あしやどうまんおおうちかがみ
芦屋道満大内鑑

【別の名前】
            くずのは
上演される段の呼び名が 葛の葉

【見どころ】
まずは、葛の葉葛の葉姫の、ひとり二役の早替り
そして、何と言っても子別れのくだり。
ほんとは切々たる情愛の表現が眼目らしいけど、
やっぱりけれん味たっぷりな曲書きと呼ばれる場面がいちばんの見どころでしょう。
障子に書き置きを残すんだけど、重いだろうに子どもを抱きかかえたまま、
筆を口にくわえて書いたり、左手で書いたり、裏文字で書いたり、
書き上げたあとに筆を投げて書き落とした部分を補ったり(投筆と言う)
見事な技を次から次へと見せてくれる。からくりがあるのかなぁ、と思っていたら、
本当に書いているというからスゴイ。あっぱれ
もちろん、葛の葉の痛々しい心情にはホロリとさせられますけども。
あと、安倍野の家が前へと倒れてきて、菊の咲き乱れる荒れ野になるのは
たぶんあおり返しという居所変わりの手法のひとつ。そんなとこも見どころかな。

【あらすじ】
陰陽師の安部保名が妻の葛の葉と我が子(のちの晴明)の三人で仲むつまじく暮らす
安倍野の家に、信田庄司とその妻が娘の葛の葉姫を連れて訪ねてくる。
保名の所在を聞こうとすると、なんと娘と瓜二つの女性が顔を出すではないか。
驚いた庄司は、何かいわくがありそうだと保名の帰りを待つことに。
帰って来た保名の前に「嫁入りさせに来た」と娘の葛の葉姫を差し出せば、
からかわれていると思う保名。だって、葛の葉なら六年前から夫婦になっている。
現に、家の中からは機織りの音が聞こえるではないか。
ありっ?! では、目の前の姫はいったい?! これは変化か天狗の仕業か
保名は事の真相をただすことにする。
日も暮れかかった頃。葛の葉は愛しい我が子を抱いて、父に伝えてくれと物語る。
実は、自分は信田の森に棲む千年としふる白狐で、命を助けてくれた保名のために
葛の葉に姿を変えて妻となり、子までなして楽しい日々を送ってきたが、
本物の葛の葉姫があらわれては、もう一緒には暮らせないのよ、と。
障子に「恋しくば尋ね来てみよ和泉なる信田の森のうらみ葛の葉」と書き置きして、
子どもと別れる辛さを振りきって、泣く泣く薮の中に消えていった。
こっそりと仔細を聞いていた保名は、
葛の葉の書き置きをたよりに、あとを追いかけていくのだった。

【うんちく】
原作は人形浄瑠璃で、享保十九年(1734年)の初演。竹田出雲の作。
数ヶ月後には歌舞伎に移植されての上演された丸本物
原作は五段の御家騒動がらみだそうで、最後の大詰では、
殺された父の保名を息子の晴明が甦らせる戻橋の場面があるのだが、
歌舞伎で上演されるのは「葛の葉」と呼ばれる、狐の母の子別れが涙を誘う段のみ。
全段を通しで見てみたいと思っても、やはり無理なんだろうか。ちょっと残念。
ところで、この狂言は「信田妻」と呼ばれる、
日本に古くからある民間伝承の異類婚の話がもとにあるらしい。
なお、文楽の方では、この作品から人形遣いが三人になったそうで、
そういう点で画期的な忘れてはならない作品ということだ。