それから俺は大石に事の経緯を話した。
大石がおチビを抱いて言った後、桃と交わした会話。
その事で急に不安になってしまって、桃だけ練習に戻して自分だけ保健室に様子を見に来た事。
大石はその間じっと俺の言葉に耳を傾けていた。
「ごめん。大石を疑った訳じゃないんだ。ただやっぱさ大石優しいし・・・
ひょっとして、おチビも大石の事をって・・そんな事もあるのかなって・・・」
「英二・・・そんなに心配しなくても・・・」
「するよ!大石の優しさは、変な魔力があんだかんな!」
「魔力ってそんな・・・俺は、いつも普通だぞ」
「普通って思ってるとこが、駄目なんじゃん。自覚がない証拠だろ?」
「自覚がないって言われてもな・・・」
「兎に角、大石がそんなんだから俺心配で、ひょっとしておチビもって思って・・・
だから保健室まで来て・・・」
でも、そこで大石の俺への想いを聞いて・・・
「英二・・・?」
「ごめん。だけどさ・・もういいんだ。
おチビの気持ちを確認する前に、大石の気持ち聞けたから・・・」
「えっ?俺の気持ち?」
大石が首を傾げて俺を見る。
俺は真っ直ぐ大石を見上げた。
「おチビが大石を好きでも、断ってくれんだろ?」
「えっ?」
「俺以外考えられないんだよな?」
「なっ?えっ?・・・・きっ聞いて・・・たのか?」
「うん。あっでもわざとじゃないかんな、結果的に立ち聞きした感じになっただけで」
「・・・・そうか・・・」
大石は、片手で顔を押さえると俯いた。
俺はそんな大石の横顔をそっと覗いてみた。
大石は耳まで真っ赤に染めていた。
えっ・・ひょっとして、照れてんの?
あんなに堂々と、おチビに言ってたのに・・・
「大石?」
プニプニと頬っぺたを押しても大石は微動だにしない。
「・・・・」
「照れんなよ。俺、恥ずかしかったけど、凄く嬉しかったし」
照れる大石にフォローを入れるつもりで言った言葉に大石が顔を上げた。
「照れるよ。っていうか、恥ずかしいってなんだよ英二。俺は真剣に・・」
「その真剣が恥ずかしいんだろ?あんなに真面目におチビに答えちゃってさ。
俺、顔から火が出るかと思うぐらい・・・・」
『英二以外考えられないからな・・・』
大石の言葉が、蘇る。
あぁ・・俺の熱まで上がってきたじゃんか。
「悪かったな。恥ずかしくて・・」
大石は真っ赤な顔で俺を見下ろした。
俺はそんな大石の背中に腕を回して、胸におでこをつけた。
「バーカ。だから恥ずかしくて、嬉しかったって言ってんじゃん」
「英二・・・」
そして顔を上げた。
「なぁ大石。俺も誰かに告られたら、大石以外考えられないって答えるから・・」
「えっ?」
驚いた大石に微笑むと、大石は「やれやれ」と苦笑して、俺に唇を重ねた。
不安な想いがどんどん消えていく。
とても幸せだった。
「じゃあ・・もどろうか英二」
「うん」
唇が離れて、お互い赤い顔で微笑みあって、俺はとても幸せな気分で大石と二人コートに戻ったんだ。
もう大丈夫・・・そう思いながら・・・
なのに・・・・
それなのに今、俺は全速力で走っている。
ハァ・・ハァ・・・ったく・・・大石の奴・・・
『越前』
それは帰り道の出来事だった。
桃と一緒に帰る筈だった、おチビが俺達の前を歩いている。
その姿を見つけて、俺達は駆け寄った。
「越前。1人なのか?桃は?桃は一緒じゃないのか?」
「知らないっス・・・」
「知らないって、おチビを送るって保健室に行ったのに?」
「だから!知らないっス!」
そう叫んだおチビを挟んで、俺と大石は顔を合わせた。
何か・・・あったんだな・・・
大石は俺から目線を外すと、跪いておチビに背中を向けた。
「そうか、それなら仕方ない。俺が家まで送るよ」
「「えっ?」」
あまりの自然な行動に、俺まで声をあげてしまった。
「ほら、背中に乗って」
「は?」
おチビは、そんな大石に目を丸くしている。
「なんスか?どういう事スか?」
「だからおんぶしてやるって言ってるんだよ。ほら」
「いいっスよ。歩けるから」
「駄目だ。越前は怪我人なんだから、安静にしないと」
「大丈夫ですって・・だいたい俺いくつだと思って・・・」
「越前。これは、副部長命令だ。わかったな」
「そんな!・・・酷いっス・・」
おチビも大石の副部長命令には逆らえなかったのか、渋々大石の背中に乗った。
「よし、行くか・・」
大石は軽々と、おチビを背負うとゆっくりと歩き出す。
おチビは赤い顔をして、恨めしそうに俺を見た。
「英二先輩・・」
「まぁまぁそんな顔すんなよおチビ。大石が言い出したら聞かないのは、おチビもわかってんだろ?」
「でもこんなの、大袈裟すぎっスよ・・」
「家に着くまでの辛抱だって!」
「それが耐えられないから、訴えてんじゃないっスか」
珍しく脹れるおチビに、からかい半分で頭をポンポンと叩くとますます脹れてしまった。
そんな俺達のやり取りを、黙って聞いていた大石が立ち止っておチビの方へ顔を向けた。
「越前。恥ずかしかったら、顔を肩につけて隠してていいんだぞ。
ちゃんと家まで送り届けてやるからな」
そう言って微笑んで、また歩き出した。
おチビは戸惑いを隠せないのか、赤い顔で暫く大石の後頭部を見つめていたが
「・・・・副部長・・・」
小さく呟いて、慈しむように微笑むと、おでこを大石の肩にのせた。
俺はその表情に、心臓がドキリと跳ねた。
ちょっと・・・何・・・
足も止まって、2人との距離もどんどん開いていく。
駄目だよおチビ・・・駄目・・・
お前は、桃なんだから・・・
そんな顔で、大石を見ちゃいけないんだ・・・
俺は踵を返して走りだした。
ハァハァハァ・・・
保健室のドアの前まで来ると、俺は息を整えた。
桃いるかな?
