造形表現教育実践講座 第19回
子どもの生活から生まれる題材
―「絵を描かせる」保育からの脱却―

写真1 どんぐりのお家、右はお昼で、左は夜だよ。いろんな部屋があるよ。(5歳児)

 

1 遊びとしての描画活動

 作品1は、五歳児の絵です。楽しかった運動会のリレーの一場面を描いています。しかし、この絵をもっとよく見てみると不思議なものが描かれていることに気付きます。そこにはカマキリが一緒に走っている姿が描かれているのです。

 思い切りの良いパスの線で描かれたシンプルな絵ですが、トラックに置かれたコーン、数字の書かれた旗、観客席、トラックの番号など、運動会のリレーの設定を思い出しながら克明に描写しています。五歳児らしいリアリティー(写実性)を持った作品です。しかし、注目すべきはやはりこのカマキリです。先頭を走っています。トラック内の緑のコーンは一位のチームの印です。つまり、カマキリチームがトップで走っているのです。

 この作品が生まれた題材は「カマキリ母さん」(保育案1)。晩秋のある日、子どもたちが園庭の草むらから大きなカマキリを見つけてお部屋に連れてきたことに端を発しました。カマキリの大きく膨らんだお腹から、卵を孕んだメスのカマキリだとわかり、子どもたちは「カマキリ母さん」と名付けて大切に育てはじめました。

 お腹の赤ちゃんが元気に育つようにと、毎日眺めながら話しかけてみたり、子どもたち同士の話題になっていたりするのを見て、このクラスの先生が題材化しました。

 正直、私自身作品を見ただけではピンとくることはなかったのですが、この先生から「カマキリ母さんの事を毎日気にかけている子どもたちに、想像の世界の中でカマキリ母さんと遊ばせてあげたかったのです。」という言葉を聞いて納得しました。

 ともすれば描画活動は「絵を描かせる」活動だと思いがちですが、この先生の思いは違います。子どもたちに、想像の世界の中で楽しく遊ばせてあげたかったのです。絵はそのための手段にしか過ぎないのです。

 子どもの生活の中から、楽しい遊びにつながる題材の種を見つけることはそう難しいことではありません。その気になれば、意外に簡単に見つかるものなのです。大切なのは、遊びとして題材化することです。

2 想像を楽しむ中で、表現される生活

 描画活動というのは、その文字の通り、絵を描く活動ですが、絵画作品をつくることを目的としたものではありません。子どもたちは、確かに絵を描いていますが、その先に作品をつくることをめざしているのではなく、描くことそのものを楽しんでいるのであり、さらに言えば、想像画であれば想像そのものを楽しんでいるのです。

 その楽しい遊びの結果として作品が生まれてくるのであり、それが完成するまでに、子どもがどれだけ楽しく遊べたかが作品に表れます。

 ですから「絵を描きましょう」などと言う導入は、子どもの描画活動の本質を知らないやり方なのです。想像画を描く活動では、いかに想像を楽しむ遊びを誘うことが出来るかが大切なのです。子どもの遊びがどのような事から始まるのか知っていれば、どうすればその遊びを誘えるのかがわかります。

 「カマキリ母さん」も、子どもが虫かごの中のカマキリに毎日話しかけているその姿から、「これだけ、このカマキリに親しみを感じているのなら、想像の世界で一緒に遊ぶことができるのじゃないか?」と先生が直感的に題材化したものです。

 この先生は、五歳児が想像に夢中になって遊ぶとき、そこにその子ども自身の生活経験が表現されることを知っていました。たとえば「大工さんになって、住んでみたいと思う家を建てよう!」と導入したとき、すごく大きな家を描いているなと思って話を聞くと、それはやはりマンションだったりしました。また、羽根が生えた家が空を飛んでいる絵がありましたが、その家の中の様子は、台所があり、冷蔵庫が置いてあり、階段があって二階には寝室がある。お風呂もトイレも丁寧に描いてあります。空飛ぶ家という飛躍的な想像を楽しみながらも、その子どもの生活が手に取るようにわかる内容になっていたりするのです。

<事例1>カマキリ母さん (五歳児)

