平成18年度法話
  ここでは当道場で観音様より賜りました
  お言葉を掲載致します。

  (H18.1/1掲載)
慈母の如く

人を憎む事は神を憎む事なり。
人への怒りは神への反逆なりと知るべし。
人を憎むが故に己れ憎まるるなり。
人への怒りは己が面相悪鬼と化すなり。

人は皆その真我こそ神なりと悟り得れば、
神を憎む己が罪障如何でや許さるべきぞや。

その憎しみや怒りは皆己が最も愛しき者への
悲しみとなりて現わさるるなり。

何物にも代え難き夫や妻や我が子の不幸なるさま、
眼前に見て悲嘆の涙にくるる時、己が心の悪鬼をば悟るべし。

心中の悪鬼に振り回されて他人を憎み、
我が意のままにならざれば怒り狂いて悪言雑言吐き散らす
浅ましさに気付かざれば重ねゆく神への罪障、
恐ろしさ身につまさるる懺悔の現実なりと教えらるる事、
今世の大功徳なりとしかと受け取りて、
み法の集いの深き意味悟るべし。

キリストは最後の十字架につけられて尚、その悪人共をさへ
「神よ許させ給え。彼等はそのなすすべを知らざるが故なり」
と、己れを十字架に釘付けなしたる者共の罪をすら
「許させ給え」と神に祈りたり。

その大慈悲心の故にキリストの教えは永遠に神のものとなりと
衆生に遵奉致さるるなり。

汝等同志と相成りたるは、余は最も頼みと致すが故に
許したればこそなり。

その深き真意をも悟り得ずして徒に背きたる罪科は
未来永劫許されざるなり。

何故なればこの悪世に選ばれたる稀なる功徳、
易々と小さき我見にて振り捨てたる事、
神の宝をば塵芥の如く扱いたると等しきものなれば、
その心には未来永劫神の光はそそがれざる故なり。

さればこそ人を憎むは神を憎む事なり。

人に対する怒りは神より受けねば相成らぬ神の怒りと悟るべし。
神の怒りは己が最も愛しき者への懲らしめとなりて
現わさるるなり。

愛しき者の不幸なる様に心痛む時は、
全ての人を愛すべし。
全ての人に下座すべし。
全ての人を許すべし。

これ神の怒りを解くすべなり。

己が心の温かさ優しさの滲み出て、
罪ある人を哀れみ、憎むべき人を許し、
全ての人を我が子の如くいとおしみ得る時、
その面相は慈母の如く観音力自ずから現われ得るものにあり。

 合掌


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