キミがいるだけで

                                                                              (side 大石)





「い・・やだ・・・・もうヤダーーーーー!!!!!」


英二は泣き叫ぶと、そのまま充電が切れたように動かなくなった。



「おい!英二っ!しっかりしろ!おいっ!」



俺は英二の両腕を掴んだまま、しな垂れる英二を支えた。



「英二っ!」



なんで・・・こんな事になってしまったんだ・・・・
















「そうか・・・アメリカに・・・」

「ごめん・・・大切な友達に、こんな大事な事を打ち明けられいなんて・・・」

「それは、俺を思っていてくれたから、打ち明けられなかったんだろ?

テニスが出来なくなるぐらいショックだったんだよな?」

「あ、えーと・・・」



それは武蔵とダブルスを組んで試合をした数日後の話だった。

英二と仲直りが出来て良かったと思っていたら、今度は武蔵の様子がおかしい。

その事が気になって問いただしたら、また引越しをしなくてはいけない・・・

という話だった。


最近越してきたばかりなのに、またすぐだなんて・・

それもアメリカ・・・

家族みんなで渡米するにしても・・・複雑だよな。

言葉や習慣の違いで、不安もあるだろうし・・・

それに付け加えて、ダブルスの大会も・・・引っ越す前日だから出れるとはいえ

仲良くなったみんなと、また別れなきゃいけない寂しさ・・・

動揺して・・・様子がおかしくなるのも仕方がない。

鏡見・・・せっかく友達になれたのに・・・何か俺に出来る事はないか?

残りの日々を充実した日々にする為にも・・・何か・・・・

そうだ・・・



「これからは名前で呼んでくれないか?」

「えっ?」

「向こうでは下の名前で呼び合うんだろ?練習だよ。

 俺も下の名前で呼ぶからさ」

「うん・・・そうだな、秀一郎。あと少し、よろしく頼む」

「あぁ」



 深く考えていなかった。

名前で呼び合う事で親しさが増し、より充実した日々が過ごせれば・・・

そう考えて提案した事が・・・

英二をこんなにも、追い詰めてしまうなんて・・・



俺は背中におぶった英二の横顔を見ると、家までの距離を急いで歩いた。











「ただいま・・・」



そっと玄関を開けて、顔を覗かせる。

英二をおぶったままだから、出来れば母親や妹と顔を合わせたくない。


こんな姿を見たら流石に心配して・・・絶対に理由聞かれるものな・・・


だが俺の心配をよそに、中からは誰の声も返ってくることはなく静かだった。


誰もいないのか・・・


俺は心の中でホッと、一息つくと靴を脱いで自分の部屋に向かった。

慎重に階段を上り、部屋の中に入る。

そして英二を起こさないように、ベッドに寝かせた。


英二・・・こんなにシワを寄せて・・・・


眉間にシワを寄せて眠る英二

俺はその頬にそっと手を添えると、タオルを濡らす為に立ち上がった。


どうして・・・・

どうして俺のする事はこう空回るんだ・・・

武蔵に良かれと思ってした事が、結局は英二を傷つけてしまう結果になって・・・

俺は・・・

















部屋に戻ると、濡れたタオルを英二の額にのせた。

それに反応するように英二がゆっくりと目を明ける。



「・・・英二」



手を握って声をかけると、英二は虚ろな目で天井を見上げた。



「・・・ここは・・?」

「俺の部屋。覚えてる? 英二、気を失ったんだ」

「俺が・・・?」

「そう。俺達試合をして、その帰りに・・」

「試合・・?」

「あぁ」



俺が答えると、英二はガバッと勢いよく体を起こした。



「そうだ!試合!思い出した!」

「英二!そんな急に起きたら危ないよ。気を失って今まで寝ていたのに」

「そんなのいいよ!それよりも大石・・・お前・・・」



英二が目を潤ませて、俺を睨む。

俺はそんな英二を包み込むように抱きしめた。



「ごめん」

「なんだよ!なんで謝んの?やっぱ何か・・」

「違うんだ!聞いてくれ!ちゃんと理由はある!」



あるんだ・・・英二!