作品2では、自分がにこにこ顔でピアノを弾いて歌っています。その横には虫かごに入ったカマキリ母さんもにこにこ顔で楽しそうに聞いています。周りには、トライアングルを手に合奏に参加するお友だちも描かれています。この子自身が、幼稚園での歌や楽器遊びが大好きなことが良く伝わってきます。

作品3は、海を描き、その中には魚たちも泳いでいます。両手両足を大きく広げて楽しそうに泳いでいる自分とお友だちを描き、水面にはカマキリ母さんをはじめとしたカマキリの仲間たちが泳いでいる様子が描かれています。

左端にはラインが引かれ「ごーる」の文字が見られます。カマキリたちが海で泳ぎの競争をしているのでしょうか?とにかく楽しそうで生き生きとしたその表現から、この子がこの夏休みの海での楽しい経験が反映されているのでしょう。

おそらく、「楽器あそびをしているところを絵に描いて教えて」とか「夏休みに楽しかったことを思い出して描いてね」などと導入したのでは、これだけ生き生きとした表現は出なかったでしょう。 

「カマキリ母さんを元気にしてあげたい。」という思いや願いがあるからこそ、自分が今思いつく最も楽しいことを表現しているのです。この題材から生まれた絵には、そうしたひとり一人の子どもの思いや願いが表現されているため、同じ様な絵はほとんどありません。「カマキリ母さん」の絵を描く題材としてではなく、想像の中で「カマキリ母さん」と楽しく遊ぶ題材として導入されたからこその活動なのです。

<事例二>○○掘り (五歳児)

今年はサツマイモが大豊作で、立派な芋がそれこそ芋づる式にぞろぞろと収穫できました。子どもたちもその豊作ぶりに大興奮で、大喜びしていました。

この先生は「芋掘りをする」→「芋掘りの絵を描く」という毎年繰り返される描画保育の図式に疑問を感じていました。大きな芋が穫れたり、沢山の芋が穫れたりという感動は確かに子どもたちに残っているでしょう。しかし、だからと言って絵を描く動機付けになるとは限らないのです。

芋掘りは芋掘りで十分楽しんだのだから、それを絵に再現したところで、それ以上に楽しい活動にはなり得ない。それなら、芋掘りから発想しても、それ自体が遊びとして楽しめる題材にした方が良いのではないか、と工夫したのが「○○掘り」(保育案2)でした。

<事例三>どんぐりの国 (五歳児)

同様の発想で題材化されたのが「どんぐりの国」(作品5)です。どんぐり拾いに行ったところ、これまた沢山のどんぐりが拾えました。大きく粒ぞろいのどんぐりを袋いっぱいに詰め込んで大喜びの子どもたち。

このまま、「たくさん、どんぐりを拾ってきたね。年少さんがね、どこにそんなにたくさんのどんぐりが落ちていたの?って驚いていたよ。」等と導入し、「みんながどんぐりをいっぱい拾ってきたことを絵に描いて教えてあげよう。」と誘うことでおそらく描画活動は始まるでしょうし、それなりに楽しい活動ができるでしょう。

 しかし、まだまだ「いのちのつながり」を感じて想像を楽しむことができる五歳児なのだから、どんぐりを擬人化したお話から導入してみようと考えました。

 「昨日、みんなが帰ってからどんぐりたちがお話ししていたよ」と話始めると子どもたちは真剣に聞き入っています。

 「僕たちどんぐりの国に帰りたいよ〜、って泣いていたんだよ」と続けました。

 「でも、このどんぐりは、○○公園で拾ってきたんだよね。どんぐりの国なんて無いよね〜」と先生自らがその話を否定的に問いかけると、「うん無いよ!」と言う子もいる中で、「あるかも知れない」と言う子もいます。

 「えー!?どんぐりの国ってあるの?どんなところかな?」と導入し、子どもたちにお話をさせると多様などんぐりの国のお話が始まりました。

 描き始めてすぐに子どもたちのところを回っていくと、次々とお話をしてくれます。結局一時間以上の時間をかけて描き込んでいった子も少なくありません。(写真1)

