えほんがっぽうがつじ
絵本合法衢

【別の名前】
たてばのたへいじ
立場の太平次

【見どころ】
悪が主役、というところ。結局、最後に悪は滅びるのだけれど、
それまでは、ひたすら殺して殺して殺しまくる
主役のふたり、大学之助時代物的な悪の権化で、太平次世話物的な悪の権化。
ニュアンスの違う極悪な二役を、ひとりの役者がこなすのも見どころ。
主役のふたりに比べたら可愛い方だが、悪婆うんざりお松
ゆすりの場面は若干の凄みが入って見どころざんす。

【あらすじ】
上演が少ないためか定本がないようで、その度に少しづつ細部が変わるらしい。
ので、おおまかな筋と主要な人間関係を追って説明しておく。

多賀百万石の分家にあたる左枝大学之助は、本家横領を企む悪党。
本家に伝わる家宝の香炉を盗ませ、家来に持って逃げさせる。
後日、多賀家の領内でのこと。大学之助が夫のあるお亀を見初め、
無理やり妾にしようとするところを、多賀家の重臣高橋瀬左衛門に阻まれる。
実は、お亀の夫の与兵衛は瀬左衛門の末弟であった。
幼い頃に京都の道具屋に養子に出されていたのである。
瀬左衛門は、紛失した香炉を探してくれないかと与兵衛に頼む。
さらに後日。鷹狩りの際に、大学之助は百姓の子を無慈悲にも手討ちにするが、
飽き足らず、子の父親まで手討ちにすると言い出す始末。
そんな大学之助を、瀬左衛門が家宝の掛け軸で打ち据え、いましめる
大学之助は、その忠言を受け入れたふりをして、
瀬左衛門をだまし討ちすると、家宝の一軸をも奪う。
駆けつけたのは弥十郎。瀬左衛門の、もうひとりの弟である。
兄の突然の死に驚き、大学之助に不審を抱く。

見せ物小屋が軒を連ねる京都四条の河原。かまぼこ型の非人小屋に
伝三という男が毒蛇を求めてやってくる。実は伝三、与兵衛の店の番頭なのだが、
お亀に横恋慕して、与兵衛を毒殺しようと企てていたのだ。
姐御と呼ばれる蛇遣いのうんざりお松が毒蛇の血を売ろうとしているところに
あらわれたのが太平次。もとは大学之助の下で奉公していた侍上がりの男で、
これもまた相当な悪。顔まで大学之助に瓜二つ(ひとり二役だからねぇ。笑)
香炉が今は与兵衛のところにあると聞き及び、与兵衛殺しに手を貸すことに。
太平次にぞっこんのお松もひと肌脱ぐことにする。
道具屋の店先。女房風に化けたお松は与兵衛の留守に乗り込んで、
与兵衛とは言い交わした仲と嘘をつき女房のお亀と義母のおりよを脅す。
困り果てているところに伝三がしゃしゃり出て香炉を渡し帰ってもらおうとする。
が、与兵衛が戻り、結局は騙りとばれて失敗。
様子をうかがっていた太平次がお松を追い出し、知らん顔で店の中に。
与兵衛が実は兄の瀬左衛門の敵討をしたいと考えていることを知ったおりよが
希望をかなえてあげようとして、お亀ともども勘当すると言うのを聞いて、
門出の祝いと毒酒を差し出す太平次。
だが、おりよは勘当の身に杯はいらぬと自分が代わって杯を干す。
与兵衛夫婦が出立した直後に苦しみ死ぬおりよ。その懐から五十両を盗む太平次。
せしめた五十両で自分と世帯を持とうと言うお松をも殺し、井戸に放り込む。

倉狩峠。女房のお道と郷里に戻った太平次は、
立場(簡易休憩所みたいなものらしい)の主人になっていた。
夫にはぐれて難渋するお米という女を世話しているところに、
大学之助の家来がやってくる。お亀を探して大学之助のもとに連れていくという。
そうとは知らず、道中の病気で苦しむ与兵衛お亀の夫婦がやってくる。
太平次は素知らぬふりで、愛想よくふたりを迎え入れると、
実は大学之助の家来が五十両の支度金を持ってお亀を探している、と話す。
自分が大学之助のところに行くから金を与兵衛の治療費に、と言い出すお亀。
憎き相手の様子を探るためだとも言われ、しぶしぶ承知する与兵衛。
してやったりとほくそ笑むは太平次だ。
お亀を送りだした後で、親殺しの罪で与兵衛を追う者があらわれ一騒動。
太平次は、どさくさのなかで与兵衛を逃がすと見せかけて
五十両の金もまんまと奪い取り、あとで殺す腹積もり。
それを聞いてしまったお米をキリキリと縛り上げ、事が終わり次第売る算段。
そこへお米の夫弥五郎がやってくるが、
探してきてやろうとしらばっくれて与兵衛のあとを追う。
ところが、夫の悪事を知ったお道が先回りして与兵衛を逃がしたと知って、
そりゃ女房でも許しはせぬわ、と悪ダチに女房を殺させる。
立場へと戻ってくると、逃げようとする弥五郎お米夫婦と鉢合わせ。
高橋ゆかりの者と知って、これもあっさりと切り捨てた

瀬左衛門のもうひとりの弟の弥十郎は、名を合法と改めていた。
その庵で介抱を受けている病人は与兵衛。もちろん互いに兄弟とはつゆ知らず
命がもう長くないと察している与兵衛は仇討の助太刀を合法に頼むが、
実は自分も仇のある身ゆえ手助けはできないと断られる。
合法が庄屋に呼ばれ出かけた後に、なんと供を連れて大学之助がやって来た。
お亀はとうに切って捨てたと聞いて、ふらつく身体で切りかかるが、
とうていかなわず自害して果てる。
戻ってきた合法は、虫の息の与兵衛から一部始終を聞き、
与兵衛が実は弟で目指す仇が同一人物であったことを知り悔しがる。
後日、合法は大学之助の替え玉になっていた太平次を討ち取り、
憎き仇敵の大学之助も見事に討ち取るのであった。

【うんちく】
初演は文化七年(1810年)。四世鶴屋南北が五十五歳の時の作品。
まだ合作制度の残っていた頃の作品らしいので、厳密に言うと、立作者が南北で、
あとは二世桜田治助らなんかも分担して書いているそうな。
この作品は返り討ち狂言の傑作として幕末までたびたび上演されていたらしいが、
明治以降の上演は極端に少ないという。悪人が主人公の残虐劇だから
社会倫理的によろしくないという理由もあってのことらしいが、
それより、もとは一日がかりで演じた芝居を四時間ものに脚色し直すのが大変、
というのがむしろ原因らしい。そりゃまぁそうかもなぁ。
南北の芝居は人間関係が複雑きわまりないから、ヘタに削ってしまうと
何が何やら分からんぞい、ってなことになりかねないのかも・・・。
だからなのか、脚色・演出もいまだ定まってないようだ。
現に、太平次の最期については、1.弥五郎の妹に兄の仇として討たれる、
2.大学之助の替え玉として合法庵に乗り込み討たれる、
3.都へ向かう大学之助の替え玉として閻魔堂の前で討たれる、と、
わっちが知っているだけでも3通りある。ここまで違うのにはビックリ。
大学之助と太平次はひとり二役だから、替え玉で討たれるのが筋とは思うが、
はて、南北の原作はどうなっていたのだろう?