「もしもし虎次郎。テニス部に凄い奴がいるんだ」
中学に入学して、数週間が経った頃
周助が珍しく興奮して、電話をかけてきた。
「へ〜周助が凄いだなんて認める奴がいるなんて、流石青学だな」
青学は、もともとテニスの名門
周助よりテニスが上手い選手もいっぱいいるだろう。
そんな軽い気持ちで俺は聞いたんだ。
「それで2年生?3年生?どんな先輩なんだ?」
「先輩じゃないよ。同じ1年生なんだ。手塚国光。
小学生の頃から本格的にテニスをしていたみたいなんだけど・・・兎に角凄いんだ」
手塚・・・国光・・・?
「へ・・へ〜そりゃ凄いな。周助のいいライバルになるんじゃないか?」
「そんな・・ライバルだなんて・・・」
口ごもるようにそう言った周助は、暫くその手塚という奴の話をして電話を切った。
手塚・・・か・・・
そういえば・・今日は裕太くんの話が出なかったな・・
周助の口から出た、手塚国光という名前
何処かで聞いた事のある名前だと思いながらも、俺は深く考えず記憶の片隅に留め様とした。
が・・・それからたまにかかる周助の電話の内容が、裕太くんの話題から手塚という奴の話題に代わり
否応ナシに手塚という名前は、俺の脳内にインプットされたんだ。
裕太くんは小学生
周助は中学生
周助もいよいよ弟離れをする時が来たかな?
兄という大きな存在に苦しむ弟
それをほっとけない、過保護すぎるほどの執着をみせる兄
だけど生活の場が離れた事によって、2人にいい距離感が生まれ
裕太くんへの過保護すぎる思いが、今はライバルを見つけた事によって、テニスへと注がれている。
うん。いい方向に向かっている。
俺はそう思っていた。
でも・・あの日
「虎次郎。今度手塚と試合する事にしたよ」
「へ〜決めたんだ」
「うん。彼の本当の姿を見れると思うと、今からワクワクするよ」
いつも以上に高揚した声で電話をかけてきた周助。
その声からどれだけ手塚との試合を楽しみにしていのるのかが伝わった。
いや・・・楽しみという言葉だけでは済まされない。
何か特別な想い・・感情が含まれているようだった。
だが俺は・・・
「そうか・・・結果、ちゃんと報告してくれよ」
「うん。必ず」
それが何なのか・・・この違和感は何なのか・・・
話しながら答えを見つけようとしたが、見つからず
結局そのまま電話を切ったんだ。
何かが引っ掛かっていたのに・・・・
そして数日後、俺は後悔する事になるんだ。
何故ならあの電話を境に、周助からの電話がピタリと来なくなった。
感じていた違和感・・・あれが原因なのか?
手塚との試合の報告をくれると言っていたのに・・・
それどころか本当に試合したのかもわからない。
俺は、自分から電話かけるべきか、それとも待つべきなのか・・・
悩んでいた。
そして行動に出たんだ。
青学へ・・・周助に直接会いに行こうと・・・
「遅いな・・・」
その日俺は部活を早めに切り上げ、青学の正門前で周助を待った。
「やはり1年生は最後まで残って、片付けなんかをしているんだろうな」
正門からどんどん運動部らしき人物が出てくるのを見ながら、俺は額の汗を拭った。
六角中は地元の人間が殆どで、先輩後輩の垣根がない。
だからこうやって1年生の俺でも、用事があると言えばすんなりと聞き入れられる。
だが、他の中学ではそうはいかないのだろう。
ラケットバックを肩にかけて出てきている者もいるが、見る限り上級生らしき人物ばかりだ。
「仕方ない。もう少し待つか・・・」
俺は鞄を肩にかけ直して、集中力を切らさないように、また出てくる人物をチェックした。
それから数十分後、目の前を赤茶の髪が猛スピードで過ぎ去った。
「おっ先〜!!」
その後をタマゴ頭が通り過ぎる。
「ちょっと待てよ!英二っ!」
何だ?騒がしいのが出てきたな・・・ってアレ、ラケットバックじゃないか?
