次の日、クリスマス当日もやはり英二は部活を休んだ。
昨日の今日じゃ無理ないか・・・・
頭では理解していても、心の方がついて来れず、やはり練習には集中できない。
午後になっても調子の上がらない俺は、これでは駄目だと思い自主的に手塚に頼んで、グランドを走る事にした。
1周、2周、3周・・・暫く走っていると、不二に止められた。
「大石!」
「どうした?不二」
手招きしている不二の元に駆け寄る。
「何かあったのか?」
息を整えながら、不二に尋ねると、不二はニコニコしながら答える。
「やだなぁ・・・何かあったのは、大石の方でしょ?」
「えっ?」
思いもしなかった答えに、言葉を詰まらせていると、不二がそのまま話を続ける。
「まぁその話はまた今度にして・・・。今手塚とも話をして来たんだけど、今日はもう上がっていいよ。今のまま練習していても、周りにも良い影響を与えないからね」
それより・・・そのまた今度の話の方が気になる。
何故なら不二は、唯一俺達の関係をちゃんと知っているからだ。
英二が言うには、『大石に告る前に、不二に大石に告るって宣言した』っていつだったか言っていた。
英二と不二が仲がいいのは知っているけど、そんな事まで言ってしまうのはどうなんだろう?って思ったが
『でも言う前から不二は知っていたみたい』って英二が付け加えて、何となく納得した。
確かに・・・不二なら何か気付いてもおかしくないなって・・・
不二の何処までも見透かしてしまうような眼差しに、俺も何度かドキッとさせられた事があったからだ。
その不二が『何かあったのは、大石の方でしょ?』って言うって事は何か思う事があるのだろうか?
「大石? 聞いてる?」
「あぁ。すまない。聞いてるよ」
不二が『しっかりしてよね』っと小さくため息をついている。
「今からでも英二の様子見ておいでよ。昨日は会えなかったんでしょ?」
「えっ?まぁ・・・そうだけど。でも副部長の俺が練習を途中で止めるなんて・・」
「だけど今のまま練習してても、あまり意味ないんじゃない?」
・・・確かに不二の言う通りだ。
このまま練習を続けても英二の事が気になって集中出来ないだろうし、みんなに迷惑をかけてしまう。
それなら・・・
「そうだな・・・お言葉に甘えて、今日はそうさせて貰おうかな」
「そうそう。そうしなよ。後の事は、僕と手塚に任せて。部室の戸締りも責任をもってしておくから安心していいよ」
「すまないな。不二」
「いえいえ。どういたしまして」
笑顔の不二に見送られて、俺は英二の家に向かうことにした。
時間は午後二時過ぎ、本当ならまだ練習している筈の時間に、クリスマスで賑わう街を歩いている。
何だかとても不思議な感じがした。
こんな時間に会いに行っても、英二はまた寝ているんじゃないかな?
もしまた会えなかったら・・・
そう思うと急に足取りが重くなる。
たった一日英二に会えなかっただけなのに、もうずっと英二の顔を見ていない気がする。
どうしても・・・英二に会いたい・・・
その時ケーキ屋が目に入った。
『クリスマスといえば、クリスマスケーキだろ?』
英二の言葉が蘇る。
そうだな・・・クリスマスケーキを持って行こう。
流石に体調を崩してる時にケーキはキツイかもしれない。
だけど雰囲気だけでも味わえたら・・・
ケーキ屋の前で売り子をしている女の人に近づき声をかける。
「このケーキ1つ下さい」
そして俺はケーキの箱を下げて、また英二の家へと足を向ける。
〈ピンポーン〉
英二の家に着いて、すでに10分・・・何度もインターホンを鳴らしたけど、まったく反応がない。
どうしようか? 出直した方がいいかな?
そう思っていた時に、ようやくインターホンから声が聞こえてきた。
「どちら様ですか?」
少しけだるそうな声・・・英二だよな・・・?
