御開祖物語
光照
 [第十五章]


新しい年を迎えた昭和57年1月。
高台にそびえ建つ光照の家の屋根には、
花びらのようなぼたん雪が舞っていました。
家の中では、暮れに発行した『乾坤の道』が
所狭しと並べられ、対応に追われています。


本の発行を懇願していた一人である中山氏
も、率先してこの書をお勧めしていました。
それは、悩み苦しんでいる人のお役に立ちた
い、という一心からでした。


 中山氏の仕事も軌道に乗り、取引き先の会社を訪問した時のこと。
 以前から、お付き合いのあった高梨さんご夫妻より、
 悩みを打ち明けられたのです。

 「中山さん、実はね。私達は長年家族のことで悩んでいましてね。
 ある宗教団体に入信していたんですよ。
 でもね、いろんな疑問を感じましてね。
 これは本当の信仰ではないと思ったんです。
 それで思いきって脱退したんですよ。
 でもその後はね、何故か心の中にぽっかりと大きな穴が開いてしまって…
 仕事も何も手につかなくなってしまいましてね。」

 「あぁ、そうなんですね。
 いや、偶然同じような経験をされた方がいらっしゃいましてね。
 私はその方をとても尊敬しているんですよ。
 その方が出された本をちょうど今持っているんで、
 是非一度読んでみて下さい。」

 中山氏はそう言って『乾坤の道』を、そっと高梨夫妻に手渡しました。

 それから一週間後。
 ご夫婦とその息子さんは、光照の家を訪ねて来られました。

 「はじめまして。中山さんからご紹介頂いた高梨と申します。
 この『乾坤の道』を読んで、とても感銘を受けました。
 是非、先生にお会いしたいと思いまして、こうして家族で参りました。」

 「まぁ、それはそれは、ようこそいらっしゃいましたね。
 どうぞどうぞお上がりくださいませ。」

 その時、高梨さん家族は、くったくのない笑顔で迎えて下さる光照を一目見て、
 「あぁ、この方は信頼できる人だ!」と直感的に思ったのです。

 そして、玄関に一歩足を踏み入れた時、これまで感じたことのない、
 穏やかな空気に包まれるような不思議な感覚を、肌で感じていました。

 「これはいったい…」

 口々につぶやきながら和室に通され、光照に事のいきさつを話していきました。

 「実は、うちにはもう一人息子がおります。長男なんですが。
 その息子が大学受験に失敗して、それ以来、
 家族との距離をおくようになったんです。
 部屋に引きこもって、全く出て来なくなってしまいました。
 命を絶とうとしたこともあって、心配で心配で、
 夜も眠れない日々が続いたんです。」

 「それはそれは、お辛かったでしょうね。」
 まるで自分のことのように、心を痛める光照でした。

 「そんな息子を何とか助けたい、と藁をもつかむ思いで、
 ある宗教団体に家族で入信しました。
 そこでは手かざしの浄霊をしたり、多額な寄付金を要求されたり、
 そして何より驚いたのは、教祖が贅沢三昧な生活をしているんです。
 それを目の当たりにして『こんなところにご神仏の救いなどあるはずがない、
 本当の信仰ではない』と思いきって脱退しました。
 私達家族は何て無駄な10年間を過ごしてしまったのかしら…
 本当に悔やまれてなりません。」

 「いいえ、無駄じゃないです。決して回り道でもないですよ。
 それらの経験は、これから必ず生かせますからね。」

 それを聞いた高梨さん家族は、今まで張り詰めていた思いが急に和らぎ、
 涙がどっと溢れ出ました。

 そんな高梨さん家族を包み込むように、

 「ご飯は食べて来られましたか?お腹も空いたでしょ?
 ご一緒にいかがですか?」

 光照がそう言って暫くすると、台所から居間のテーブルへ、
 次々と料理を配膳していきました。
 全てが光照の手作りです。
 質素ではありますが、家にある食材で手際良く作ったものです。
 その後には、寒天を固めたデザートまで振る舞うのでした。
 それは、昔から光照のお客様に対しての、心からのおもてなしだったのです。

 「初対面の私達に対して、こんなにも温かく接して下さるなんて。
 これまで何を食べても喉を通らなかったのに、何て美味しいんでしょう。」

 心のこもったお料理をいただき、ほっとされた高梨さん家族を見て、
 光照はこれまでの自分自身の経験と、今の境地に至るまでのことを
 話していったのです。

 気持ちがすっかり落ち着いた高梨さん家族は、精一杯感謝の気持ちを
 お伝えして、光照の家を後にしました。

 それから10日ほど経ったころ、再び光照のもとを訪れた日のことです。

 「あなた方のご先祖様の因果関係を、観音様にお聞きしてみましょうか?」

 「えっ、本当ですか?是非ともお願い致します。」

 「ただ、因果関係をお聞きした以上は、どんなことがあっても
 浄化せねばなりませんよ。」

 そう応えると光照は呼吸を整え、大気の流れを感じながら、
 ゆっくりと瞑想状態に入っていきました。
 時が止まったような静寂の中、微かな声が聞こえ、
 光照が発露し始めたのです。

 その因果とは、母方の先祖に原因があることがわかったのです。
 思いもよらないことに驚きを隠せませんでしたが、高梨さん家族は、
 このことを真摯に受け止めました。

 今まで先が見えない真っ暗なトンネルの中で、彷徨っていた高梨さん達は、
 やっと一筋の光に辿り着いたのです。
 そして、因縁因果を教えて頂いたことを素直に、
 光照の指導のまま実践していきました。

 その後も法会はもちろん、光照の法話を聞きたくて、
 毎週仕事帰りに訪ねて行きました。
 時には、夕方から夜の11時頃まで。
 いくら遅い時間であっても光照は、手作りのお料理で、もてなすのでした。
 高梨さんたちは光照の真心に、何度も何度も感動しました。

 一切見返りを求めず、お金を要求しない。真心込めて接待して下さる。
 仏教徒として人の為に誠実に実践されている。
 お人柄はもちろん、光照の法話に感銘し、これこそが私達が
 ずっと求めていた先生だと思ったのでした。
 最初は、助けて頂きたい一心で、光照のもとを訪ねて来られた
 高梨さんでしたが、徐々に心が変わっていったのです。

 「私達もこの法を修得させていただきたい。
 先生のようにたくさんの人に貢献させて頂きたい。
 法を教えて頂きたい。」と思った矢先、光照から

 「この密教、三世因縁解脱法を受けてみませんか?
 習得すれば、全ての業障や罪を清浄にできる行なんですよ。
 但し、僧籍に身を置くことになります。
 これを受けるには生涯、仏法僧に帰依すること、
 そして僧籍として、仏様とのお誓いが必要となりますが、如何でしょうか?」
 と、言われたのです。

 高梨さん家族は、各々に大きく息を飲み、事の大きさを実感していました。
 しかし、三人に迷いはありません。

 「私達のような者でも教えて頂けるなら、是非ともお願い致します。」
 と懇願するのでした。

 光照は、熱心に真理を求める高梨さん家族だったからこそ、
 伝法することを決心したのです。

 『大阿闍梨、伝法者は伝法するのが役目なり』

 観音様からのご霊示を頂き、光照は「密教は自己満足せず、
 法を求めている者、それを習得したい者、そして法を行ずべき者に
 伝授していくこと」であると覚悟しました。

 「たとえ法罰を受け、地獄に落ちたとしても、その人達が救われるならば、
 惜しみなく伝授させて頂きましょう」

 こうして光照は、大阿闍梨伝法者として歩み始めるのでした。


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