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八卦、占い、人相、手相、骨相等、
これ等すべては現在を基本となして将来を見るものなれど、
それは現在の心の在り方を以て、
此のままなれば将来は此の様になると申す事にて、
悪くなる運命の方向をば、善なる道に変え行く事が信仰である。
されば運命を善き様に変える事の唯一の道は、
神仏にすがり奉りて一心に己が心の在り方を悟して頂き、
その悪い処を善くなる様に変えてゆく努力が修行である。
この修行なくしては、絶対に運命を変える事は出来得ないのである。
只拝めば神や仏が何でも聞き届けて下さるなどと思い違いなして、
行じゆく努力をなさずして、果報は寝て待て式の信心では、
遂に悪運は変わる事無し。

されば如何になせばこの悪運を変え得るかを、
一々に教を給わる御教えが仏語、即ち御経である。
千差万別の因縁を一つ一つほどきゆく心の在り方をば、
懇切に教え給わる御言葉を、しかと心に頂きて、身に行えば、
必ず己が魂が清まり、良き行いを致す己となり、
善行をなせば必ず善果を得るが故に、悪運は善運と変わるものなり。
さればこれ人頼みにてなし得るものには非ず。
只己が魂は己れ自身にて磨かざれば、
己が運命は開拓なし得ざる事よくよく悟りて、
只拝めば神仏が何でもかなえて下さるなどと、
身勝手なる甘い考えの無意味なる事深く反省致し、
真の信仰とは即ち、生れ乍らに持ち来りし己が悪因縁をば善なる方向に変え、
善き運命へと導きゆく事にありて、
その根本は己れ自身の魂そのものにある事、しかと胸に刻み付け、
一心以て真の信仰に邁進致す事こそ、
善き運命への開拓なりと信ずべし。
合掌 |

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