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汝等一同の者よ、
今宵は、命の尊さとはいかなることかを申し聞かすべし。
例え蟻一匹、虫けら一つにしても、人の命の尊さと比べ見て、
そのものの持つ本能においては、
得難き宝と思う心になんら変わる事なし。
何故なれば、生命は神仏の意にして、
それぞれの姿形に現わるること、
それぞれの役目役目によりて、
進歩、向上、進化を図らしめんがためのものなり。
されば人間の命の尊さとは申すまでもなく、
神仏の大慈大悲を身に頂きて、
この姿形に現わさるること深く信じ、深く悟りて、
己が心のいかばかり、
神や仏の御心に添い奉りあるか否やをもって、
その尊さを測るべきなり。
されば現世のこの実状において、
人間さながら畜生にも劣るがごとき心をもって、
娑婆国土を荒らし、犯し、ついに滅亡いたさしめんとなす現状、
いかばかり、それぞれの心ごころに悪魔の潜みて、
現実に現わしあるかを悟るべきなり。我が身一つの欲を願いて、
我が身一つの快楽を貪り、
ただ我れが我れがと、身の欲一つを追い求めて、
日々を過ごしゆく生涯に、
御仏なんの尊さを覚えらるることやあらん。
大慈大悲の心とは、我が身を捨てても、人の身を思い、
我が身を犠牲に致しても、衆生の幸せを図り、
娑婆国土の安寧を図りゆかんとなす熱意と、
現実に現わしゆくその行動においてこそ、人は真の命と申すなり。
人の命の尊きゆえんは、御姿なき御仏の大慈大悲を、
わが肉体を通じて現実に、現世に現わしゆくがゆえにこそ尊きなり。
汝らよ、己が命を尊く生かせ、人をして喜ばしめ、
また向上に役立ち得る己れなりや否やを切に、真剣に考えみるべし。
命の尊さとは、我が肉体をもって、神や仏の大愛を、
現実に現わしゆくが故にこそ尊きなり。
ただ己が身の欲、快楽をのみ追い求めて、
人の身を思わざる畜生以下のその心をもって、
人間の姿に現わるること、いとも卑しく次元低く、
御仏許させ給わらざる命なりと、しかと悟りて、
尊き命一日たりとも永らえて、世のため人のために、
進歩向上図らしめゆく命となれよと祈らせ給いて、
ここに健康を与え賜わる日々をこそ、しかと悟りて、
己が身の在り方、心の使い方、
いかに一日を過ごしゆくかをしかと悟りて、
日々健康にして、心豊かにただ大愛の人となるべき生命をこそ、
神や仏の尊しと守り賜わるものなりと、しかと悟りゆくべし。
合掌 |


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