いかにも嫌々出ましたって感じで、やっと出てくれたって喜びよりも、不味かったかな・・・って気持ちが湧いてくる。
「あっあの・・大石ですけど・・・」
「おっ大石っ?ちょっちょっと待ってて!!」
急に声のトーンが変わって、バタバタと玄関に向かって走ってくる足音が聞こえる。
その足音が止まって、勢いよく玄関のドアが開いた。
「大石っ!!どうしたんだよ!!」
どうしたって・・・いや・・・だからお見舞いに来たんだけど・・・
風邪を引いて落ち込んでる英二を想像していたから、あまりにも勢いよく出てきた英二に面食らって、言葉が出ない。
「まぁとにかく上がってよ!!」
「あっああ・・・」
英二に言われて、そのまま英二に着いて行く。
「今みんな出かけててさぁ〜〜。俺一人なんだよねぇ」
とリビングに着いても、ずっと話続けている。
「ところで大石。何か飲む?」
そう言われて、ようやく自分が何しに来たのかを思い出した。
英二に飲み物を入れさせている場合じゃない・・・
よく見ると、まだおでこに冷えピタを貼っているし・・・顔も少し赤い。
パジャマの上から赤い半纏を着ているが、その姿がさっきまで寝ていた事を証明している。
「英二。飲み物なら俺が入れるから。それより具合はどうなんだ?」
「えっ?うん。もう大丈夫。熱もだいぶ下がったし・・・咳も出なくなった」
「ホントか?」
「ホント!ホント!」
って言いながら目線を外したのが気になって、英二の手を引いてみた。
英二は簡単によろけて、俺の胸にぶつかる。
「うわっ・・・」
「英二・・・」
英二はニャハハハハ〜と笑って誤魔化しているが、やっぱりまだ本調子じゃないんだ。
「とにかく。飲み物は俺が入れて運ぶから、英二は部屋で待ってて」
少し強めの口調で言うと、英二は何も言わず小さく頷いて、二階の自分の部屋へと向かった。
俺は勝手に冷蔵庫を開けて中に入っているアクエリアスを取り出し、英二が出していったコップに注ぐと、トレーに乗せた。
ケーキの皿はどうしょう・・・一応乗せて行こうか・・・
食器棚を見回して、ケーキ皿とフォークを取り出す。それもトレーに乗せて一緒に持って行く事にした。
二階に上がると英二の部屋の扉は開いていて、そのまま入ると小さなテーブルを出して、英二が座って待っている。
「ここに置いて」
英二に言われるまま、コップを並べると向かい合わせに座った。
「ねぇねぇ。その箱何?ひょっとしてケーキ?来た時からずっと気になってたんだよね!」
英二は俺が座った時に横に置いた、ケーキの箱を目を輝かせながら眺めている。
「あぁ。うん。ケーキなんだけど・・・英二食べれるか?」
「もちろん!食べれるよん!流石に昨日は無理だったけど、今日は大丈ビー!それよりさ、大石。俺がケーキ食べたいって言ってたのちゃんと覚えててくれたんだ」
「まぁそれは・・・約束したからな」
「へへっ。あんがと」
英二に見つめられた上に、笑顔を見せられ、顔がほころぶ・・・
俺は本当に英二の笑顔に弱い・・・
「じゃあ。さっそく出そうか」
そう言いながら、ケーキを箱の中から出してテーブルの上に置いた。
「うわぁ。うまそ〜」
英二はまたケーキに釘付けになり目を輝かせている。
「下に行って、包丁取ってくるよ」
ケーキを切るものが無いのに気付いて、下に行こうと立ち上がった時に英二に止められた。
「ちょい待ち!」
「えっ何?」
「このままでいいじゃん!このまま一緒に食べよ」
「このまま?」
「うん。でも食べる前に、ロウソクつけようぜ!!」
そう言って、何故かお兄さんの机から、ライターを取り出して来た英二は、部屋のカーテンを閉めた後、手際よくロウソクを立てて、火をつける。
「ねっ。なんか雰囲気でたんじゃない?」
「そうだな」
俺達は暫くケーキの上のロウソクを見つめていた。
「ホントはさー。もうクリスマス一緒に祝えないんじゃないかって思ってた・・・」
「えっ?」
急に話し出した英二を見ると、ロウソクの明かりのせいか、暗く沈んだ顔に見えた。
「俺・・・あんなにクリスマスの話してたのに風邪ひいちゃったから・・・」
「英二・・・」
「だから、もう駄目かなって・・・」
「そんな・・・ひきたくてひいたわけじゃないんだから・・・それに・・・」
「それに?」
英二が聞きなおして、俺を真っ直ぐ見つめる。
「もし今日が駄目でも、来年だって再来年だって、その先もずっと英二と一緒にクリスマスを過ごしたいって思ってるよ」
「大石・・・」
ホントにそうなれば嬉しい、いつまでも英二と一緒に過ごして行きたい。
「あっでも・・・英二が良ければの話だけどな」
「そんなの・・・俺だって大石とずっと一緒にクリスマスを過ごしたいって思うに決まってんじゃん」
うす暗くても英二が照れているのがわかる。
俺もたぶん今顔が赤くなっているんだろうな・・・
「わっ大石!ロウソク!!」
英二に言われてロウソクを見ると、溶けて短くなったロウソクのロウが生クリームの上で水溜りのようになってきている。
「英二、カーテン開けて!」
そう言って俺は急いで、ロウソクの火を消した。
一瞬の間が空いて、英二と目が合う。
プッ・・・アハハハハハ
英二が吹き出して、俺もつられて笑った。
「じゃあ。ケーキ食べますか?」
「そうだな」
ケーキの上のロウを取って、丸いままのケーキに直接ホークを刺して食べる。
まるで山崩しみたいに、みるみるケーキが無くなって行く。
「う〜ん。うまい!やっぱクリスマスはクリスマスケーキだよな」
「ハハ・・そうだな」
英二がおいしそうにケーキを食べて、俺に笑顔を向ける。
ホント英二って可愛いよな・・・
それにしても・・・・
お見舞いに来た筈のに、すっかりクリスマスパーティーになってしまっているよな・・・
これでいいのだろうか・・・?
