七夕当日の今日も、雨が降っていた。
それでも鍵当番の俺は、朝一番に部室に来て鍵を開ける。
昨日は、結局英二と桃の事を考えていて、殆ど寝る事が出来なかった。
グルグル考えて出た答えは、ひょっとして雨が降れば、二人で星を見に行く事も無くなるんじゃないか?っていう、自分でも情けなくなるような答え。
英二はあんなに晴れる事を願っているというのに・・・
やっぱりここは黙って、晴れる事を祈ってやるべきなのだろうか・・?
二人で星を見に行く事を、黙認するべきなんだろうか・・・?
出ない答えを考えながら、小さく溜息をついて、部室の窓を見た。
そこにはいつの間にか飾られた、テルテル坊主が揺れていた。
「雨止まないかなぁ〜 晴れないかなぁ〜」
今日何回目の言葉だろうか・・?
今朝から降り続く雨は、午後になっても、まだシトシトと降り続いている。
そんな中、英二は朝からずっと天気ばかり気にして、同じ言葉を何度も口にしていた。
「せっかくテルテル坊主も作ったのにさ。何で止まないんだよ。俺のパワー足んなかったのかな?どう思う大石」
「えっ?」
どう思うと聞かれても・・・俺自身は、雨が降れば・・・なんて考えていたからな・・・
「今日はさ・・・絶対に晴れて欲しかったんだよね」
拗ねた様に言う英二を見て、心臓がキリリと痛んだ。
そんなに行きたかったのか・・・
「大丈夫だよ。夜までには止むかもしれないじゃないか」
「夜?」
落ち込んだ英二の顔を見て、思わずフォローしてしまったけど・・・
余計な事まで言ってしまった。
英二は首を傾げて、俺を見る。
「いや・・・ハハッ・・・晴れるといいな」
誤魔化す様に言った俺の言葉に、不思議そうな顔をした英二だったが、直ぐに満面の笑みで頷いた。
「うん!そうだな」
・・・こんな笑顔を向けられたら、もう英二を止める事は出来ないな。
桃と星を見るのを、こんなに楽しみにしているんだ、俺が聞かなかった事にすればいいだけじゃないか・・・
この前は絶対に英二の事は、誰にも譲れないって思ったけど・・・
英二が喜ぶのなら・・・
英二が笑顔でいられるのなら・・・
英二が俺じゃなくて、桃を選んでも、俺は・・・俺は・・・
「よっし!練習終わりっ!大石っ早く部室戻ろーぜ」
どんどん追い込まれる俺の気持ちとは反対に、いつの間にか元気を取り戻した英二に、背中を叩かれ、腕を引っ張られながら、部室に戻った。
重くなった心を、どうにか英二に気付かれないように着替えをしていると、次々と部員達が帰って行く。
その中に桃と越前の姿があった。
「んじゃお先っス!!」
「お先っス・・」
えっ?桃は越前と帰るのか・・・?
てっきり英二と帰る約束でもしているんじゃないか?と思っていたから、少し驚いて 横で着替えている英二を見ながら、桃達に目線を移す。
すると英二が桃に声をかけた。
「桃っ!頑張れよ!」
その言葉に桃が、大きく動揺した。
「だぁーー!!英二先輩何言ってんっスか!!」
「あっ・・いけね・・・へへっ・・まぁ気をつけて帰れよ」
英二は舌をペロッと出して、笑って誤魔化している。
「何を頑張るんっスか?桃先輩」
二人のやり取りを横で見ていた越前が、桃を見上げている。
「バッ・・・なっ何でもね〜よ!帰るぞ越前!!んじゃお先っス!」
桃は越前を引っ張りながら、逃げる様に部室を出て行った。
一体・・・どうなっているんだ?
桃は何を頑張るっていうんだ・・・?
越前じゃないけど、確かに英二の『頑張れよ!』の意味が気になる。
桃・・明らかに動揺していたもんな・・・
一緒に星を見に行くのに、桃が頑張る事でもあるのだろうか?
桃が帰った後も、何事も無かったように着替える英二を、横目で見ながら様子を伺う。
すると徐に、英二が口をひらいた。
「大石・・・今日なんだけどさぁ。大石ん家に泊まってもいい?」
「んっ?あぁ。別に構わないけど・・・って、ええっ?」
「何だよ・・・。いいのか?いけないのか?」
「いや・・・別に構わないけど・・・英二・・・用事は?」
思わぬ話の流れに驚いて、英二の予定を聞いてしまった。
「用事って何だよ?そんなのがあったら、大石の家に行くなんて言う訳ないだろ?」
・・・確かにそうだよな。
じゃあ一体、桃との星はどうなったんだろう?
午後練の間ずっと英二と一緒に、筋トレやら柔軟やらをしていたが、英二が桃と話をした という記憶はない。
雨が止まなければ、中止にするって話になっていたのか・・・?
いや・・・そんな事はないよな?
