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仏こそ我が救いなりと仏を信じ、
仏を渇仰いたすが故に信解の心と変るなり。
信解の心深まりて仏道明らかに悟りゆくなり。
仏道とは即ち闇を照らし給う御仏の光なり。
寂光の光に照らされてさまよいし闇路も明らかなる
光明の道と変るものなり。
迷い迷いし愛憎の念、執着の念ようように消え去りて、
さながら枯尾花をば幽霊と見間違う愚を悟り得るものにあり。
光明さん然と照らし給う此処照真正道会に身を置きて、
御仏必ず在しますと、信じ手引きし給う観世音を一心に念じ奉り
渇仰いたす心のいや増す我となり得れば、
曇りし心にも自ずから光明さし入れて信解なしゆく心の変化
判然と悟りゆくなり。
かくてこそ人皆仏の御子たりしと己が心にうなづかるるものとなり、
仏の子たる我に恥ざる人生作りゆかねば生くる価値なしと決定いたして、
精進なす時現世は浄土と変るものなり。
人生わずか一瞬の間を仏となりて浄土に還へり得る身と成るか、
又元の地獄に落ちゆく身と成るかは只この一事のみなり。
観音妙智の光充満いたす此処照真正道会に身を置きて、
この御光に照らされざるが如き闇にさまよいては如何にも残念至極なり。
いとも稀なるこの光明に逢い奉り得たる功徳しかと悟りて、
一切の心の迷いぬぐい去るべし。
そは只一心に観世音を念じ、仏を渇仰いたすのみなり。
一切の悪心はあらざる事をありと思ひ違いなす心の迷い、心の闇なり。
只光のみこれを消滅いたすものなり。
合掌 |
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