造形表現教育実践講座

第16回 想像を楽しむ−2
―題材群D:
「伝えたい」思いや願いから発想する。

 

作品1「家の中でサッカーをしてあそんだ。」(A児:4歳,7月6日)

 

作品2「ゲームをしてあそんだ。」5月16日)

 

作品3「ゲームをした、マリオのゲーム。」(6月12日)

 

作品4「アイリちゃん(姉)といっしょにゲームをしたん。」(6月20日)

 

作品5「お母さんとサッカーをした」(6月29日)

 

 

 

1 「伝えたい」気持ちを育てる

絵による子どものつぶやき

 子どもたちが、自由画帳やちょっとした紙の切れ端に描いた絵を見ると、そこから、その子らしいお話しが聞こえてくる事に気づきます。それは、絵による「子どものつぶやき」です。

こうした子どもの自発的な活動の中での「つぶやき」に耳を傾け、さらにお話しを聞いてみると、そこからその子が感じている世界や生活へのまなざし、あるいはそこに込められた思いや願いなどが見えてきます。「絵の手紙」は、まさにこうした発見から生まれた実践です。

作品1は、ある保育園の4歳児(A児)の「絵の手紙」です。年中になり三ヶ月たった七月のはじめ頃、「日曜日にしていたことを教えてね」との先生からの投げかけに対する子どもからの返事です。

 「家の中でサッカーをしてあそんだ。」というキャプションは、そのときA児が話してくれたことを記録したものです。この絵には4人の人物が描かれ、中央に弾むボール、画面の両端にはサッカーゴールと見られるものも描かれています。画面をいっぱいに使い、部屋の中でサッカーをしてあそんだ様子が、空間や位置関係をきちんと捉えて描かれています。

 右の大きな方の人物はお母さんでしょうか、左の人物が自分です。その表情から、「とても楽しかったよ!」「家のみんなで遊べて嬉しかったよ!」という声が聞こえてきそうです。たった四歳の子どもが、B六サイズの小さな紙にフェルトペンで、これだけ饒舌に楽しかった日曜日の出来事を伝えているのです。

「絵を聞く」と言うこと

 次ぎに、作品2〜作品4を見てください。これも四歳児が五月中旬から六月中旬の約一ヶ月の間に描いた「絵の手紙」です。

 五月一五日の「ゲームをしてあそんだ。」(作品2)は四歳児クラスになって初めての「絵の手紙」でした。ゲームのコントローラーと人物、そして円が描かれています。特に、コントローラーは特徴を捉えて熱心に描いたことがわかったので、担任の先生は「ゲームして遊んだのね、良く描けたわねぇ!」と感嘆を交えて受け取りました。

その約一ヶ月後「ゲームをした。マリオのゲーム。」と言って描いたのが作品3です。先生にも「ゲームをして遊んだ」ということがちゃんと伝わったので、得意のコントローラーさえ描けば、思いは伝わると自信を持って描いているのです。先生も、ちゃんと話を聞いてあげて、「楽しかったんだね」と共感して答えました。

さて、それから一週間後に描いたのが作品4です。またまた同じコントローラーを描いています。先生は「ちょっとほめすぎたかな?それが嬉しくって同じ絵ばっかり描いちゃうのかな?」と少し心配になってきました。

しかし、「アイリちゃんといっしょにゲームをしてたん(の)」とお話ししてくれるのを聞きながら、あることに気付きました。

最初は「ゲームしてあそんだ。」で、次が「ゲームをした。マリオのゲーム。」そして「アイリちゃんといっしょにゲームをしてたん。」と、言葉の数も増え、伝えようとするお話の内容も広がっています。

同じコントローラーを描きながらも、そのコントローラーに象徴される「お話し」のイメージが次第に豊かになっていく様子がわかります。

さて、ここで作品5を見てください。最後のコントローラー(作品四)の次ぎに描いたのがこの絵です。「お母さんとサッカーをした」と言うこの絵を描いたそのまた一週間後に描いたのが冒頭の作品一なのです。

つまり、この子こそが、はじめに紹介したA児だったのです。毎回同じゲームコントローラーだけを描き続けてきたA児は、そのことを通して先生が自分の話を聞いてくれ、思いに共感してくれることが嬉しかったのでしょう。

繰りかえし同じコントローラーを描きながら、伝えたい気持ちが伝わる喜びを積み重ねて来たのです。そして、同時に思いや願いを、想い(イメージ)としてして映し出す力、つまり想像力を培ってきたのです。

子どもの絵は、そこに描かれているものをただ見るのではなく、描かれていることを聞く事で初めて理解することができるのです。A児の表現の変容は、そのことを教えてくれているのです