 「どんぐりさんはとってもたくさんいるんだよ!」とたくさん穫れたイメージがそのまま丁寧にひとつひとつ描かれたどんぐりたちに表されていたり、山の中でリレーをして運動会を楽しんでいたり、どんぐりの国にも昼とか夜とかあるんだとか、自分たちの生活を投影していきます。友だちがいっぱいいて楽しく遊んでいたり、おもちゃや遊び道具いっぱいある家に住んでいたりと子どもらしい願いも同時に表されています。その想像力と集中力には本当に驚かされました。

3 まとめ

 これらの題材によって生まれた作品たちは、いずれも子どもの思いや願いが良く表されたすばらしいものです。描き終わった子どもたちの表情にも満足感が溢れていました。しかし、それは、上手に絵が描けたことへの満足感ではありません。

 先生がうまく誘ってくれた遊びの中で自分らしい発想とその展開を楽しんだ満足感であり、実現したい思いや願いを描画活動という形で実現した自己実現の喜びなのです。

「こんな絵を描かせたい」という先生の思いや願いから出発するのではなく、常に、子どもの思いや願いが楽しく表現できるようにとの配慮から出発する保育を心がけてきた先生だからこそ、こうした子どもたちの生活から、楽しい遊びの種を見つけ題材化することができるのです。

 今回は、五歳児の生活から発想し、とりわけ想像を楽しみながらお話を伝える描画活動について紹介しましたが、三歳児や四歳児でも、同じ様な視点から題材の開発は可能です。

写真2は、三歳児の活動で、「ザリガニ父さん」という題材です。まるで「カマキリ母さん」の影響かと思わせる題材名ですが、大阪と埼玉という離れた地域でほぼ同時に取り組まれた偶然の一致です。

 このクラスでは、飼っていたザリガニが子どもを産みました。小さなザリガニの赤ちゃんがいっぱい生まれたのです。飼っていた生き物が子どもを産むという生命の神秘に触れ、子どもたちは今とてもこのザリガニと、その赤ちゃんに興味関心を持っています。

そして、ある日「お父さんはどこに居るんだろう」という子どものつぶやきを聞いて題材化を思いついたのだそうです。

<事例四> ザリガニ父さん (三歳児)

 「ねぇ、あのザリガニの赤ちゃんのお父さんってどこにいるんだろうね?」と問いかけると「川だよ」「池だよ」とか「川のお家にいるんだよ」と子どもたち。

 「きっと、赤ちゃんはお父さんにあいたいだろうなぁ…」と言うと「僕たちが描いてあわせてあげる!」と疑うこともなく絵筆を持ってザリガニを描き出しました。

 写真のようにザリガニの特徴を捉えた絵もあれば、赤い塊?というような幼い表現もあり、まだまだ多様ですが、どの子も描き上げると「見せてあげよう!!」と水槽のところへ自分が描いた「ザリガニ父さん」を連れて行ってあげます。

「見えた?」と絵にも、水槽の赤ちゃんにも真剣に問いかけるその姿がとても印象的でした。

この題材に取り組んだ先生はまだ一年目の先生です。しかし、決して絵を描かせようとはしません。常に子どもの楽しい遊びを引きだす導入の工夫を心がけて実践してきました。はじめからではありません。子どもの活動から学び、成長してきたのです。

描画活動において「絵を描かせる」保育から脱却すること。今回紹介した先生方のように、子どもの側から保育を常に見直す視点を持っていれば当然たどり着く答えなのですが、まだまだ幼児教育の世界では、「絵を描かせる」保育が主流なのです。


作品1 カマキリ母さんとリレーして遊んであげる。一等賞になって元気になるよ。(5歳児 )

 

 

 

作品2 私がピアノを弾いて、カマキリ母さんと一緒に歌って遊ぶと元気になるよ。 (5歳児)

 

 

作品3 カマキリ母さんを海に連れて行ってあげる。一緒に泳ぐんだ!(5歳児)

 

 

作品4 お芋と一緒におもちゃも掘れると良いな…(5歳児)

 

作品5 どんぐりの国 (5歳児)どんぐりのお城にリンゴちゃんやミカンちゃんも遊びに来たよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真2 ザリガニの赤ちゃんにお父さんを会わせてあげたよ。(三歳児)

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作品協力

千里敬愛幼稚園

花咲幼稚園

 

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