という事は・・・
俺は正門から顔を出して、校舎の方を覗いた。
やっぱり・・・
周助が気の弱そうな奴と並んで歩いて来る。
俺はその姿を見つけて、手をあげて声をかけた。
「周助っ!」
周助は少し驚いた顔をして、横にいた奴に声をかけると俺の方へ走ってくる。
「どうしたの?何かあったの?」
俺の顔を見るなり、戸惑い顔で聞いてくる。
「いや・・・そういう訳じゃないよ」
「でも、こんな所まで・・・部活は?」
「部活は早引けしたよ。それよりも周助はどうなんだ?」
「僕?」
「手塚と試合をするって電話をよこしてから、かけてこなくなったじゃないか」
「あっ・・」
周助が言葉を詰まらせると、先程まで一緒に歩いていた奴が俺達の前を通り過ぎた。
「お先」
俺達に小さく頭を下げると、そのまま歩いて行く。
俺達も会釈して、そいつの後姿を見送った。
「で、どうなんだ周助?」
「えっ?」
周助は俺へと視線を戻した。
「俺はそれを聞きに、青学までお前に会いに来たんだ」
「それは・・・」
「手塚に負けたのか?」
俺は率直に聞いた。
周助相手に駆け引きはしない。
そんな事をしても無駄だと、長い付き合いでわかっている。
俺は周助の言葉を待った。
周助は俯いて、寂しげな笑みを見せると、ポツリと呟いた。
「手塚とは・・・」
そう言いかけた時に、ちょうど通りかかった眼鏡をかけた奴が周助の後ろで足を止めた。
「ん?呼んだか・・?」
「えっ?」
周助はあからさまに驚いて、ソイツの方へ振り向いた。
「手塚・・・」
「俺に何かようか?」
無表情に周助の目を見つめるソイツに、珍しく周助が口ごもる。
「えっ?あっ・・」
それを見かねて俺が声をかけた。
流石にライバルを目の前にして、本人の話はしにくいだろう。
ここは俺が・・・
「君が手塚?周助から噂は聞いてるよ。テニス上手いんだってね」
「お前は?」
手塚は周助から目線を外し俺へと体を向けた。
「俺は六角中テニス部の・・」
佐伯虎次郎・・・そう続けようとして、周助に遮られた。
「佐伯虎次郎って言うんだ。僕の幼馴染で・・久し振りに僕に会いに来てくれたんだよね。佐伯」
さっ・・・えき・・・!?
「えっ?あぁ・・うん」
俺の事を急に名字で呼ぶ周助に、咄嗟に合わせたものの・・・
この不自然な雰囲気に、俺はどうしようもない不安感を覚えた。
「佐伯は僕達と同じ1年だけど六角中で、もうレギュラーの座を取ったんだよ」
「ほう。それは凄いな」
「僕達も負けてられないよね」
そんな俺をよそに、2人の会話は進む。
周助・・・?
「ねぇ。手塚せっかくだし3人で途中まで帰ろうよ」
「いや・・俺は、久し振りの再会をじゃましたようだしな・・・足を止めて悪かった」
「そんな・・いいよね佐伯?大丈夫だよね?」
「えっ?ああ。それはもちろん。せっかく知り合えたんだしテニスの話でも聞かせてくれよ」
「いいのか・・・?」
「もちろん」
そして俺達は3人で歩き出した。
部活の練習内容や今度行われる大会の話
話す事には事欠かなかったが・・・終始周助は俺の事を佐伯と呼んだ。
昔からそう呼んでいたように、自然に笑顔で・・・
俺は内心呼ばれるたびに打ちのめされていた。
一体どういう事なんだ・・・何があった?
何故俺を名前ではなく、名字で呼ぶんだ?
