平成18年度法話
   ここでは当道場で観音様より賜りました
   お言葉を掲載致します。

   (H18.12/1掲載)
畜生界

人間と畜生との相違を申し聞かすべし。

それぞれ人間も畜生も等しく生まれ乍らに持ち来たりし本能とは、
食欲と性欲となり。

畜生は、只欲望のみを追い求めて食をあさり、
相手かまわず性欲を満たさんとなすものにあり。

されば人間にして、この本能のままに振る舞えば
畜生と何ら変わることなし。

人面野獣と申すものなり。

ここに人間とは、絶対に畜生に堕してはならぬけじめといたして道徳あり。

この道徳を崇高に高め極むる処に宗教あり。

人、遂に神や仏に還える道なり。

神仏に導かれ守られて、高き理想に己が魂の向上を求むる処に、
我欲を抑えて本能のままに犯さんとなす卑しさ、浅ましさを悟り得て、
人徳を磨きゆく人生にありてこそ、人間らしき生きざまと申すなり。

さればこそ、神の座に向かうべき人間界に生まれ出でて、
又しても浅ましき本能に打ち負かされて畜生に落ちゆく様、
いと哀れにも愚かなる者なり。

食欲のままに食すれば、食あたりなして腹を下し、
又糖尿などの病に犯され、遂に身の破滅を来すなり。

等しく獣の如く性欲に欲しいままなる振る舞いは、
我が身の恥を子孫に残し生まれ出づる子に獣の魂を宿らせて、
親の因果、子に報わるること必然なるは、天地の理法なり。

この理をよくよく悟りて見れば、人間とは本能を浄化なす為己れを制し、
節度をわきまえ、かりそめにも他人に知られて恥かしからざる振舞いをこそ、
心がくべきものにありて、尚その上に信仰に志すとは、神仏の御前に照らしみて、
心恥ざる己れを作りゆくことにあり。

ここに初めて成仏の道開けゆくものにあり。

されば、人を人とも思わず恥を知らざる己れとは、
全く畜生に等しき者にして、人の顔したる獣なりと反省いたし、
信仰とは程遠きことなりと悟らねば、この恥多き人生を子孫の因果と遺しゆく罪、

末代までも消えざるものと悟るべきなり。

 合掌


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