2 子どもと共に育つ

「絵の手紙」を積み重ねてきた成果

 この十年来「絵の手紙」に取り組んできた千里敬愛幼稚園では、はじめの数年間で、子どもたちの表現が目に見えて変化しました。

それは、決して展覧会で入選したり大きな賞に入ったりするような、いわゆる見栄えのする作品ではありません。むしろ、幼さがいっぱい残っている素朴な表現です。しかし、なによりも絵で「伝えたい」という気持ちが育っていっているのがわかるのです。

さらに、絵を描くことそのものに抵抗を感じる子どもや、人の真似をして描く子どもなどが減っていったのです。

「絵の手紙」では、特定のテーマによる導入は無く、その子なりの表現を出発点にできます。それはつまり、1人ひとりの個性や成長に応じた表現活動が保障できるということなのです。

そして、「こんな絵を描かなければならない」というような抑圧や、抵抗感から解放されているだけに、表現に没頭することができます。夢中になってとりくむ中で発揮されるその子らしさや追求的な表現、そして表現の工夫を目の当たりにした先生たちは、「これこそが、この子たちの本当の自己表現なのだ。これが、子どもの真の声なのだ!」と感じたそうです。

それは、即、保育の変化として表れました。これまでは、こんな絵を描いて欲しいといった自分の想いを子どもに伝えようとしてきた先生も、子どもが絵を通して伝えようとする言葉を聞くことを大切にしはじめたのです。

「絵の手紙」を「聞く」ことによって、今まで見えなかった子どもが見えるようになり、子どもを知り、理解することにつながっていったのです。子どもの表現と共に変化していった先生たちの意識、これこそが「絵の手紙」を積み重ねてきた大きな成果だったのです。

「絵の手紙」による親育て

このことに気づいた園長が次にとりくんだのが、親への「絵の手紙」でした。原則的に月に一回、お父さんやお母さんなどお家の人たちに、「幼稚園で何をしたか教えてあげよう」といった働きかけで描き、その手紙を家庭に持ち帰るようにしました。

せっかく園で子どもの自己表現を引きだす保育をしていても、家庭でお母さんが「お顔には何が付いている?そうじゃないでしょ!」などとやられては台無しです。そこで、まずは「絵の手紙」を通して子どもとお話してもらいたいと考えたのです。

その結果、少なからぬ親たちが子どもの表現に関心を持ってくれるようになりました。そして同時に、大人の誤った価値観で子どもの絵を評価するようなことが減っていきました。先生たちが目覚めたように、親たちも目覚めはじめてくれたのです。

「絵の手紙」は、子どもと大人のコミュニケーションと同様に、先生と親とのコミュニケーションにも寄与しました。まさに、先生と親が子どもと共に育つ、そんな実践が実現できたのです。幼稚園から「絵の手紙」と共に、次のメッセージが家庭に届けられました。

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「絵の手紙」について

子どもの絵は、大人から見ると何を描いているのかわからなかったり、実際の形や色と違ったりしています。それは間違えているのではなく、成長の過程としてすべての子どもが通る道のりです。子どもの素直に描いた絵に「間違い」や「上手・下手」はないのです。「どうしてお顔が緑なの?」とか「体が描いていないわね」など、大人の価値判断で子どもの絵に注文をつけてはいけません。子どもの健やかな成長発達にとって、そのときの気持ちにピタッとくる素直な表現を十分にするのが大切です。

同じ絵を繰り返し描く子も同様、その段階を子どもは楽しんでいるのです。大人が下手に注文をつけたり、描き直しさせたりすると、絵の描けない子どもになってしまい、認知や自己表現の成長に支障さえきたします。

このように、子どもの優しい、可愛らしい「気持ち」を大切に、共感して受け止めて話を聞いてあげることで「もっといろんなことを伝えよう」との気持ちが育ち、自分なりに表現の工夫をし、伝えたい内容を明確にしていきます。

今描いた絵に、何が描けていない、足りないということよりも、子ども自身がそのときの気持ちにピタッとする絵を描くことが大切です。

より丁寧に受け止めてあげることで、子どもは表現する喜びをきっと味わってくれます。子どもの心の成長発達にも不可欠な活動でもあり、子どもが自分の気持ちをあるがままに表現してくれるようになるでしょう。

(千里敬愛幼稚園)

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 絵は、作品という成果が目に見えて残ります。それだけに正しい見方、とらえ方を大人がしなければなりません。しかし、それは絵を理解すると言うよりも、子どもそのものを理解するということなのです。そういう意味で「絵の手紙」は親育てへの大きな一歩となりました。

 

作品6「大きくなった僕・私」(3歳児

 

作品7「お母さんとさくらんぼを採りに行ったよ」(4歳児)

作品8「橋の上でお母さんに「帰ったよー」って言っている」(5歳児)

 

作品9「動物園をそのまま運ぶスーパートラック」(5歳児)

 

