造形表現教育実践講座

第13回 線を描く遊び

―題材群A・出会いの楽しさからはじまる活動―

写真1 「パスとの出会い」(3歳児)

 はじめてのパス。しっかり握りしめて手を動かしてみるとそこに思い思いの線が・・・。

1 すべては見立てから始まる

1 遊びの中で育つ子どもたち

出会いからの出発

 春の園には、新しい出会いがいっぱいです。新入園児にとってはもちろんですが、進級園児たちにとっても、新しいお友だちとの出会い、新しい先生との出会いなど沢山の新しい出会いがあります。この出会いの季節の造形表現活動については、本連載の第2回「はじめの一歩」(二〇〇四年五月号)ですでに述べたところですが、今回は、さらに具体的な実践事例を通して考えてみましょう。

 例えば新入園児が始めに手にする描画材料といえば、まずパスがあげられます。このパスとの始めての出会いを例にとって考えてみましょう。

 子どもたちは、とりあえずはまずひとつを手に取ってみるでしょう。それを様々に弄んでいるうちに、机の上や床や壁が汚れることに気付き、紙の上にこすりつけたらそこに線が描けることに気付いていきます。(写真1)

 新入園児なら新品の箱入りの美しいパスを持っています。興味関心を引くという点ではその方が良いのでしょうが、力の入れ具合や持つ位置などがまだわからない時期なので、短く擦り減った残りパスを使ったほうが持ちやすく、また筆圧の調節が早くできるようになります。新品パスの魅力との出会いは今しばらく待ってもらいましょう。(写真2)

パスとの出会いから、線を描く遊びが誘発され、その遊びの楽しさに夢中になる中で、その子なりにパスの特性に気付いていき、さらには効果的に使う力を獲得していきます。それは、絵の具やハサミ、あるいは糊などでも同様です。(写真3)

このように、新入園児の場合なら、何から何まで目新しいものとの出会いばかりですから、目を輝かせるのは当然ですが、しかし進級園児たちはそうはいきません。

このような場合には、材料や道具の新しい使い方や新しい技法との出会いの方が活動の出発点になりやすいでしょう。使い慣れた絵の具も、これまでの数色から多色を使う事が出来るようになるとか、色と色を混ぜると別の色が生まれるといった混色の遊びは、進級園児(4歳児・5歳児)たちにとって魅力的な出会いになるでしょう。(作品1)

 

写真2 残りパス(3歳児)

 見た目は良くないですが、初めて使う子どもたちには最高の描画材料です。

 

 

写真3「絵の具との出会い」(3歳児)
初めての絵の具にわくわくどきどき。
これをどのように使うかは子どもたちに任せて、絵の具と筆の楽しさを充分味わわせてあげたい。

作品1「線のおさんぽ」(4歳児)
画面上で塗りたくって遊ぶ時期を卒業した子どもたちが、多色の絵の具を使い様々な線を描くことを楽しめるように題材化しました。(保育案1)

 

遊びの中で獲得する表現力

材料や技法との「出会い」から出発した活動は、楽しい遊びとして展開させたいのですが、その時に先生の側から「動物を描きましょう」などといったテーマを与えることだけは避けたいものです。

生まれて初めて使う材料や道具なのですから、まだまだ自由自在に使いこなすことなど出来ません。なにか形にしようとしても、うまくいくわけがないのです。当然そのことに気をとられて夢中になって遊ぶことが出来なくなるのです。

技法からの発想も同じです。初めて使う技法がどのようなものか、何が出来るのか良くわからない中で何かテーマを与えられても、その技法を生かすような表現は出来ません。技法で遊ぶことに夢中になれれば、その中でその技法で何が出来るのか見通しがつくようになっていくのです。

 ですから、題材群A「材料や技法との出会いや行為を楽しむ」では、こうした「出会い」を効果的にするための導入としての言葉掛けは必要ですが、作品を作らせるための画題としてのテーマの設定は不要なのです。

2 線で描く楽しさへの誘い

「なぐりがき」と「塗りたくり」

 どうも、大人は形になることを焦るようです。子どもの事を充分に理解している先生の場合はそうでもありませんが、お母さんなどの中には、なかなか形にならない我が子の「絵」にやきもきするようです。

 先生の中からも「いつまでもなぐりがきばかりで形になる絵を描きません」というような相談を受けることも少なくはありません。しかし、幼児期に子どもがすることは、自らの育ちに必要なことだからそうするのです。そこのところを忘れてはいけません。

 「絵」が形になるのが他より倍早い子どもがいるとするならば、それはひょっとしたら、人の倍の経験を積み重ねているのかもしれません。もちろん質的な違いもあれば量的な違いもあるでしょう。ですから、なぐりがきや塗りたくりを止めさせるのではなく、なおさらたくさんさせてあげるようにすることが大切なのです。

 なぐりがきや塗りたくりを楽しそうに夢中になって繰り返すのは、その子どもにとって今必要な活動だからなのです。なぐりがきや塗りたくりには、今後自由自在に絵を描くことが出来るようになるために不可欠な活動なのです。それを無理矢理止めさせようとしたり、形の描き方を教え込もうとしたりすると、子どもは描くことへの自信を失い、抵抗を感じるようになってしまいます。