また暴れだしそうになった英二をしっかり抱きしめると英二はおとなしくなった。

俺はそれを確認すると、少しだけ力を緩めて耳元で話し出す。



「武蔵・・引っ越すんだ」

「えっ!?鏡見が・・・?だってこないだ越してきたばかりじゃん・・」



驚いた英二が俺の方へと顔を向ける。

俺は近すぎる顔に、少しだけ距離をとって続ける。



「あぁ。でも親父さんの都合でまたアメリカに引っ越さなきゃ行けなくなったんだ」

「そ・・うなの・・・?でもそれと名前呼び合うのと何が関係あんだよ?」

「それは・・・アメリカに行った時の為の練習・・」

「練習?」

「向こうでは下の名前で呼び合うのが普通だろ?だから急に行って戸惑わない為にも

練習しておいた方がいいかな・・って・・」

「なんだよそれ?」



英二が唇を尖らす。

俺はそんな姿に少し困りながら英二を見た。



「だから深い意味はないんだよ」



何か2人の間にあってとかじゃないから・・・

だから心配しなくていい。

そう伝えたくて言った言葉は、英二には届かなかったようだ。



「そんな理由・・・よくわかんない」



不貞腐れた顔のまま笑顔を見せてくれない。


俺はどういえば伝わるか・・・考えながら話したが・・・



「いや・・だから・・下の名前で呼び合うと、親近感も湧いてもっと親しくなるだろ?

また引越しで、それもアメリカなんて不安だろうし・・・

ここに居る間ぐらいは充実した日々が過ごせれば・・・って思ったんだよ」

「それを大石がする必要はないだろ?」



一言で返された。



「そ・・・それはそうだけど・・・」



返す言葉が全く無い。


確かに・・・そう言われれば、俺がその役目をする必要はないのかも知れないけど・・・

だけど落ち込んで、不安な顔をした友達をほおってはおけない。



「見て見ぬフリは出来なかったんだ」



そう言って英二を見つめると、英二は大きく溜息をついて容赦なく両手で俺の頬っぺたを引っ張った。

ビヨーンと情けなく横に伸びる俺の頬っぺた。

英二はその状態のまま、俺を睨みつける。



「大石のお人よし!バカ!マヌケ!俺がどんな想いだったかわかってんのか?」

「いひゃい(痛い)いひゃいよ(痛いよ)えいじ・・・」



あまりの痛さに訴えると・・・



「わかってんの!?」



更に英二に、睨まれた。

俺はもう言葉に出来なくて、頭をブンブン縦に振る。

その仕草にようやく英二が手を離してくれた。



「俺、ホントに傷ついたんだかんな・・・他の誰かが大石の事を名前で呼ぶなんて・・・

 そんなの聞くのホントに嫌なんだかんな・・・」



英二・・・


泣き出しそうな顔をして、俯く英二の頭引き寄せて抱きしめた。



「ホントに、ごめん」



英二の手が俺の背中に回る。



「ホントは桃と組んでお前達と対戦した時も・・・

ううん・・それよりずっと前から・・・鏡見と仲良くしてんの嫌だったんだかんな・・・

 ずっとヤキモチ妬いてたんだかんな・・・・」

「英二・・・・」



英二の告白に胸が熱くなる。


そうか・・・俺の名前を武蔵が呼ぶずっと前から・・・妬いてくれてたんだ・・・

ずっと・・・って・・・

ん?それって・・・よく考えたら俺も同じじゃないか・・・俺も英二と鏡見の妹に・・・

そうだ・・・そうなんだよ英二・・・お前だけじゃない・・・俺も・・・



「俺も・・・妬いてた」

「えっ?何・・?」

「英二が武蔵の妹と仲良くするの見て、妬いてたんだ」

「えっ?そうなの?」



英二が俺の胸につけていたおでこを外して、上を向く。

大きく見開かれた目と目が合った。



「そうだよ。それによく考えたら、英二だって妹に英二さんって下の名前で呼ばれてたじゃないか」



そうだ・・・あの時・・彼女は英二を英二さんと呼んでいた。

それを見て俺も嫌だったはずなのに・・・・



「おっ・・俺と梓真はそんなんじゃないかんな!」



慌てた英二が目を泳がす。


わかってる・・・わかってるよ英二。

だけど・・・



「そんなのって・・どんなの?」



俺は首を傾げた。

英二が小さく唸る。



「う〜〜もしかして・・・大石、傷ついてた?」

「少しは・・」



ホントは凄く嫌だけど・・・



「ごめん・・大石・・」



英二の方がずっと傷ついた事を知っているから・・・本音は少しだけにするよ。

それに・・もう取り返しつかないことも・・・

一度呼んだ名前をお互い今更変える事はできない。

それがどんなに嫌でも・・・



「じゃあこれで、おあいこってどう?

お互い名前で呼んでるし・・・ヤキモチも妬いてたって事で・・・」



何処かで妥協しなきゃいけないって事もわかってるから・・・



「う〜ん・・・でも何か腑に落ちない・・・

やっぱ俺、大石が誰かに下の名前で呼ばれるのは嫌だ」



英二が俺のウエア裾を掴む。


そうだな・・・でも・・・



「英二・・だけど今更、止めてくれとは言えないだろ?」



俺は諭すように伝えた。


あと少しだけ・・我慢してくれないか?

