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自分の誉れを人前に現わさなくても、
他人がその教えで人類に貢献すれば、
仏の力となって現わされるのである。
自分が修行して得た悟りを他人が受け継いで、世に貢献してくれれば、
それは自分の修行が、世の為人の為に役に立って、
結局天に積みたる自分の誉れとなる事である。
神仏は御姿も現わされず、人々に持て囃されて、
世に知られる事はなくても人類に貢献されて、
陰から人類を救われ、神とも仏とも仰がれても、
何処にどのような御姿で居られるかも不明であるが、
御自分の智慧と力をある人を以て現わさしむる事によって、
その尊さはしみじみと人類に浸透しているのである。
生あるうちに人に誉めそやされて、
誉れが現わされようと、現わされないままで世を去るとも、
真価は仏の認められるものであって、
人前の効果など一瞬の間の夢幻に過ぎず。
永遠の誉れとは、神仏の認めらるるもののみであると悟れば、
隠れたる恵みを世に残す事こそ、人たるの真価、
即ち成仏の心得である。
合掌 |


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