まぁでも、英二がこんなに嬉しそうにしているんだから、もう少しだけいいか・・
俺はケーキが無くなった頃を見計らって、鞄からプレゼントを取り出した。
「ハイ英二。メリークリスマス」
「えっ何?プレゼント?」
「うん」
「じゃあちょっと待って・・・俺も・・・」
そう言って英二もラケットバッグから包みを取り出して来て、俺に差し出す。
「ハイ大石っ。メリークリスマス!」
「えっ?俺にもあるのか?」
自分は用意していたけど、まさか英二もプレゼントを用意しているなんて思わなくて、驚いていると
「これだもんね大石は・・ホントやんなっちゃうなぁ〜そんなの用意してるに決まってんじゃん」
と膨れている。
「ごめん。ごめん。だって英二風邪で休んでたし・・・」
「それは昨日だろ?ちゃんともっと前から用意してるって〜の」
そう言われてしまうと、返す言葉が無い・・・俺は笑って誤魔化した。
「ったく大石は・・・ホント大石だよな」
「悪かったな・・・でも・・・プレゼントありがとう英二」
「あぁー!!何だよ先にお礼言うのは俺だろ?」
「えっ?そんなのに後先も無いだろ?」
「でも俺が先に貰ったのに、先に俺に言わせろよ!」
「じゃあどうぞ。英二。」
『えっ?』と少し面食らった顔をした英二は、う〜〜と小さな声で唸っている。
俺はわざと英二の顔を見つめて、英二の言葉を待った。
「何だよ!ジッと見んなよ!言いにくいだろ?」
真っ赤な顔をして、非難をする英二。
少しふざけ過ぎたかな?
「ハハッ・・ごめん。ごめん。英二の気持ちはわかっているから、改めてお礼を言う必要はないよ。それより・・・プレゼントあけていいかな?」
英二に貰ったプレゼントに手をかけると、英二はチェッ・・・と舌打ちをしたが 『せーのであけようぜ!』ともう気持ちを切り替えたみたいだ。
「じゃあ行くぞ〜! せーの!」
英二の掛け声で、プレゼントをあける。
「「あっ!!」」
同時にあけられたプレゼントを見て、同時に声を上げた。
コレって・・・ニット帽・・・だよな・・・
包みから出てきたのは暖かそうなニット帽だった。
だけど俺が英二にプレゼントした物も・・・
「大石もニット帽じゃん!!」
そう言いながら、包みから帽子を取り出した英二はさっそく頭にかぶっている。
「どう?どう?似合ってる?」
「うん。似合ってる・・・けど同じ物だとは思わなかったな」
「何だよ。別にいいじゃん。まったく同じ柄じゃないんだ。 気にすんな!」
「別に気にはしてないけど・・・」
モゴモゴと言葉を濁していると、英二が『大石もかぶってみてよ!』と帽子を指差す。
実は俺・・・あんまり帽子が似合わないというか・・・
英二のかぶってる姿を見た後だと、ますますかぶり難いんだけど・・・
でも英二からのプレゼントだし、見たいって言われて断れる訳もない。
「どうかな?」
恐る恐る聞いてみる。
「うん。ばっちし似合ってるよん!」
へへへへへっと英二が嬉しそうに微笑んでいる。
その顔を見て、自分の顔が赤くなるのがわかった。
褒めてもらえるのは嬉しいけど、恥ずかしい・・・
「でも俺より、英二の方が似合ってるよ」
何だか褒め合いみたいで恥ずかしいけど、実際英二の方が似合っている。
「まぁな。俺が似合うのは当然だろ?だって可愛いし!」
ニシシっと笑いながら、ウインクをしてみせる英二はホントに可愛い・・・
「ホントに可愛いよ」
英二につられて、つい普段思っていても、口にはしない言葉を出してしまった。
英二は顔を真っ赤にさせて、『何言ってんだよ大石!男に可愛いなんて言うな!』 って自分が先に言っといて怒っているけど、それが照れ隠しだって事はわかっている。
ホントに英二は可愛い。
「ったく・・・ところで大石。何か飲む?もうコップ空だろ?」