おチビの様子で、何かあったのはわかってる。
桃が保健室に向かったのも、部室で見届けた。
ようは、帰ってなきゃいいんだけど・・・
まだ保健室にいてくれたらいいんだけど・・・
俺は祈るような気持ちで、薄暗く誰も居なさそうな保健室のドアを開けた。
そして薄暗い部屋に電気をつける。
「桃っ!」
大きな声で呼びかけると、一番奥のベッドで桃が体を起こした。
「え・・・いじ先輩・・」
いた!!!
「何やってんの!?」
桃のただならぬ雰囲気が気になったけど、俺は真っ直ぐ近づいた。
「スンマセン・・・俺、約束したのに・・・越前の事・・・」
桃はベッドから降りると、俺に頭を下げた。
桃・・・
「そんな事知ってるよ!会ったから」
「えっ?」
驚いた桃が顔だけ上げた。
俺はそんな桃に諭すように話しかける。
「で、おチビは大石が送って行った。だから大丈夫。それよりも俺が言いたいのは・・・
桃はここで何してんの?って事!」
「それは・・・」
桃が言葉に詰まった。
言い難い何かがあったのは、わかってるよ。
でも・・・このままでいいのか?
おチビの事、あきらめるの?
「・・・スンマセン」
桃はまた頭を下げた。
しっかりしろよ桃っ!
お前らしくないよ。
「桃。俺は謝って欲しくて言ってるんじゃないんだよ。だからさ、言い方を変えれば・・・
んん〜もういいや!じれったい!ハッキリ聞くけどさ、桃はおチビの事どう思ってんの?」
俺は話しながらじれったくなって、桃に真意を聞いてみた。
どう思ってるか・・・?
その答えが今、2人にとって一番大切な事だろ?
「えっ?」
桃は目を大きく見開いて、俺を見た。
「好きなの?嫌いなの?」
今度はもっとストレートに聞いた。
もちろん特別な気持ちだよ。
桃わかってるよな?
俺はジッと桃の返事を待った。
「好きっス・・・」
桃が呟くように答えた。
うん。そうだよな。
その気持ちが、大切なんだよ。
ちゃんとおチビに言ってやってよ。
「じゃあこんな所にいるのはおかしいだろ?桃らしくないよ」
「・・・英二先輩」
「桃は当って砕けろ派だろ?誤魔化すとか、遠回りとか・・似合わないよ」
桃・・覚えてる?
俺の背中を押してくれたあの日
桃が気持ちをぶつけてくれたから、今の俺がいるんだよ。
だから今度は・・・
桃が両手で頬をバチンと叩いた。
「英二先輩ありがとうございます。俺、目が覚めたっスよ」
「ホント?桃」
「今から越前のとこ行って来ます!当って砕けたら、骨拾って下さいよ!」
骨って・・・
いつもの元気を取り戻した桃がニィと笑う。
俺はそんな桃に、満面の笑みを浮かべた。
今の桃なら大丈夫だよ・・・まだ間に合う。
「桃には借りがあるから、いくらでも拾ってやるよ。砕ければね。
だけど・・・今回は大丈夫だと思うなぁ。」
「また・・・いい加減な・・・まぁいいや・・・兎に角行ってきます!」
頭をかいた桃が、鞄を肩にかけてドアに向かった。
ホントだよ・・・今なら・・・まだ・・・
「頑張れ!桃っ!」
桃の背中に向かって声をかけた。
桃はそのまま手を上げて、振り向かず走っていった。
がんばれ・・・桃・・・
俺もゆっくり歩き出して保健室を後にした。
しかし今日は・・・よく走ったな・・・
俺はすっかり暗くなったコンテナで、1人横になっていた。
桃・・大丈夫かな?
