造形表現教育実践講座 第18回 幼児の描画と色彩 2 ―色彩経験から見た描画活動のカリキュラム― |
1 はじめに 2 描画活動の成長過程と色彩の使用 個人差はあるが、感覚運動的に線遊びなどを始める一歳半ば頃に始まる錯画期から、象徴期を経て三歳半ばから四歳頃の図式前期頃までは、形への興味が中心であり、色彩、特に固有色には無頓着な活動が続く。初めの頃はたまたま手にしたパスで描くので、白い画用紙に白で描いたり、同じ色でずっと描き続けたりするが、後半では簡単な配色の効果などを理解した使い方が見られるようにもなり「(2)色で遊ぶ活動」と交錯しながら「(3)色で描く」活動が中心になる段階へと移行する。 (2)色で遊ぶ活動 二歳半ごろから、パスを持ち替えて複数色でなぐりがきをするなど、描画材料で感覚運動的な遊びに夢中になる様子が見られる。しかし、色彩を何らかの目的に応じて使っている様子はない。この時期では、色に無頓着であることには変わりはないが、パスなどの色材を持ち替えることで、違う色の線が描けるということを発見し、その色の違いや変化を楽しみながら色で遊んでいるのである。色で遊ぶ活動は、実際には小学生からさらには大人になっても楽しいものであり、幼児期の一定の時期に終息するようなものではないが、イメージを持って表現する描画活動において色で描く活動が見られるようになると、単に色で遊ぶだけの活動は徐々に少なくなっていき4歳を過ぎる頃には見られなくなっていく。 (3)色で描く活動 丸い形を描いて「お母さん」と言ってみたり、四角を「ブーブー」と車に見立てたりするようになる象徴期にさしかかる3歳前後から次第に色彩への興味と関心を高めながら、色彩を意識して使うようになる。はじめは固有色などにはとらわれない自由な色彩の使用が中心である。しかし、お母さんは赤で描き、お父さんは黒で描くなど、何らかのイメージと結びつけ始めるので、全く色彩に無頓着ではあるとは言えない。象徴期から、人物の特徴を頭足人で表したり、気に入ったものを並べていくつも描くような羅列的・断片的表現(カタログ的表現)をしたりする図式前期を経て5歳前後までは、色で描くこと、色を使うことを楽しむのである。この時期の子どもは、色を使い分けるが概念色や固有色とは無関係に使う事が多い。 (4)単純な固有色を使う活動 3歳半ばあたりから、身近な食べ物など、表そうとする内容によっては、特定の色彩と一対一で関連づけられるような単純な固有色(概念色)を使う場面も見られるようになる。表現しようとする主題によって「(3)色で描く活動」に平行して見られるようになり、色で描くことを楽しみながら色彩への関心を高め、「(5)多色を自由に使う段階」への橋渡しとなる過渡的な段階である。 (5)多色を自由に使う活動 4歳半ばから5歳にかけて、図式前期から図式期にさしかかる頃になると、身近で多様な色彩世界に関心を持ち始め、パスなどを使った表現では、現実の色彩との整合が見られるようにもなる。しかし、まだまだ自由に色彩を用いる事が中心であり、「(2)色で遊ぶ活動」の延長として捉えた方が良いだろう。また、この時期には、色彩や形態を秩序的に並べるなど装飾的な表現が見られるようにもなってくるのも特徴的である。 (6)表現意図に応じた色彩を使う活動 図式期に入っていく5歳前後から、思いや願いを持って、お話をするようにイメージを広げ、伝えたい気持ちを持って絵を描くようになってくる。この段階になると、次第に対象の色彩との整合を追究する傾向が見られるようになる。パスのように自由に色を持ち替えて使える材料の場合、表したいイメージに応じて色を使うようになる子がいるいっぽうで、次々と浮かび、広がっていくイメージを手に持ったパスで一機に描いてから、必要に応じて色を付け加えていったり、彩色しようとしたりする子もいる。単純に現実世界と整合させようとするだけでなく、独自のイメージや表現意図に応じて色彩を使うと言ったほうが適切であろう。 このように、幼児は、多様な色彩経験を積み重ねながら成長していくのです。子どもが、「どのような色彩使用をする段階であるのか」と同時に、「どのような色彩経験を必要としているのか」もふまえた題材設定や保育計画をたてなければならないのです。 |
2 幼児の色彩経験から見た描画活動カリキュラム 表2は、描画活動題材を、色彩使用の傾向(上から下へと年齢段階が進む)を縦軸に、描画の活動主題を横軸に配したマトリックスに整理分類したものです。この表には、それぞれの年齢段階における色彩経験の視点からのねらいも示しました。「色彩経験をふまえたねらい」の欄では、概ねこの時期に必要な色彩経験という視点から段階的に示しています。