 しかし、子どもの側に成長への準備ができつつある場合、ちょっとしたきっかけさえあれば新しい力を発揮できるようになることもあります。子どもたちの日常の活動を見守りながら、時機をとらえてなぐりがきや塗りたくりから脱却するための題材設定をすると効果がある場合も少なくありません。

楽しい線遊び

 作品1は「線のお散歩」という題材で、四歳児が取り組んだものです。線で描く経験と、多色を使う経験を併せたもので、多色の絵の具を使うことが出来るという魅力と、筆から生み出される線を擬人化することで、楽しく想像しながら遊べるように設定しています。

 これは、絵の具の塗りたくりを卒業した子どもたち、あるいは卒業しつつある子どもたちを対象にした活動です。これまで塗りたくりから脱却できなかった子どもも、この活動で初めて線を意識して描く経験ができるようになることをねらいとしています。

 この時期の子どもたちにとって線遊びはとても大切です。描画の基礎のすべてがそこにあるといっても過言ではないでしょう。絵の具だけでなく、パスやコンテ、フェルトペンなど様々な描画材料の他にも、園庭にやかんの水を垂らしながら線を描いたり、木の枝で線を描いたりするなど多様な線遊びがあります。

 大切なことは、子どもが主体的に線遊びを楽しもうとすることです。「させられている」活動にならないようにしなければなりません。導入は楽しい遊びへの誘いになるように工夫したいものです。

線のお散歩(四歳児)

 「線のお散歩」では、先生が一本の筆を取り出し、画用紙の上をお散歩させるところから始まります。

 「僕は黄色線くんだよ。お散歩は楽しいな〜ランランラン!」とくねくねとした線でお散歩の軌跡を描き出すところから始まりました。

 「あらあら、青色線くんもやってきたよ」と筆を持ち替え、色によってお散歩の仕方、つまり線の描き方を変えて見せます。

 「おもしろいなぁ、たのしいなぁお散歩は・・・」と線くんの言葉として次のように続けます。

 「もっと、いろんなお友だちが来ると、いろんな線が出来て楽しいな、みんな、いっぱいお友だちを連れてきてくれる?」

 この擬人化した線君たちとのやりとりが線遊びへの誘いとなっているのです。

 この題材の場合、多色の絵の具との出会いが、遊びを誘うもうひとつの仕掛けとなっています。半透明のカップにたっぷりと溶いた絵の具を入れて提示します。赤、青、黄の3原色に加えて橙や緑、あるいは紫などの色の中から1色加えた4色が使えるようにしています。子どもたちは、沢山の色の絵の具を使って遊べることが嬉しくて、早く使いたくて仕方がない様子です。

 6色すべてが使えるようにしてあげても良いのですが、この題材の場合は線遊びに集中させることに重点を置きたいため、色数の方は少ない目にしています。(保育案1)

 

写真4 「お花を踏まないで!」(3歳児)
「きれいなお花畑を散歩しよう。でもお花を踏まないように注意しようね」と投げかけました。(保育案2)

 

まとめ

 子どもの作品を見ただけで、その活動の意味は見えてきません。同じような作品に見えても、子どもの活動から見れば全然意味が違ってくることもあります。

 写真4は、ある程度パスの線遊びを積み重ねた頃に、意識して線を描く経験として位置づけられた活動です。(保育案2)

 決して描画活動と言えるようなものではありませんが、だからと言ってただ線を引く練習や訓練でもありません。こういう活動を「線を引く訓練」と位置づけて、子どもに「今日は、パスで線を引く練習をしたいと思います。」などと投げかけているのを見ることがありますが、大きな間違いです。

「線のお散歩」同様、楽しい遊びとなるようにこの活動を誘いたいのです。このタイプの題材には他にも「お花を摘もう」「キャンデーを拾おう」「落とし穴に注意!」などがあります。いずれも画用紙にあらかじめ描き込まれている花や落とし穴を、線で踏まないようによけて通るか、ひとつひとつ摘んだり拾ったりしながら目的地に向かうかの違いはあるものの、ゲーム感覚でパスの線の軌跡を楽しむ遊びを誘うようになっています。

線の行方を意識しながら、ゆっくり丁寧に描いていく活動をさせたいのであれば、目的地に向かって一直線で繋げられないように障害物の大きさや配置を考えなければなりません。

また、三歳児にとって、「お花を摘んで行こう」と言うのと、「お花を踏んづけないように避けていこう」と言うのとどちらが活動を理解しやすいかといったことも十分に検討されなければならないでしょう。

楽しい遊びを誘うと言っても、どのような活動をさせたいのか、この題材で発揮させたい子どもの力は何なのか、先生が保育のねらいをしっかり持っていなければ的確な題材設定は出来ないのです。言い換えれば、先生が子どもにさせたいこと、それを子どもの側からは楽しい遊びになるように変換していくのが題材設定のポイントであり、導入の工夫なのです。

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