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自己反省無き者は、進歩も向上も有り得ざるなり。
百年千年行じ様とも、只法に埋もれて法に縛られ、
身動き出来得ざる傀儡なり。
自己反省に依りて、初めて懺悔を悟り、
改悔を成し得てこその向上に在りて、
そこから自由自在の境地開かれゆくものにあり。
自我に固執し、一歩も抜け得ざるものは、
知りて為せざる傀儡に過ぎず。
佛心とは、自由自在にして、何物にも捕われざる大気宇の事なり。
有るは只、自然のままなる大宇宙と共にある己れにして、
そこには個たる己れなど無し。
全ては一体なる存在に在りて、別々に個々と申すもの無し。
人間凡夫の狭き心に、我が物と思う物欲が、
己れも他をも誤らすものなり。
悟りてみれば、己れと申す個人は無し。
他人も又しかり。
自他一体にして、大自然の中のそれぞれの立場役目に従いて、
姿形のあるいは現じ、あるいは隠れて存在致すに過ぎず。
小さき己が心に計りて、あれこれ千差万別に計るが故に、
煩悩業苦に焼かるるものなり。
自他一体の自由自在なる心境とならば、
何の不自由も無き、大空の広きが如く己れも又、
広大無辺にして、無量無限の威力備わるものなり。
一切のこだわりを捨てて、自他一体なる真理に、
到達為さんが為の修行なり。
合掌 |


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