高野山参拝を終えて
『かなくら山報』第48号 1995/08/01
檀徒総代 奥荒田 K・Y
今回金蔵寺の檀家を対象にした高野山参拝旅行を計画い
たしました。総代会で企画し、4月の金蔵寺運営委員会で
日程を7月15日(土)〜16日(日)と決めていただきました。
5月初旬に参加者の募集を始めたときは、正直言ってど
れだけの人に参加していただけるか不安でしたが、そのう
ちに、「金蔵山の高野山参りなら、知り合いも誘うからつれ
にしておくれ…」 多くの方からこういう温かいことばをいた
だきました。
一応の申込締切の6月10日現在で集計してみますと
53人、あとまだ何人かあるかもしれない、7月の暑い日に
無理矢理人を詰め込んで無理をして行くよりもう1台出して
ゆっくりと参っていただこうと決定。
その後、続々と参加者が増え、奥荒田21名、的場34名、
寺内15名、中町・西脇市・滝野町6名、総勢76名。近年
他寺にはあまり例を見ない大勢の方のご参加を得ましたこ
と、大変ありがとうございました。
2号車には、住職、奥荒田、寺内、中町の方、1号車に
は、名誉住職、的場、西脇市の方、2台のバスに分乗して
高野山へと向かいました。
途中、九度山にある弘法大師のお母さんが住まわれた
という慈尊院に参拝。高野山登山口の「かじかドライブイン」
での昼食の後、バスは一路高野山へ。
九十九折りの参道にさしかかってからは、バスの中で住職
の金剛流御詠歌とお話。弘法大師第1番から第3番までと
宗歌「いろは歌」を一緒に唱えたり、聞いたり、中には寝たり、
いつの間にか高野山の大門に到着。
一の橋から奥の院へと約2キロに及ぶ参道には千年の歳
月を経た老杉木立。その両脇にある歴史上の数々の有名人
の墓を右左に見ながら、ことば巧みな案内人の語りかけ、後
で聞くと老僧の知り合いとか。我々一同、歴史の中に誘い込
まれるような気分でした。
普段なら2キロといえば遠い道程もいつの間にか奥の院。
「高野山参拝和讃」に「霊杉(すぎ)の参道霧深く、玉川渡れ
ば奥の院、お大師さまの御廟前、この世の浄土高野山」と
歌われておりますが、みんな揃って御廟の前でお線香をあ
げて、「全員無事にお参りできました。」と般若心経と御詠歌
をお唱えいたしました。なぜか、ふと心の故郷へたどり着い
たような気がいたしました。
宿坊光明院での夕食、食事は当然精進料理。何としても
圧巻は金蔵寺檀信徒76名の大宴会。皆一堂に会して知人
同士、友達また村人同士それぞれに席を取り、皆和気藹々、
同じ村の人であればわかっていても、やはり他村となれば
顔は知っていても話をしたことも亡いというお方が大勢あった
と思います。
どんな集まりもそうですが、今回寺を通じてお互いが紹介し
合い、顔見知りになられた風景があちこちで見受けられまし
た。
2日目は5時半起床、6時から光明院本堂でのお勤めに
全員参加。高野山の朝の空気は清々しく、梅雨期の最中
でしたが、15〜16日は我々のために晴れてくれたのかな
あと思う程よい天気でした。
根本大塔はじめ金堂など、お山にある数々の伽藍を拝観
し、今旅行中の最大イベントである般若心経写経、授戒の
舞台である大師教会へ。
まず般若心経一巻に各人それぞれに願いをこめて「南無
大師遍照金剛」と書きました。
次に授戒と写経奉納式。お堂には200人位は入れるであ
ろう広さ。奥の方には弘法大師の御影(みえい)と灯明の明
かりだけ。隣に座る人が誰だかわからない程の暗闇。高野
山開以来1180年とか、ここに限らずどこでもですが、電気
がなかった時代は、このような生活を皆していたんだろうな、
今の我々何て幸せなんだろう、こんなことを考えました。
待つ程に、暗闇の中、阿闍梨様が着座され真言宗の教え
の中の十善戒を授かりました。勿論そのお顔は見えません
が、一語一語諭すような、言うて聞かせるようなそのおこと
ばに弘法大師様が直接我々に言っておられるように思えま
した。
引き続き先程書いた写経の奉納式に移りました。金蔵寺
から持参したものも含めて写経129巻を奉納、高野山真言
宗管長稲葉義猛(ぎみょう)猊下よりの感謝状を金蔵寺に
いただきました。
普通の旅行やお寺参りでは到底味わえなかった素晴らし
い体験が思い出として心に残ることでしょう。私だけでなく
参加された皆様方も一様に同じ想いではなかったかと思
います。
この後、総本山金剛峯寺・徳川家霊台と拝観し高野の
山をあとにしました。
下りる道すがら、ようも千何百年も昔に、大した道もな
かっただろうに、あれだけのものがようできたなあと感心
いたしました。
金蔵寺主催ということで住職様ならびに名誉住職様
には大変ご苦労をかけましたが、おかげさまで充実した
参拝ができました。また、宿坊の光明院様にも金蔵寺様
と親戚関係ということで特別寛大なお接待を受けましたこ
と厚くお礼申しあげます。
振り返ってみて、「よかったなあ。こんなに大勢の方に
参加していただいて。」
仏教のことばの中に「悟り」ということばがありますが、
この「悟り」は多分ことばに言い表せないものでしょう。
でも何か頭の中にふと何ともいえない喜びか満足か
得心かそのようなものが浮かんできます。
企画してから約半年、今年度の金蔵寺の一大イベントと
しての檀家だけでの高野山参り、住職様が晋山されて
初めての試みとして取り組みました。時期がよかった
のか、それとも皆様がそのようにお思いになっていたのか、
想像もしていなかった大勢の方々のご協力により、かくも
盛大な行事ができましたこと、住職ともども大変嬉しく思い
ます。
また、次の機会には、一人でも多くの方に参加していただ
きますようどうぞよろしくご協力の程お願いいたします。
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