俺は盗み見るように、周助の顔を覗いた。
周助は、真っ直ぐ前を向いて歩く手塚の顔を見上げている。
その顔に俺は息を飲んだ。
慈しむように手塚を見る目
ほんのり染まる頬
時より見せる、はにかんだ笑顔
全て初めて見る顔ばかりだった。
周助・・・お前・・・
俺は全てを悟った気がした。
手塚と試合をすると言ってから、電話をよこさなかったのも・・・
俺が会いに来た事に戸惑いの顔を見せたのも・・・
俺を名字で呼ぶのも・・・
全てこの手塚への想いが、そうさせているんだな。
ずっと感じていた違和感
あんなに裕太くんに執着していた周助が、手塚というライバルが出来てテニスに集中しているものだと思っていたが・・
そうか・・・お前はこの男の事が・・・
「不二。手塚」
「さ・・えき?」
「俺はここで別れるよ。電車で帰らなきゃいけないしね」
「えっでも・・・」
「じゃあまた、電話するよ不二。手塚話せて良かった。じゃあ・・」
俺は2人に手を振って、足早に駅の方へ向かった。
不二・・・か・・・言い慣れないな・・・
いや・・でも、そうも言ってられない。
これからはそう呼ばなくては行けない。
周助が俺を名字で呼ぶ以上、俺も合わさなくては・・・
これは周助の意思表示なんだ。
手塚に俺との仲を特別に見せたくないという・・・意思表示
辛いな・・・
いつかはこんな風に、思い知る時が来るとは思っていたけど・・・
幼馴染・・・親友・・・特別な存在
それ以上に、俺・・・本気で好きになっていた。
静かにゆっくりと時間をかけて、好きになっていたんだ。
『じゃあずっと好きでいてくれる?』
ずっと昔に交わした約束・・・それ以前からずっと・・・
でも好きだと気付いた時からわかっていた事もあった。
俺達は男同士で・・・この想いが交わる事はない。
いや・・それ以前に、周助の中で俺は、幼馴染以上にはなれないだろう。
だからいつかは・・・と覚悟していたのに・・・
相手が同姓だなんて・・・思わなかったな。
意表をつかれた。
『虎次郎は俺の事、わかってくれてるものね』
もし俺がお前を好きだと告白していれば、俺は変わらずお前の特別でいられただろうか?
・・・駄目だな。周助は俺をあんな目では見てはくれない。
『だから・・・ずっと変わらないよね』
なら俺も覚悟を決めなければいけない。
ずっと変わらずいる為に
親友という立場を、幼馴染という場所を守る為に・・・
お前の良き理解者である為に・・・この想いを抱いたまま
いばらの道を歩く事を
「サーエさん!」
「あっごめん・・剣太郎。何?」
「何じゃないですよ!ホントに大丈夫ですか?
海でもずっと、ボーとしっぱなしだったし・・」
「サエ調子悪いのね?」
「えっ?いや・・違うよ。いっちゃん」
「サエさんホントの事言って下さいよ?僕これでも部長なんですからね!」
「わかってるよ。ホントに大丈夫だから」
「ん?どうした?そこ揉めてるのか?」
「あっ!バネさん。バネさんからもちょっとサエさんに言ってやって下さいよ」
「何を?」
偶然見かけた小学生の喧嘩
それを気に、昔の事を色々思い出した。
懐かしくて・・・苦い思い出
でもその事で、どうやらみんなを心配させてしまったようだ。
俺は剣太郎からどんどん広がる、心配の和を断ち切ろうと1歩前に出ようとした。
「ちょっと剣太郎・・・」
その時、ズボンに入れておいた携帯が震えた。
俺は携帯を出して着信相手を確認すると、そっとみんなの和から外れた。
そしていつもと変わらないトーンで電話に出る。
「やぁ不二。どうしたんだ?お前からかけてくるなんて珍しいじゃないか。
お願い?ますます珍しいな。明日は雨でも降るんじゃないか?
うそだよ。俺に出来ることならいいけど、何のお願いなんだ?」
あの日の約束
変わらない想い
俺は今でもいばらの道を歩いている。
それはきっと・・・
これから先もずっと変わらない。
最後まで読んで下さってありがとうございますvv
サエさん、きっと彼は顔だけじゃなく、性格も無駄に男前なんじゃないかと思うんですよね!
結果・・・とても辛い役どころになってしまったのですが・・・
という訳で・・・またこの話を踏まえた上での塚不二を書きたいと思いますので
その時はまた宜しくお願いしますvv