造形表現教育実践講座

第15回 想像を楽しむ−1
―題材群C:いのちのつながりを感じて表す―

作品1 「御仏さまと縄跳び」(5歳児)

 縄跳びが上手に飛べるようになったのは、御仏さまが見守ってくれていたからだよ。
だから、いっしょに縄跳びをして遊びたい。御仏さまはきっと上手に飛ばれるよ!

 

写真1「おしゃれなくろねこ」(4歳児)

 「くろねこちゃんが、初めてパーティーに行くそうだけど、おしゃれしたことがないんだって…。」との発問から「じゃ、僕たちがきれいにしてあげる!」と子どもたち。

 

 

 

 

写真2「オタマジャクシさん、寂しくないようにお友達を描いてあげたよ」(5歳児)

 

1 いのちのつながりを感じる心

「御仏さまと遊びたいこと」

 「実はね、先生の夢の中に御仏さまが出てこられてね…」と先生。「えぇ〜!」と子どもたちは驚いた表情で聞き入ります。

「御仏さまに会ったことある?」という先生の問いかけに、「ない〜!」と答える子どもたち。しかし、何人かは、ためらうこともなく「あるよ〜」と答えてくれました。 

 「どこにおられましたか?」と問うと、「大きなお部屋(ホール)の前のところ(仏壇)だよ。」と教えてくれます。

 このようなやりとりの後、「御仏さまはいつもみんなのそばで見守ってくださっていますね」とお話しし、「御仏さまが、みんなの夢の中にも行って遊んであげましょうと言ってくれたらみんなは何をして遊んでいただきたいですか?」と問いかけました。

 「縄跳び!」「シャボン玉!」「テレビゲーム!」など、様々な遊びが子どもたちの口から飛び出します。特に園で最近よく遊んでいる縄跳びは人気があるようでした。

 ひととおり何をしたいか出終わった頃を見計らい、「じゃぁ、御仏さまに、みんなが遊びたいことを絵に描いてお願いしましょう!」と投げかけました。

 一週間ほど前に、薄めた墨と濃い墨を使って遊んで、墨のおもしろさに夢中になっていた子どもたちだったので、それをまた使える機会として墨を用意しました。

子どもたちは、描きながら、御仏さまとの楽しいひとときに想いを巡らせて楽しんでいるようでした。どの絵にも、楽しそうな御仏さまと自分の遊ぶ姿が描かれています。(作品1)(保育案1)

いのちのつながりと想像力

 「いのちのつながりを感じる心」とは、生けとし、生きるものたちの全てが、自分と同じように、喜び、悲しみ、そして痛みを感じる存在であることを感じる心です。自由画でも、動物の親子を描いて、その家族構成が自分と同じだったり、「お腹がすいているの」と食べ物を口元に描いてあげたりするのもこうした心の働きからです。

 「くろねこさんが、初めてのパーティーに行くんだよ」と先生がお話をはじめると、子どもたちは「そんなわけないだろう!」とは言いません。真剣な表情でお話に聞き入っています。お話の中の動物が困っていると、なんとか助けてあげよう、解決してあげよう、と考えてくれます。

「僕たちがきれいな服を着せてあげる!」「アクセサリーも着けてあげるよ!」と子どもたちは一生懸命考えて発言してくれます。(写真1)

 困っている動物のために何かしてあげること。それが描くことだったり作ることだったりするのです。くろねこにおしゃれさせてあげるのも、オタマジャクシの観察画の中に、水槽の中にいないザリガニやお魚が描かれる(写真2)のも、他者の喜びを自分の喜びとして感じ取る心、つまり「いのちのつながりを感じる心」に基づいているのです。

言い換えれば、想像力は思いやりの心、慈しみの心を育てる力なのです。そして、幼児期こそ、この想像力を発揮させ、いのちのつながりを感じる心を育てる大切な時期なのです。

 

作品2「おこっているお母さん」(4歳児)

 優しく笑っているのかと思ったら、「怒っているお母さんだよ」だって。目の色や鼻や口の色が変わっているのは怒っているからだそうです。この子なりに色彩による感情表現をしているようです。

作品3 「お母さんがお腹空かないように…」

 お腹が空かないようにいっぱい描いてあげたよ。と果物などをたくさん周りに描いています。お母さんの好きなものと言うより、この子ども自身が好きなものではないでしょうか?