描画保育は、「絵の手紙」の延長線

 3歳児クラスも終わりに近づく頃、新入園児だった頃が遠い昔のように感じるほど、体も心も育っています。そんな子どもたちに「みんな大きくなったよね、どこが大きくなった?」と聞くと「手!」「体!」「背が高くなった!」と口々に先生に教えてくれます。「大きくなったみんなは、普通の画用紙には入りきらないから、今日はこんなに大きな紙を持ってきたよ!」と全紙上質紙(模造紙、広用紙と呼ばれています)を半切した紙を掲げると「うわぁ!」と歓声があがります。

そして生まれてきたのが作品6の「大きくなった僕・私」です。「こんなに体が大きくなったんだよ!」と自慢したい気持ちで伝えようとしていることがよくわかります。

「大きな体だね?」と聞くと「いっぱいご飯食べられるようになったんだよ!」と嬉しそう。「これだけ大きな体になったらいっぱい食べられるね。」と応えてあげました。日頃から「絵の手紙」で先生とお話してきた子どもたちですから、こんなに大きな絵の時も同じ気楽さで「先生に教えてあげよう」と描いてくれます。こうした作品は、「絵の手紙」の実践がなかったら生まれてこなかったでしょう。設定保育での描画活動も「絵の手紙」の延長線上にあるのです。

 4歳児に「いつも絵の手紙でいっぱいお話ししてくれて先生とっても嬉しいんだ。だから今日はいつもより大きな紙を持ってきたよ!」と八つ切り画用紙を配りました。それだけで、パスの箱を開けて早速に描き出す子どもたち。先生の指示なんか待つ必要もなく、思い思いの伝えたいお話を画用紙の中で始めます。

作品7では「お母さんとさんらんぼを採りに行ったよ」と話をしてくれました。先生は「危ない、危ない!もう少しで「イチゴ採りに行ったのね」と言いそうだった。」と氷汗をかいたそうです。4歳児の表現では、単に特定の対象を描くというのではなく、「誰々と、何々した」と言ったお話になります。ですから、絵を聞くときも、「誰と行ったの?」とか「何をしているの?」と具体的な話を聞き出すようにします。たとえ、リンゴを一つだけ描いている絵でも、話を聞いてみると「おばあちゃんがリンゴをくれた」といったお話になっていたりします。

このように、子どもの伝えたい気持ちが育っていく中で、それぞれの年齢における働きかけや「絵の聞き方」も変わっていくのです。

 五歳児にもなると、お話の中味も豊かになり、記憶をたどりながら、次々とイメージを拡げていきます。また空間の認知も新しいステージへと成長し、まるでビデオを再生しているかのようなビジュアルな表現をする子どもも見られるようにもなります。

作品8は「橋の上でお母さんに「帰ったよー」って言っている」と話してくれた絵です。川を挟んだ左右の両岸には家が建ち、木々が生え、車も走っています。そこにかかった鉄橋風の橋、川の流れとその中に泳ぐ魚、橋の上までお母さんが迎えに来てくれたのでしょう、こうした客観的な状況を表現しながらも、お母さんの姿を見つけた瞬間の安心感や嬉しさが、見事に表現されています。

まとめ

 作品9も5歳児の作品です。「何でも運べるスーパー宅配便屋さんが欲しがっているトラックを作って!」と導入しました。

すると、「魚を生きたまま運ぶ」「家を住んでいるまま運ぶ」「お店を運ぶ」など5歳児らしい多様な発想が次々と出てきました。「えぇー!どんなトラックなの?」という先生の質問に「じゃ、描いて教えてあげるよ!」と描き始めました。

 一人ひとりの作品を受け取りながら、描かれた絵のお話を聞いていくと、長蛇の列ができてしまいます。それでも、子どもたちは、お話を聞いて欲しくてずっと待っています。

この段階になると、先生が「え?こんな小さなタイヤで大丈夫?」なんていじわるな質問をしてみることもあります。すると「あー!そうかぁ」とまた持ち帰って、さらにタイヤを工夫して描き足していく子もいれば「スーパータイヤだから大丈夫!」と押し切る子もいます。

 先生とのやりとりで新たな発想や経験につなげていくことができるのも5歳児の大切なところです。「ここにも友だちを描こう」などと先生のイメージを押しつけるのも困りものですが、子どもが持ってきた絵を、話も十分に聞かず簡単に受け取ってしまうのも困りものです。

この「スーパートラック」での導入時や、できた作品を受け取る時の子どもと先生のやりとりを見ていると、まさに「絵の手紙」によって育ってきた子どもと先生の姿があります。毎週一回、一枚の絵を挟んで子どもの話を聞く活動。たったそれだけの積み重ねですが、その成果には、計り知れないものがあるのです。

 

 

保育案1(PDF)

 

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