御開祖物語
乾光照
 [第十七章]


昭和58年10月12日。
稀なる秋晴れの日。
真っ青な空の下、爽やかな初秋の風と共に、キンモクセイの香りが漂っています。
この日、光照は70才の誕生日を
迎えました。
清々しい気持ちで、早朝よりご宝前に座り、お礼を申し上げるのでした。


 「観音様、私をこの歳まで生かせて頂きましてありがとうございます。
 心から感謝申し上げます。前々から『寿命は70才まで』と言われて
 おりましたので、自分はいつ霊界に召されても良い、と覚悟しております」

 その時、力強く観音様のお言葉が心に響き渡りました。

 「七十年の山河は過ぎ去り見れば一瞬なれども、一つ一つを乗り越えて
 今日たどり着きたる無上の歓喜は、只一筋に仏にすがる真心が、
 今日かように花開きたるなり。
 汝は、すでに今日より凡夫女人の身に非ず。
 かくてこそ、闇路を照らす光のありて迷える者の手引き成し、
 道明らけく示さるるなり」

 観音様から諭されたご霊示に、光照の眼からは、大粒の涙がとめどもなく
 あふれ出て、その座にひれ伏しました。

 「あぁ…観音様…観世音大菩薩様…有り難きお言葉、しかと心に受け止め
 させていただきます」
 「これからの寿命、自分の命でないと悟らせて頂いた以上、身命尽くして
 仏道精進してまいります」

 窓から眺望できる瀬戸内海には、まるでこの日を祝うかのように、
 波がキラキラと輝きを増していました。

 翌月の法会の法話では、これまで以上に熱い想いに満ちた光照の姿がありました。
 法会に来られた方々に、観音様のご存在、ご霊示のこと、目に映らない世界を
 実際に体感して欲しい、心の奥底を深くみつめて欲しい、という想いから
 瞑想の大切さを話しました。

 じっと皆の顔を見つめる慈愛に満ちた眼差し、そして魂に訴えかける言葉を
 聞いて、誰もが光照の変化を感じとっているのでした。

 法会終了後、いつものように光照は、お手製のお菓子を振る舞っていました。
 この日は、小豆で作った淡雪かんを食べながら、座談会をしています。
 お茶を飲み、くつろいでいる時、ある女性が真剣な表情で尋ねました。

 「光照先生、先程の法話で瞑想の大切さを話されていましたが、
 瞑想のことをもっと詳しく教えて頂けますか?」

 「私はね、これまでどんな時も瞑想をしないことはなかったんですよ。
 私にとって、心の救いは瞑想だったんです。
 耳で聞いたり、目で見たり、頭で考えただけでは、なかなか悟れないのですよ」

 「そうなんですか。瞑想するって本当にすごいことなんですね。
 あの…その瞑想の仕方を私達にも教えて頂けますか?」

 「それはいいですけど、軽い気持ちではだめなんですよ。
 この瞑想は密教の奥義の一つでもありますから、真剣に取り組むことが
 大切なんです。
 基本通り一生懸命覚えて、真面目に行うことが肝心なんですよ。
 あなた達にそれができますか?」

 「はい!光照先生のご指導に従います。どうぞよろしくお願い致します」

 皆が帰った後、光照はすぐに予定を考えました。
 一人でも多くの方が参加できるよう、土曜日の夕方に行うことを決めたのです。
 実は、瞑想を教えることのお許しを、既に観音様より頂いていたのでした。

 翌週の土曜日。
 初めての瞑想の集いの日です。
 辺りは薄暗くなり、光照の家に続く道の両脇には、街灯が紅葉を美しく
 照らしていました。

 2人、また3人と訪れ、初回は10人集まりました。
 「皆さん、よくいらっしゃいましたね」
 光照はいつもと変わらない優しい笑顔で出迎えました。

 「皆さん、それではまず、円陣になるように座って下さい。
 そしてお隣の人と手をつなぎましょう」

 光照も左右の人と手を握り、背筋を伸ばすのです。目を半眼にして、
 静かに呼吸を整え、精神を額の一点に集中していきます。
 微かに額に温かみを感じた時、手が揺れ始め、双方に光照の波動が
 徐々に伝わっていきました。
 最初はゆっくりと上下に動き、だんだんと大きく揺れ始めたのです。
 波のように、次から次へと伝わっていきました。
 それを2回、3回と繰り返し行いました。

 「どうでしたか?波動を感じましたか?身体全体が霊そのものなんです。
 雑念を払い、無心になっていくと、ご神仏と一つになり、
 そして宇宙と一体になります。
 そこには、自分というものがなくなっていくのですよ」

