今月の法話
 ここでは当道場で観音様より賜りました
 お言葉を掲載致します。

 (2026年1月1日掲載)
大いなる師弟の意義

汝等一同の者よ、今夕は因縁につきて、汝等思いも及ばざる、
その絡みからみし、現世と霊界との有り様を申し聞かすべし。
人はこの世一代の肉体をもって、全てなりなどと思うが故に、
今世の運命それぞれに違えるを、その原因も分からざるなり。
ここに照真正道会と申す一寺院建立いたせしは、ただ偶然のことにはあらず。
また光照が敢えてなしたるものにもあらず。過去世よりかくなるものと、
とく定まりてのことなり。されば汝等、照真正道会と申す正法に縁結ばるる者、
また結ばれても立ち去りて離れ行く者、結ばれんとして容易に結ばれ得ざる者、
それぞれにみな、この 一つの縁につきても、現世の在り方違うものなり。
何故なれば、みな過去よりまつわるそれぞれの、
心ごころの在り方によるところなればなり。ここに照真正道会といたして、
光照が身をもって観世音の代役を務めるさせ頂くること、汝等もまた、
世に得難き縁なりとは悟り得ざるが、これまた過去より連なりし師弟の縁なり。
過去における師弟の縁、また肉親といたして結びたる縁、
それぞれ深き結び付きのありたればこそ、その魂の見えざる糸に引かるるがごとく、
知らずしらずに寄せられたるものにあれども、また短き縁、長き縁、
また未来永劫に連なりゆく縁、それぞれにまた違えるものなり。

ここに光照一名といたしても、過去よりなさねばならざる大役ありたればこそ、
生まれ変わり、生まれ変わり、幾度輪廻いたし来て、
ようようここまでたどり参りたるものにありて、その度ごとに現世に出でて、
様々なる縁をもって結び得たるが故に、ここに本願の序につきたるところに、
一同ようよう会したるものにあり。
されど縁薄き者、またこれにて離れ行く者あまたなり。
また光照が行く先ほのかに見ゆれども、現世においては悟り得ざるが、
霊界より眺め見る時、いかにもして現世に一目会いたしと、
急ぎ出生いたす者ども、またあまたなり。
愛しき者と、ひとしおに愛でらるる幼子の縁、深き仏縁あればこそにして、
やがてこの世を去らんといたす光照が齢、ようように悟り得て、
一目なりとも相見んとて、出で参るものなり。

やがてこれらの幼き者ども、過去に縁結ばれて、またこんこんと諭され、
導かれ、己が本願いずくにあるやを悟り得たる魂の、
今世にせめて一目なりとも相見んとして、急ぎ出生いたし参る者ども、
過去より深き縁あればこそにして、
師の後必ず慕い参りて本願達成いたすべき決定をもって、
ここ照真正道会に深き縁結ばるるなり。

汝等よ、いとも稀なるめでたき縁と申すものは、必ず成仏いたさばやと、
固き決定固めて、幾世々にわたりて、この師御一人、
必ず従い恭順いたすべしと心に定めて、幾世々を、
現世に共に慕いつつ慕われつつ、導かれ、導き参りし深き縁は、
これら幼き者どものやがて成長いたせし暁において、ここ照真正道会、
燦然と輝きわたらしむるの実状をもって、証明いたさるるものにあり。
かくてまた今世に到達いたせし段階終わりなば、
またしても我が師やいずくと慕いつつ、光照が居場所、慕いて出生いたし、
その後に続きて修行の段階を登り得て、ついに本願に到達いたすまで、
必ず離れじと魂に刻みたる者ども、いかなることのあらんとも、
絶対不離なる仲なるぞや。去る者は日々にうとしと申すなり。
仏縁浅き者どもは、霊界に至り、また現世にありとも、遠く環境の違いなば、
心より離れ、過去世に固く決定いたせし成仏道をも忘れゆくなり。
さればこそ汝等もまた、生涯を堵して照真正道会に我が命尽くして、
成仏道達成いたさばやと決定いたさねば、いつ何時悪魔のいざないに負け、
深き仏縁、自らに断ち切るがごとき因縁現るるも、また難からざる現世なり。
人はみなかく生まれ変わり、生まれ変わり、幾度輪廻いたさんも、
必ずこの師離すまじくと固き決定をもって、 一心に正道見つめ、
師をもって我が道しるべなりと精進いたすところにこそ、
生まれ変わり生まれ変わりするたびに、つぎつぎと高き階段登りゆき、
ついに到達いたすものなり。

汝等よ、現世にあまたの教えありとも、身をもって正法を行じ、
身をもって示し賜る師と申す御方は稀なり。
汝等が師、光照とは現世における弘法大師の御修行をば手引きといたし、
一心に祈り奉りて、本願達成いたさせ給えと祈り奉るは唯一の観世音なり。
汝等が目標は、ついに仏となるべき本願にあれども、幼くして、道分からざればこそ、
この道しるべ、唯一の灯火なりと、必ず離すまじき決定にこそ、幾度輪廻いたす時、
幾段階をば登りゆくぞや。心にややともいたすなら、疑惑も生じ、嫌悪も生じ、
また怠惰の心に負かされて、離れんとなす弱き心もむべなれども、
いかなることのあらんとも、必ず己が魂、打ちたたきて、
これにてならずと戒めいましめ、道しるべたる光照の後、見失わざる修行にこそ、
余は厳然と迎え待つものにあり。

汝等よ、光照の命もはやいくばくもなけれども、
せめて今世に一目なりとも会わんとて、出で参る幼き無心の赤子ども、
その魂の決定の固きこと、汝等が眼にも次第しだいに映りゆくなり。
再び相見んとて、霊界より急ぎ参る者どもあれば、
汝等よ、今世に相会う日々をこそ、いとも大切にして、
未来永劫離れまじとの固き決定をもって仕えゆくなれば、
死しての後の霊界にても、また光照の迎え受くることを得べし。
来世にまた生まれ合わせて、共に修行の一座にも、縁結ばれゆかんは必定なり。
ただただその魂の、 一心もって再び離れ難き師なりと、固き決定ありてこその、
未来永劫到達なしゆく仏道なるぞや。前世に固く心に定めて出で来たればこそ、
今世にかく相会いて、ともに睦び、共に修行なし得る幸せ、
まさにしみじみ感じ得るなれば、未来永劫離すまじきこの決定に、
死しても生きてもただ一念は通じゆくなること、
しかと信じて本願は仏座なりとの決定絶対離しくるるなよ。

合掌


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