英二は練習が終わる寸前まで、天気の事を気にしていたし・・・
この雨だって、夜には止むかもしれないじゃないか・・・
じゃあ・・・どうして?
「・・・いし・・・おおいし・・・大石っ!!」
「ん?あぁ・・すまない」
「もうっ!!・・・で用事が無けりゃ行っていいんだな?」
「えっ・・?・・あぁ」
「んじゃあ。さっさと戸締りして、大石の家に行こうぜ!!」
「・・あぁ・・」
英二の勢いに押されながら、俺の家へと向う事になってしまった。
・・・わからない。
一体何がどうなっているのか・・・わからない。
だけど・・・俺の家に着いて、ご飯を食べて、風呂に入って・・そして気付いた事がある。
英二は、初めから俺の家に泊まるつもりだったんだ。
今日の練習が終わって、急に決めたんじゃなくて、朝から決まっていたんだ・・・
じゃないと、この用意のよさの説明がつかない。
明日の着替えに、歯ブラシセットに、お気に入りのパジャマ・・・
それにお菓子まで・・・
急に泊まる事を思い付いたんなら、こんな物を持ってきている筈はない。
今までだって、急に泊まる事になった時は、いつも俺のを使っていたし・・・
「ねぇ大石。この雑誌の新しいやつ、まだ買ってなかったっけ?」
寝転がりながら、雑誌を捲る英二を見ていると、益々わからなくなる。
いつもと変わらない光景・・・
「あぁ。それならココに・・・」
英二に聞かれた雑誌を手渡すと、それまで寝転がっていた英二が座り直した。
「サンキュ!・・・それで何だけど」
雑誌を受け取った英二が俺を見据える。
「大石。何かあったんだろ?」
「えっ?」
「誤魔化すのは無し。最初は俺も大石疲れてんのかなぁ〜って思ったけど・・・ そうじゃないだろ?何か、あったんだろ?」
「いや・・・それは・・・」
「俺も色々考えたんだ。いつから大石が変になったかって・・・ それで思いついたのは、七夕の話が出てからだって・・・気付いたんだ」
「英二・・・」
「どうなんだ?」
まさか英二が気付いていたなんて、思わなかった。
確かに昨日も今日も、二人の事が気になって集中力は落ちていたと思うけど・・・
英二の真っ直ぐ俺を見つめる目線が痛い。
どうしょうか?
このまま無理矢理にでも、誤魔化し通すか?
それとも、二人の話を思い切って聞くのか?
聞いたとして・・・英二はちゃんと話してくれるのだろうか・・・?
俺には内緒の話なのに・・・
黙ったまま、考えていると英二が痺れを切らして叫んだ。
「大石っ!俺とお前の間に秘密なんて作んなよ!」
「それを英二が言うのか?」
反射的に出てしまった言葉。直ぐに口を噤んだけど英二が更に俺に詰め寄る。
「それ・・どういう事だよ?!」
「・・・・・」
「ハッキリしろよ!どういう事だって聞いてんだよ!」
英二の顔がどんどん泣きそうな顔になっていく。
もう誤魔化すのは、限界だな・・・
俺は覚悟を決めて、話す事にした。
「星・・・見に行くんじゃなかったのか?」
「星?」
「桃と二人で、俺に内緒で星を見に行く約束をしていたんだろ?」
「桃と・・・?」
英二は桃の名前を聞いて、首を傾げている。その姿は、本当に身に覚えが無いって感じだ。
聞いた俺の方も、戸惑ってしまう。
そして暫く考え込んでいた英二が、突然大きな声を上げた。
「あーーーー!!!!」
「何だ?どうしたんだ?」
「大石あの話・・・聞いてたの?」
「あの話?」
「桃に俺が、綺麗な星が見れるよんって言った話!」
「・・・・あぁ・・・」
「なぁんだぁ〜 そっかぁ〜」
落ち込む俺とは反対に、先程まで泣きそうな顔をしていた英二が胸を撫で下ろしている。
そして、クスクス笑い出した。
一体・・・何なんだ?
「誤解だよ!ご・か・い!!」
「えっ?」
「嫌んなっちゃうなぁ〜!俺が大石以外の奴と二人で星なんて見に行く訳無いじゃん!」
そう言いながら、俺の肩をバシバシ叩いてくる。
「いやでも・・・俺に内緒で・・・二人で綺麗な星が見れたら最高って桃が・・・」
「それは俺じゃないの!」
英二じゃない・・・・?
「じゃあ、誰なんだ?」
「そんなの、おチビに決まっ・・・・しまった・・・」
おチビ・・・? 越前って事か・・・?
英二は慌てて、口を押さえている。
「どうしたんだ?」
「桃に大石には内緒って言われてたんだった」
「何で内緒にするんだ?」
そうだ、そもそも何で俺に内緒にする必要があるんだ?
相手が英二でなければ、隠す必要はないんじゃないのか?