 皆、初めての体験に緊張しながらも、確かに温かい波動を体感したのでした。
 こうして、初めての瞑想の集いは20分ほどで終わりました。

 その後も回数を重ねるごとに、参加者が増えていったため、
 定例の集いとして『瞑想会』と、しました。

 そして、土曜日の夕方5時から毎週、開くようになったのです。
 数ヶ月が経った頃からは、気功を取り入れた準備体操や、
 本格的な呼吸法も始まりました。

 「まずは、身体の気を正常に戻す気功体操です。両手を膝に置き、
 数秒間息を吸いながら右手を前方へ伸ばします」

 光照が皆のために体操の見本を行い始めました。
 みんな真剣に光照の動きを見つめています。

 「息を吐きながら最後に両手を膝に戻します」
 「さあ、それでは皆さん、一度最初からやってみましょう」
 光照の号令に合わせて、皆も体操を始めました。

 「次は、数秒間息を吸いながら反対の左手を前方へ伸ばしましょう」
 何度も交互に繰り返します。

 このように数種類の気功体操をした後、
 「今度は、呼吸法を教えますね。背筋をぴんと伸ばして正座をしましょう」
 みんなが姿勢を正しました。

 「右の鼻からゆっくり息を吸い込み、左の鼻から吐き出します」
 そして、光照は、特殊な呼吸法を丁重に時間をかけて説明しました。
 おぼつかない動きで一生懸命、みんな呼吸法の基本を習得しようとしています。

 少しずつ皆の心が整った後、電気を消して部屋を暗くしました。
 それぞれ法界定印を組んで目を閉じました。背筋を伸ばし、呼吸を整え、
 数を数えて雑念を払っては、静かに静かに心を落ち着けて集中していきます。

 時間が止まったような、洗練された空間の中で、微かに聞こえる参加者の息の音、
 心臓の鼓動を感じた時、光照がゆっくりゆっくりと、ご神仏観音様のお言葉を
 発露していきました。

 『汝等、一同の者よ…我、観音なり…』
 続けて長いお諭しの言葉を発露していきます。

 まるで悠久の中にタイムスリップしたような、幻想的で大きく
 朗々と響き渡るご霊示が、こんこんと聴こえてきます。
 光照の身体を通して、ご神仏観音様のお言葉が発せられる奇跡の瞬間でした。
 いつもの光照とは違う声に、みんな戸惑いました。

 しかし、光照より常に聞かされていた観音様のご霊示、その発露の瞬間に
 自分たちが立ち合えたことに感動し、一言足りとも聞き漏らさないよう
 感覚を研ぎ澄ませ、微動だにしませんでした。

 こうして、厳かに霊示が終わりました。

 瞑想会の後、毎回、お茶や光照手作りのお菓子で一息つきながら、
 ご霊示の説明をするのです。
 「皆さん、いかがでしたか?」
 参加者は口々に話し始めました。
 「先生、私は何だか不思議な感覚になりました」
 「本当に信じられない体験をしました」
 「先生、私はなかなか雑念が消えませんでした」

 「皆さん、初めは、みんなそうですよ。継続することが大切なんです」
 「雑念は、消そう消そうと思わずに、湧いてきたら追いかけないように
 したらいいのです。
 一日に、たとえ1分でも5分でも10分でも毎日毎日、欠かさずに行うことが
 大事なんですよ」
 と、笑顔で応えました。

 何でも教えてあげたい!と思う光照でしたので皆、いろいろな質問を
 してくるのです。
 中にはとんちんかんな質問もありましたが、どんな質問にも
 優しくわかりやすく応えました。
 それが、光照の喜びでもあったのです。

 やがて瞑想会も30人を越え、法会に至っては、悩みを抱え「助けて欲しい」と、
 今まで以上に訪ねて来る人が後を絶ちませんでした。
 遠方より、はるばる来られる人も少なくはなかったのです。

 8畳の居間には隙間なく人が座り、歩くスペースすらありませんでした。
 また、玄関にも庭にも、座布団を持参して座る人もいたのです。
 そして、階段にまで肩を寄せ合って人が座り、二階までぎっしりと。
 そんな状態ですので、光照の姿が見えなくても、法話が聞こえるようにと
 マイクも用意されました。
 このように光照の自宅は、法話を聞きたいという人で溢れかえり、気がつけば、
 およそ70人もの人達で家中を埋め尽くされていたのです。

 この状況に、
 「本当に申し訳ないですわ!せっかく来て下さった方々に、もっとゆったりと
 楽に座って頂きたいのに。何とかならないかしら…」
 心の底から申し訳なく思い、心を痛める光照でした。


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