 

作品4「みんなを描いてあげたよ」(4歳児)

 大きなお母さんの横に自分を描いて、次々と、家族を描き加えて楽しみました。

2 主題は子どもが見つけるもの

題材設定と導入の工夫

 春先は母の日もあってか「お母さん」をテーマにした描画活動が必ずと言っていいほど、あちこちの園で見られます。

しかし、「今日はお母さんを描いてもらいたいと思います。」などと、先生が一方的に「思っている」だけなのに、それをストレートに宣言することから始まるような導入が結構多く見られます。こんな安易な主題の押しつけから始める先生に限って、「みんなのお母さんのお顔には何が付いていますか?」などといったくだらない発問をします。

肌色のパスで画面の真ん中に「大きな○を描いてね」などと指示して進めていきます。「これは何?」と自分の顔のパーツを指さしては子どもたちに「おはな!」などと一斉に言わせては次々と描かせていきます。ひどい場合など「お口は何色かな?」「赤!」「そうね、みんな今度は赤ですよ」などと使うパスの色も全て指定しています。

これでは、誰が誰の絵を描いているのかわかりません。こんな「させられる」活動は真の保育とは言えません。絵を描くという行為は自己表現です。色や形を正確に描くことを教えるのが「絵の指導」だというような勘違いはまだまだ多いようです。

まずは、子どもたちが自分から「描きたい」と思えるような導入の工夫が必要なのです。主題は、先生に与えられるものではなく、自分で見つけるものなのです。

なんでも自由に絵を描かせておけば良いという意味ではありません。「お母さんの絵を描く」という主題を、子どもたち自身で見つけるようにするにはどうすればよいか、そこから題材の設定がはじまるのです。

作品2〜4は、四歳児の「大好きなお母さん」という題材での作品です。この題材では、「お母さんが大好きなんだ!」という先生の言葉から導入が始まりました。子どもたちも、どんなときのお母さんが好きかといった事を口々に言い出しました。そこで「まだ先生はみんなのお母さんのことよく知らないから、絵に描いて教えて」と投げかけました。

ところが、ただ「僕のお母さん」といった絵はほとんど見られません。「怒っているお母さん」(作品2)だとか、「食べるものをいっぱい描いてあげた」(作品3)あるいは、「みんなを描いてあげたよ」(作品4)のように、お母さんへの想いを自分なりに広げて自分で主題を見つけています。

先生の投げかけは着想のきっかけに過ぎません。そこからひとり一人の子どもたちが、自分なりの発想で主題を見つけていくのです。

作品5「自動車を運転するのが上手だよ」(5歳児)

 「お母さんは自動車の運転が上手で、僕を乗せていろんなところに連れて行ってくれるんだよ。」と、生活へのまなざしが良く表れています。

 

作品6「一緒にお買い物に行ったよ。」(5歳児)

 「スーパーマーケットに一緒に買い物しに行ったよ。」とお母さんの横に迷子にならないように寄り添ってついて行く自分を描いています。お店の中の様子も詳しく描いています。

作品7「お掃除するのがすごく早いよ」(5歳児)