すると英二が、咳払いを1つして、人差し指を差し出した。
「じゃあ質問!もし桃とおチビが夜遅くに星を見に行くって話を、直接大石にしてたらどうする?」
「ん〜〜そうだな・・・。夜遅く出歩くのは危ないんじゃないか?って答えるかも・・・」
「そういう事!」
「えっ?」
「だから・・・大石に話を聞かれたら、反対されるって思ったって事」
「・・・そういう事か・・・」
「わかった?けど・・・この話、絶対の絶対に内緒だかんな!俺が大石に教えたって、桃に知られないようにしてくれよ」
「あぁ」
何だ・・・そういう事だったのか・・・桃が越前と・・・
星を見に行く相手・・・英二じゃなかったんだ。
不安な想いが・・・胸に痞えていたものが、流れていくような気がする。
良かった。本当に良かった。
しかし心外だな・・・俺だってちゃんと話してくれれば・・・
その・・夜遅く出歩く事も理解してやる事だって、出来たと思うんだが・・・
安心したら、急に顔が緩んできた。
俺も・・・大概現金だよな・・・
そんな俺を横目に、英二がまた考え込んでいる。
「ん・・?だけど、おかしいな?その前の日も大石変じゃなかった?部室で俺抱きしめたりして、アレは何だったんだ?」
アレは・・・秘密は無し・・・だよな・・・
俺は赤くなり始めただろう顔を押さえ、小さく溜息をついて答えた。
「英二が桃と楽しそうに、七夕の話を決めていたから・・・」
「それって、それって、どういう事?」
英二が思いっきりニヤついている。
英二の奴・・・
「・・・もうわかってんだろ?」
「わかんない」
「・・・妬きもちを、妬いたんだ」
そう答えると同時に英二が、抱きついてきた。
「嬉しい!妬いてくれたんだ大石!そっか・・そっか・・ でもちょっと俺の事、信用しなさすぎじゃね? そういう事は、すぐ言えよ!
桃の事だって、あんな態度とられたら、俺だって不安になるじゃんか」
「ごめん」
「まぁいいや。確かに・・あの時の話は誤解されても仕方ないもんな・・・ ん〜でも、その前の七夕の話決めた時は、そんな妬くような話じゃなかったと思うけど?」
英二が俺の腕の中で、表情をコロコロ変えながら、ブツブツ呟いている。
確かにここまで、妬いたのは・・・
不安になったのは・・・
相手が桃で、桃が以前英二に気があったと思っているからなんだけど・・・
これは、言わなくていいよな。
結局俺は、俺以外の誰かと英二が親しくするのは、嫌なんだ・・・
色んな事を考えて、英二が喜ぶなら・・とか思いながら・・・
やっぱり駄目なんだ。
腕の中の温もりを感じながら、決して手放せない存在がココにある事を思い知らされる。
英二・・・
「英二。一緒に星を見ないか?」
「んっ・・?うん!」
俺はゆっくり立ち上がって、窓の方に移動する。
英二は、鞄の中から何かを取り出して、俺の横に並んだ。
「雨は止んだけど、まだ曇ってるね・・」
「そうだな。だけど少しずつだけど、空が明るくなってきているから、日付が変わるギリギリには、見れるかもしれない」
「見れるといいな」
「そうだな」
英二の大きな目が、空を仰ぐ。
俺はその横顔に、少し見とれながら、英二が何か握っているのに気付いた。
「英二。何を握っているんだ?」
「あっコレ? 俺の願い事」
俺の顔の前に差し出されたのは、短冊だった。
「大石が、ずっと俺の大石でありますように」
口に出して読んで、英二が俺に微笑む。
「越前の家の笹に飾ったんじゃなかったのか?」
「だってあの時、大石様子変だったしさぁ。ひょっとしてコレ飾んの、そんなに恥ずかしいのかなぁって思って止めたんだ」
「そう・・・だったのか」
確かに、その短冊を越前の家の笹に飾られるのは・・・
思い出してる間に、英二が俺の手を取って、小指に短冊をくくりつけている。
「何してるんだ?」
「んー。笹が無いからさ。大石の小指が笹の代わり。日付が変わるまで、絶対取んなよ。 俺の一番のお願いだかんな」
そして結び終わると、二カッと人懐こい笑顔を俺に向けた。
小指に付けられた短冊を見て、苦笑する。
英二の一番のお願いか・・・
俺はそっと英二の後ろに回って、後ろから英二を抱きしめた。
「大石?」
「英二。俺の一番のお願い。英二がずっと俺の英二でありますように」
耳元で囁いて、空を仰ぐ。
この日ばかりは、星に願わずにはいられないな・・・
どうか・・・いつまでも英二の横にいる者が、俺でありますように・・・
英二がずっと俺の英二でありますように・・・
大石の願い事は、実は私の願い事だったりします。
大石の隣は、英二。英二の隣は、大石。
ずっと、そんな二人でいて欲しい・・・という願いを込めて書き上げました☆
2007.7.15