俺も我慢するから・・・



「でも・・・大石誰からも下の名前で呼ばれてないじゃん・・

 なのに鏡見だけ・・・・」



英二・・・

そうだな・・確かに俺を下の名前で呼ぶ奴は、今は武蔵しかいない・・・

だけど・・・



「じゃあさ・・英二も俺の事、下の名前で呼んで?」



俺はウエアを掴む英二の手を握った。



「えっ!?」



英二の大きな目が更に大きくなって、俺を見上げる。

俺はその目を見つめて言った。



「それなら、いいだろ?」

「そんな・・事、急に言われても・・・」



英二は動揺を隠せないまま、目線を外した。



「駄目か?」

「駄目じゃないけど・・・」



英二は答えながらも、俺を見てくれない。

俺は空いた手で英二の肩を掴んだ。



「じゃあ英二・・・ほら、呼んで」

「う・・・ん・・」

「英二」



俺は英二を促すように声をかけた。

英二は暫く考えて、意を決したように俺を見上げる。

そして真っ赤な顔で俺の名を呼んだ。



「しゅ・・秀一郎・・・・」



自分で促して呼んでもらったのに・・・

初めて英二に下の名前で呼んでもらって、俺も顔が赤くなる。


こ・・これは・・・照れるな・・・


だけど呼んでくれた英二にそんな事は言えなくて・・・


赤くなった顔を隠したいそんな衝動を抑えながら、英二の頭をポンポンと叩く。



「はい。よく出来ました。次からは下の名前で呼んでくれるんだろ?」

「そんな・・・無理だよ。恥ずかしいじゃん!」

「恥ずかしがる事はないさ。俺だって英二って下の名前で呼んでるんだから」

「でも今更大石の事、秀一郎なんて呼んだら絶対みんなにからかわれるじゃん」

「嫌なのか?」

「嫌って・・・訳じゃないけど・・でも・・・」

「でも・・・無理?」

「う・・ん。やっぱ急にはちょっと・・・ちょっとずつ練習するとかならいいけど・・」

「じゃあ練習しよう。ほら、呼んで」



下の名前で呼ばれるのは、照れるけど・・・嬉しい事に気付いたから・・・

英二・・俺の名前を呼んで・・・



「・・・秀一郎・・」

「英二」

「やっぱ駄目。恥ずかしいよ。大石」



赤い顔を更に赤くして、照れる英二に俺はそっと顔を近づけてキスをした。



「お・・大石・・?」



驚く英二をそのままベッドに押し倒す。



「じゃあさ・・特別な時だけでいいから名前で呼んで」

「えっ?特別・・?」

「そう特別」



そう言ってまたキスを落とすと、英二が俺の肩を手で押さえる。



「ちょっ・・待ってよ大石。今日誰もいないの?」

「あぁ。さっきキッチンで、遅くなるってメモを見つけたから・・・大丈夫」

「大丈夫って・・・大石・・・」

「だから、名前呼んでもいいぞ」

「バカ・・・」



英二が今日初めて、笑顔を見せてくれた。

俺はそんな英二に心からホッとすると、ずっと伝えたかった言葉を口にした。

側にいて、それが当たり前で・・・だからこそ言わなくてもいいと思っていた事。

だけどホントはとても大切で、決まった時に一番に言わなければならなかった言葉。



「英二。ダブルスの大会。一緒に優勝目指そうな」

「・・うん」



こぼれるような笑顔

英二が側にいるだけで、俺の熱が上がる。



「英二・・・」



かすれた声で呼ぶと、英二の微かに開いた唇から吐息まじりに




しゅういちろう・・・




俺を呼ぶ声が聞こえた。




                                                                  END




最後まで読んで下さってありがとうございますvvv


今回30000HITをした頃とダブルスの王子様のゲームをやり始めた時が同じ頃で・・・

これも何かの縁かな?なんて思って作り始めたのですが・・・

無駄に長くなったというか・・・時間をかけたわりには・・こんな感じになってしまって・・(汗)

兎に角・・・前半はゲームでいうとこの大石や英二サイドで・・・後半はその他サイドです☆

ゲームだと当たり前ですが・・・大石も英二も攻略中は悲しいけど鏡見兄妹を選んじゃうからね・・・

でも他のキャラを攻略してる時は、ちゃんとこの2人でペアを組んで大会の準決勝に出てくるんですよ!

と色々言ってますが・・・結局実は大石攻略中に、武蔵が「秀一郎」と呼ぶのに嫉妬して・・・

英二に大石の名前を呼ばせたくて書いたという噂もありますが・・・

という訳で・・・30000HITを迎えられたのも、覗きに来て下さるみなさんのおかげですvvv

これからも、こんなサイトですが宜しくお願い致しますvvv

2009.4.25