照れているわりには、しっかり帽子はかぶったまま、英二がコップをトレーの上に乗せた。
俺は時計を探して時間を確認する。
もう4時すぎか・・・
「イヤ・・・今日はもう帰るよ」
英二は意外そうな顔をして、俺を見る。
「なんで?まだいいじゃん!」
「そうゆうわけにはいかないよ。だってホントはお見舞いに来ただけなのに、こんなに長居しちゃって・・・」
「俺がいいって言ってるんだからいいだろ?」
「英二が良くても、俺が駄目。おばさんが帰ってくるまで、少し横になってた方がいいよ」
「なんだよソレ」
英二は拗ねてソッポを向いてる。
俺だって本当はもっと英二と一緒にいたいけど、ここで俺が長居して、英二の風邪が酷くなってしまうのは避けたい。
後ろ髪は引かれるけど・・・・
「英二。早く元気になってくれよな」
拗ねている英二の横に回って、そっと頭をなぜた。
「うん。わかった」
英二は俯いたまま答える。
機嫌を取り戻した英二と一緒に、コップやケーキの箱を片付けて、玄関まで送って貰う。
「そういえば大石。今日は部活終わんの早かったんだな」
玄関に座って靴を履いている時に、思い出したように英二に言われてドキッとした。
それは・・・終わったんじゃなくて・・・先に帰って来たというか・・・
一瞬恥ずかしいから誤魔化そうか?と思ったけど、不二が絡んでいる以上英二にわかるのも時間の問題だ。
ここは正直に話しておこう。
「それは・・・終わったんじゃなくて・・・その・・・英二がいないと練習に身が入らないというか・・・練習に集中出来なくて、不二に帰る事を勧められた」
英二はキョトンとした顔をして『大石が?』と言ったまま俯いている。
俺はラケットバッグを肩にかけて、いつでも帰れる体勢をとった。
何だか恥ずかしい上に情けなくなってきた。
やっぱり副部長の俺が、英二の事がいくら気になるっていっても、練習を途中で止めて帰るなんて、いけないよな・・・
「じゃあ英二。俺はこれで・・・」
と言いかけた時に英二に呼び止められる。
「ちょっと待った!大石。耳かして」
「えっ?耳?何でだ?」
「いいから早く耳かせって!」
英二に急かされて、俺は横向きになり英二に耳を貸す。
「愛してるよ」
「・・・・・・・・」
耳元で囁かれて、頬っぺたにキスされた。
俺はいきなりの事で、もう何がなんだかわからない。
英二はニシシっと笑って、満面の笑みで俺を見る。
「今日は風邪引いてるから、頬っぺたで勘弁してやる」
勘弁してやるって・・・
「じゃあ。英二・・俺は・・その・・」
まだ動揺してシドロモドロの俺とは反対に、英二はホントに嬉しそうだ。
「あぁ。気をつけて帰れよ!俺も明日は練習出るからさ。大石の為に!」
『大石の為に』がいやに強調されていて、また恥ずかしくなる。
俺ももっと精神面鍛えた方がいいかな・・・
「じゃあ。また明日」
フラフラと玄関を出て、少し歩いて、何気なく英二の部屋のある二階の窓に目を向けた。
そこには、さっき別れたばかりの英二の姿があって、ブンブン手を振っているのが見える。
昨日見た人影もやっぱり英二だったんじゃないかな・・・・
昨日の人影に英二の姿が重なる。
英二・・・
俺・・・色々悩んだりしたけど、やっぱり二人でクリスマスが祝えて嬉しい。
英二が俺に笑顔を向けてくれるのが嬉しい。
英二が傍にいてくれるのが、嬉しい。
今はまだコレでいいよな?
英二に答えるように手を振って、暫くして自分の家へと歩き始めた。
それにしても・・・ホント・・・英二には敵わない・・
終わりました☆今回中々まとめられなくて、時間がかかってしまい・・まぁ時間をかけても、うまくは無いんですが☆
何とか大石の揺れる思いが伝われば嬉しいです。
しかしホントに大石は何回英二の事を可愛いと言うのか・・・まぁ可愛いから仕方ないんですけどね☆