色彩使用の成長過程と保育のねらい ◇年少(三~四歳児) -色彩との出会いを楽しむ- 色に無頓着であることと色に無関心であることとは違います。自分の行為が外界に痕跡を生み、その痕跡を支配することができる事に気づいた幼児は、夢中になってなぐりがきを始めます。二歳くらいから三歳くらいにかけて、あるいは入園したての年少児の多くは、まさにこの段階にあります。さて、子どもたちの多くが入園してパスと出会います。この出会いから線を描く遊びが誘発され、その遊びの楽しさに夢中になる中で、その子なりにパスの特性に気付いていき、さらには効果的に使う力を獲得してくのです。はじめての材料や技法との出会いばかりのこの時期に、はじめから何かテーマを与えられて絵を描くことは難しいでしょう。それよりも、その材料や道具、あるいは技法で夢中になって遊ぶ中で、何が出来るのか見通しがつくようになっていくのです。 したがってこの段階にある「年少」では、題材群A「材料や技法との出会いや行為を楽しむ」を中心に、多様な材料や技法と出会い、それを十分に楽しむ遊びの中で、その子なりに表現していく力を獲得し、そこでの色彩との出会いにより、色彩への興味や関心を高めていくことが大切です。 この時期は、単色の絵の具を使って線で描く経験を積み、塗りたくり遊びや技法遊びなどで、多色の絵の具の変化などを十分に楽しむことができた子どもたちは、感覚運動的な段階を脱していくと共に、絵の具を塗りたくる楽しさを卒業し、線で描く楽しさを知るようになります。 色彩使用の傾向をふまえたねらいの設定は以下のようになります。 ○ねらい (1)色に無頓着な活動 ・パスなどの色材に興味を持つ。 (2)色で遊ぶ活動 ・多様な材料の色を楽しむ。 ・色との出会いを楽しむ。 (3)色で描く活動 ・色を使うことに興味を持つ。 ・色の変化に興味を持つ。 (4)単純な固有色で表現する活動 ・色を使ってイメージを表現する。 ◇年中(四~五歳児) -色彩に興味を持って使う- ◇年長(五~六歳児) -色彩を表現に生かして使う- |
写真1 色彩との出会いを楽しむ(3歳児) 写真2 墨汁の濃淡による表現(4歳児) 写真3 色彩に興味を持って使う(4歳児) 写真4 色彩を表現に生かして使う(5歳児) |
まとめ こうした指導方法を二歳児にまで適用しようというようなノウハウ本が書店で堂々と販売されていますが、こうした偏った指導の為に、自分らしいものの見方や表現の仕方を適切に獲得していく機会を奪っていることに気づかなければなりません。そもそも、このようなやり方で教師が描かせた絵から本当の子どもの姿は見えてきません。当然そこから子どもの真の姿を学ぶことはできないのです。子どもから学ぼうという姿勢がないから、このような方法を安易に取り入れて平気なのです。 しかし「自由に描けば良い」などと、その育ちに応じた適切な表現能力を発揮できないまま放置するような保育にも問題があります。子どもが表現したい思いや願いがあり、そのイメージを表現しようとする衝動、意欲があるのなら、その子の育ちや個性的なものの見方や表し方に応じた表現能力が発揮できるように保育の構想を立てなければならないのです。そのためにも、子どものものの見方、世界のとらえ方、感じ方、あるいは心身の発達の傾向などを十分に理解し、適切な計画を立てなければならないのです。そのひとつの提案が今回のカリキュラムモデル(表2)です。 今回は色彩経験を中心に考えましたが、表1でもわかるように、このカリキュラムモデルは、描画活動の発達過程もふまえています。大切なことは、こうしたカリキュラムモデルも固定的なものではないという事です。また発達過程のモデルも固定的に考えない方がよいでしょう。なぜなら、子どもの育ちには個人差があり、ものの見方、とらえ方、感じ方なども個性的なものであり、千差万別だからです。 むしろ、子どもひとり一人の育ちや個性を大切にするからこそ、その思いや願いが素直に表現されるのであり、だからこそ、目の前の子どもたちを知ることができるのです。そこからまた、題材やカリキュラムの改善点が見つかるのであり、常に更新していくことができるのです。もちろん、今の段階で最善の保育を目指して取り組んでいますが、それがこれからも普遍的なものであるとは限りません。変わらないものも当然あるでしょうが、教育というのは、常に子どもの実態から学びながら更新し変容していかねばならないものなのです。 |
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作品・資料協力 |
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