 「掃除機のここをこうして持ってね…」と詳しくおはなししてくれます。掃除機の形や手で持つ表現などに、5歳児らしい成長が見られます

自慢したい気持ちから

ある五歳児クラスの先生は、「先生のお母さんってすごいんだよ!」とか「先生のお母さんは料理が上手なんだよ!」と、自分のお母さんの自慢話をし始めました。すると、子どもたちも、「僕のお母さんなんかね〜」「私のお母さんもお弁当を作ってくれるんだよ!」とお母さん自慢を始めます。
 そんな、子どもたちのお母さんへの思いが描画に表れます。中には「僕のお母さんは怒るのが得意だよ!」などと言う男の子もいました。四歳児の時もそうでしたが、結構お母さんは怒っているのですね。そして、そのことを結構気にしているのですね。「怒っているお母さん」なんて先生の側からの主題設定では出てきません。

他にも「自動車を運転するのが上手」(作品5)とか、「一緒にお買い物に行った。」(作品6)、あるいは「お掃除するのがすごく早いよ。」(作品7)と、生活の中でのお母さんの様子を表現しています。

 春休みに一緒に過ごす時間が多かった分、お母さんの、生活の中での姿をよく見ているのがわかります。五歳児らしい生活へのまなざしと共に、こうした日常的な触れあいを表現することを通してお母さんとの「いのちのつながり」を深めていくのです。そして、さらには「伝えたい気持ち」を持って、絵の中で饒舌にお話を始めるのです。(保育案2)

これらの題材は、お母さんの顔を正確に描かせることや、限られたお母さん像を描かせることなどを目的にしたものではありません。子どもたちはもはや、「大好きなお母さん」などの導入時に設定した主題すら超えています。

お母さんへの想いを持ってひとり一人の子どもがその子なりの主題を見つけて表現し、表現することを通して、さらにその想いを実現していく喜びを感じ取っていくことが大切なのです。

こうした題材設定と導入は、子どもの「自慢したい気持ち」を知っている先生だからこそ見つけられたものです。無理に聞き出そうとするよりも、先生自身が自慢話をした方が、それに刺激されて子どもの自慢話が出てくることを知っていたのです。

 子どもの活動や子どもの表現から学ぶことが出来る先生だからこそ、子どもの気持ちに寄り添った題材設定や導入の工夫が出来るのでしょう。

 

まとめ

 子どもが想像を楽しみながら表現する活動の題材は、「題材群C:いのちのつながりを感じて表す。」と「題材群D:伝えたい気持ちで表す」に大きく分けて考えられます。他にも材料や行為の遊び、見立て遊びなどから発想し想像を広げていく活動もあります。

このように題材を分類すると、これらは全く別の活動のように捉えられがちですが、決してそんなことはありません。

いのちのつながりを感じながら表現に没頭している子どもは、それを誰かに伝えようとか、表現しようという意識すらないはずです。強いて言うならその伝達の先は自分自身だったり、絵の中の対象たちだったりするのです。

たとえば「御仏さまと遊びたい」では、想像の中で御仏さまと楽しく遊ぶ事が活動主題なのですから、仏壇のところで御仏さまを観察して描かせるような題材設定をするのは適切ではありません。

御仏さまとのいのちのつながりを実感しながら想像の世界の中で楽しく遊ぶ、という「想像を楽しむ」活動主題を軸として題材設定されるのです。

「お母さん」の絵では、子どもの「お母さん大好き」という思いや想いをどのようにすれば具体的に表現として引き出せるかという視点から題材設定されています。

子どもたちはお母さんの自慢するところを一生懸命見つけようと想像を巡らせるのです。しかし、それは空想ではなく、身近な生活での経験に基づきます。特に五歳児の活動では、むしろ題材群Dに分類されるような伝達性の強い表現活動になる事が多くなります。

子どもの表現活動を分類することは簡単な事ではありません。様々な視点から、様々な分類が可能でしょう。しかし、無理に分けようとするとかえって混乱することもあります。

特に、この想像を楽しむ表現活動の場合、どちらともとれる活動内容も多く見られます。ここでの分類は、子どもが主題を発見したり、想いを広げたり深めたりしながら表現活動を展開していく時、どのような活動主題のつかませ方をするのが適切かという視点で分けているだけなのです。

 

保育案1(PDF)

保育案2(PDF)

 

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