るのかしら」
 そう思いながら、寝床から起き上がりました。

 カーテンの隙間から流れ込む冷気を感じて窓を開けてみると、
 外には朝陽に輝く真っ白な銀世界が広がっていたのです。
 「あぁ、眩しい、何て綺麗な雪化粧なんでしょう」
 自然の光景を目の当たりにし、改めて生かされていることを実感するのでした。

 ふと光照は、
 「そう言えば、今日は瞑想会の日だわ。
 こんなに雪が積もってるのに、皆さん来られるのかしら」
 そんな心配をよそに、夕方5時からの瞑想会には、積雪にも関わらず、
 大勢の人が集うのでした。

 それから数ヶ月後の法会には、100名を越える方々が来られるように
 なっていました。
 その状況を見て光照は、
 「もうこれ以上、人数が増えては、この家では無理だわ。
 これからどうしたらいいのかしら」
 と、頭を抱えてしまったのです。

 そんな夜のこと。
 日付けが変わる頃、いつものようにひとりで瞑想をしていると
 『心配することなかれ。汝等の道場、当方で用意しているぞや』
 観音様より御霊示を頂いたのです。

 光照は、ハッとして、
 「あっ、あの時の夢の光景は、もしかして…その道場なのかも知れない。
 そう、そうに違いないわ!」
 光照は、その時初めて何度も見る夢のことが理解できたのです。
 「その道場は、確か東の方だとおっしゃってたわね」
 早速、土地探しを始めました。

 自宅の御影より東の方向である西宮、宝塚、伊丹周辺の
 不動産屋さんを何軒もあたったのです。
 「良い土地がありますよ」
 と連絡が入れば、すぐに高梨さん家族が「ご一緒します」と車を運転し、
 現地に向かうのでした。

 しかし、そこに到着するや否や光照は
 「ちがう!ここではないわ」と、瞬間的に感じ取るのです。
 それは一度や二度ならず、何度も何度も足を運び続けましたが、
 なかなか見つかりません。
 「おかしいわね。何故かしら…」
 とうとう光照は、観音様にお尋ねしました。

 すると、『東方』ではなく『当方』であったと教えて頂いたのです。
 「あっ、何てことなの!私としたことが。あぁ情けない。
 なんという思い違いをしてしまったのかしら」

 その翌日、すぐに高梨さんに、とんでもない勘違いをしていたことを伝えたのです。
 それから数日後、再び加古川や稲美辺りの西の方角まで範囲を広げ、
 夢で見た場所を探し求めました。

 土地探しを始めて数ヶ月が経ったある日。
 弟子である高梨さんの母、良子さんと二人、阪急電車と地下鉄を乗り換え、
 名谷周辺を探している時です。
 二人は小高い丘の上に建っている、ある物件に目が止まりました。
 「この場所、夢で見た所に似ているわ!」
 光照が思わず叫んだのです。

 そこには、200坪ほどの土地に大きなお屋敷が建っていました。
 ヨーロッパ建築のとてもお洒落で素敵なお家です。
 二人は、心弾ませながら中へと入って行きました。
 不動産屋さんが玄関の鍵を開けると、広い吹き抜けのエントランスがあり、
 窓にはステンドグラスが暖かな光を放っています。
 光照は、思わず目を奪われました。

 大広間には暖炉もあり、テラスの外を見ると、柔らかな芝生を
 敷き詰めたお庭が目を見張ります。
 特に光照が気に入ったのは、ゆったりとした空間にある
 天然石で出来たお風呂だったのです。
 「ゆっくり湯船に浸かって体を芯まで温めたいわね」
 思わず、二人の顔がほころぶのでした。

 「先生、ここなら間取りも良いですし、お部屋の数も十分過ぎる程ありますよ」
 「そうね、良子さん。ここならたくさんの方が来られても大丈夫そうだわね」
 光照と良子さんは、いろいろな想像を膨らませながら、
 この物件にどんどん心惹かれていくのでした。

 その夜のこと。
 『汝の家探しではないぞ。己の煩悩に翻弄されることなかれ。
 思い入れは捨てるべし』
 それはそれは、観音様から厳しくお叱りを受け、諭されたのです。
 光照は、自我に囚われた自分自身の愚かさを反省し、深々と謝罪しました。
 落胆しつつも、観音様のお言葉を真摯に受け止め、自分の役目を果たすべく、
 再び土地探しを始めたのです。

 しかし、その後も夢で見た場所には、なかなか辿り着くことができません。
 こうして、まだまだ光照の土地探しは続くのです。


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