おチビと上手くやってるかな・・・・
いや、きっと大丈夫だよな。あの時の桃の顔
吹っ切れた顔してたもんな・・・
「英二っ!」
あっ・・・
聞きなれた声に体を起こすと、コンテナの下を覗いた。
「大石。お疲れ。早かったじゃん」
待ち合わせをしていた訳じゃない・・・
あの時俺は、黙って大石のもとを離れたんだから・・・
だけど、きっと来るだろうと思ってた。
「おチビ、どうだった?」
そう言いながら何事も無かったようにコンテナを降りると、大石が手を差し伸べてくれた。
「無事に送り届けたよ。いとこのお姉さんにも言付けてきたし、今頃きっと安静にしてるよ」
「そう」
「それで、英二は学校に戻ってたんだろ?桃に会えたのか?」
えっ?大石・・・それって・・・
「なんだ。気付いてたんだ」
少し驚いて大石を見ると、大石が苦笑した。
「そりゃあ・・・隣で歩いていた英二が急に消えたら気付くよ。
ただ凄い勢いで走って行ったから、追いかけられなかったけどな」
「そっか・・・」
そうだったんだ。
「で、どうだったんだ?」
「えっ?あぁ・・・うん。保健室に桃いたよ。ただ最初は、かなり凹んでたけどな・・・
少し話をしたら、いつもの桃に戻っておチビを家まで追いかけて行ったよ。
大石と何処かで、すれ違わなかったの?」
「いや、気付かなかったな・・・そうか、桃は越前のとこに行ったんだな」
大石が遠くの空を見つめる。
また・・・始まったかな?
「何?心配?」
「そりゃあ・・・越前はケガ人だしな・・・」
ほらね。やっぱり・・・
大石は、ホント心配性なんだから・・・
「何処までも大石は、過保護だな」
「そんな事ないよ。普通だろ?」
「ほら、また自覚なし」
「何だよ・・英二・・・」
大石が困った顔で俺を見る。
ホントに自覚ないんだもんな・・・参っちゃうよ。
俺が今日どれだけ、お前のその自覚のなさにハラハラしたと思ってんの?
ったく・・・・でも・・・
俺は大石の鼻の頭を指で弾いた。
「まぁ。大丈夫だって。今の桃なら大丈夫。おチビだってきっと大丈夫」
それが大石なんだって、また今日思い知らされたから・・・
そんな大石がやっぱ大好きだって、思い知らされたから・・・
「英二・・」
大石は鼻を押さえて、俺を見下ろす。
俺はコンテナにもたれて俯いた。
「しかし・・今日はなんだか疲れたな・・・」
ただ・・・肉体的疲労はどうしようもないけどな。
コンテナにもたれて、俯くと目の前に大石の手が差し出された。
「大丈夫か・・・ほら」
「ん?」
えっ・・・?
俺は大石の差し出された、手を見つめる。
コイツは・・・ホントに・・・何処までも・・・
俺は顔を上げると、大石を見つめた。
「おんぶ」
「えっ?」
「おんぶがいい」
何処までもお人よしの大石に、わがままを言ってみたくなった。
大石も疲れてるだろうから、断られるかもって少し思いながら・・・
でもやっぱ何処かに、おチビの事を根に持ってる俺もいたから
「仕方ないな・・・ほら・・」
だけど・・・やっぱり・・大石は大石だった。
俺に背中を向けて、おんぶする態勢だ。
俺はそんな背中を見つめた。
大石、お前は気付いていないだろうけどさ・・・
ホントにお前の底なしの優しさは、変な魔力があるんだよ。
誠実で安心感があって・・・
温かくて・・・
一度触れてしまったら、何度だって触れたいと思わせる優しさ。
今日のおチビだって・・・
桃という相手がいなかったら、きっとお前になびいてた。
そんな顔してたよ。
でもね・・・
「う・そ。おんぶしなくていいよ」
俺は大石の手を握った。
俺、譲らないよ。
どれだけ大石が、他の奴に優しくしても、どれだけ他の奴が、それになびいても
大石の手を握るのは、俺なんだ。
「大石、帰ろう」
「あぁ。そうだな・・・」
微笑み合って、しっかり手を繋いで歩くのは俺なんだ。
「ところで英二・・・やっぱり、もう1度越前の様子を・・・」
「馬鹿。おじゃま虫になるだけだって」
「そうか?」
「そうだよ」
って・・・懲りないんだから・・・・
ハァ・・・この先も、大石が大石である限り
俺はずっとハラハラしてヤキモチ妬くんだろうな・・・
ホント優しい男が恋人だと苦労するよ。
最後まで読んで下さってありがとうございますvvv
自転車の裏側?と言っていいのか・・・・
大石の優しさに英二は、実は結構大変だったんだよ。
というのがテーマだった訳ですが・・・伝わりましたか?
伝わってると嬉しいですvvv
2009.6.27