造形表現教育実践講座

第11回  壁面改革への挑戦

写真1 先生のつくった花のほうが変に浮いて目立っています。

この中に子どもの自由で柔軟な作品が埋もれてしまっています。

1 子どもが主役の保育室に!

 幼稚園や保育園の壁面が、かわいい動物等の立体イラストで飾られているのをよく見ます。色画用紙を巧みに加工して丁寧に作られたこれらの飾りものたちは、先生が心を込めてつくったものなのでしょう。

 しかし、こうした先生による掲示装飾は、手間暇がかかっている割に、画一的で堅苦しい感じがします。自由で柔軟な子どもの作品と並べるとなおさらその堅さは強調されます。

 たしかに、絵本の中から飛び出してきたようなかわいい動物たちや、キャラクターなど、子どもたちが喜びそうなものですが、これらはいずれも「子ども向け」に作った「大人の作品」であり、子どもが主役の幼児教育の場に、ふさわしいものとは思えません。

 大阪の幼稚園で見た誕生月の装飾と全く同じものを東京の幼稚園で見ることも珍しいことではありません。壁面で使っている立体イラストなどの装飾は、それぞれの先生が工夫して作っている場合もありますが、多くの場合は保育者向けの雑誌やマニュアル本などから写しとったもののようです。

 そのような中、先生が子どもの製作物を引き立ててやろうと自分なりに考え、工夫して壁面に展示しているのが写真1の壁面です。

 子どもたちが色画用紙で作った様々な動物たちを展示するのにふさわしいような自然の丘や山をイメージした背景を作ってやっています。しかし、その山も平面的で、一緒に並べている花もどれも同じ形、同じ表情で画一的です。先生が作った味気ない背景と花の中に、子どもの個性的で楽しい作品が埋没してしまっています。残念なことに、子どもの作品を引き立てようとして、かえって台無しにしてしまっているのです。

 子どもが主役の保育室の壁面で、いつの間にか先生が主役になっていないでしょうか?子ども主体の保育へと見直す中で、壁面の装飾や、壁面製作そのものも子ども主体の活動へと見直し、名実共に子どもが主役の保育室にしたいものです。

2 先生中心から子どもとのコラボレーションへ

 写真1の壁面を台無しにしているのは、確かに先生の作品です。しかし、保育の視点から見た場合、先生中心の壁面から脱却し、子どもとのコラボレーション(協同・協働)に移行しようとする模索は見られます。

 4歳児クラスを担当するこの先生は、あらかじめ壁面に緑や黄緑の紙で山を作っておき、登園してきた子どもたちが気付くように準備しておいたのです。それを見付けた子どもたちの声から活動がはじまりました。「わぁ!山があるよ〜」「ほんとだぁ」「なんだろう?」

 こうした子どもたちの反応を待っていましたとばかりに先生が口を開きます。

 「本当ね、きれいな山があるね。どこの山かな〜?」等と子どもとやりとりしながら「この山には何が住んでいるだろう?」

 子どもたちの方から「うさぎ!」「くま!」など様々な動物の名前が出てきます。

 「じゃぁ今日は、山の動物さんになってお山に遊びに行こう」と誘いました。

 子どもたちは、色画用紙の切れ端を切り貼りしながら、思い思いの動物たちを作りました。中には、「動物と自分を作った」と人物も作ったり、「お花も咲いているよ」と花を作ったりしている子もいます。

 こうして出来た子どもたちの動物や花たちを壁面に貼っていってやったのですが、そこに同時に先生が要らない花を作って貼ってしまったのが間違いだったのです。

 いままで、先生が丁寧に作った「作品」を端から端まで貼っていたものだから、何もしないと「手を抜いていると思われるのではないか」という不安もあるようです。子どもの作品と比較して自分の画一的な作り物の堅苦しさに気付かないのも困ったことです。

 しかし、子どものものづくりの活動を引き出すきっかけとして壁面を生かす発想は悪くはないです。今まで先生が勝手に作り上げていた壁面の世界を子どもにも開放し、子どもと一緒に作っていくことは、園での生活環境を子どもと共に、子どもの視点から作っていくために大切なことなのです。

 おおきな花(写真2)もドーナツ(写真3)も、あらかじめ子どもたちが、塗りたくりや線遊びをはじめ、様々な技法遊びをした後に残った紙などで、子どもたちの発想のきっかけになるおおきな花やドーナツを作って壁面に貼っておくところから始まります。

 4歳児は「季節を感じる生活」を、3歳児は「身近な食べ物」を、それぞれ共通テーマにして担任が考えたテーマのひとつです。ここでは、子どもが興味を持って発想を楽しめるきっかけになるように配慮しながら最初の壁面を作るだけで、子どもの作品に先生の作品を並べたりしません。

 このような壁面の取り組みは、行き当たりばったりでは出来ません。あらかじめ壁面をどのように構成するか下絵の案を作ります。その際、どのような技法遊びを取り入れるか等も考えて、活動計画を立てます。

 それぞれの年齢に応じて、子どもに任せるべきところと先生が関わるところを見極めることも大切です。また、子どもたちにとって、毎日そこで生活して楽しくなるような環境にしなければなりませんし、不愉快になるような色や状況を作らないようにするのは当然のことです。

 先生は、この活動の計画立案をする段階で、大きな壁面の画面構成、色彩計画、材料の生かし方、子どもが楽しめる技法など、造形表現活動に関する多様な経験や知識が要求されます。また、子どもの育ちに応じた活動を引き出すことができるように、十分な検討をしなくてはならないのです。せっかく計画を立てても、子どもたちの楽しい遊びを引き出すことが出来なければ意味がありません。

3 コラボレーションから子ども主体の活動へ

 こうした、壁面製作の取り組みを進めていくと、誕生月の掲示やその他の掲示物など先生がつくっているものがどんどんと浮いて見えてきます。もっともっと子どもの活動の中から生まれてくるものを教室環境に生かして使いたいと思えてきます。

 いままでは、かわいくて子どもたちが喜んでいると感じていた切り貼りの立体イラストの動物たちが、画一的で堅苦しく、保育室にはふさわしくないように思えてくるから不思議です。

 しかし、この壁面製作にも問題点や限界があります。それは、子どもの技法遊びの結果出来る紙などを材料にしたり、個人製作の発想を引き出すきっかけにしたりするとは言えども、その元の原案や下絵は先生が考えているという点です。

 おおきな花から発想するにしても、なぜみんながテントウムシを作らなければならないか、もっともっと子どもの側に多様な発想があるはずなのに、そこまで先生が踏み込みすぎているのではないかという疑問も生まれてきます。壁面の出来映えを追求する余り、先生が描いた原画を壁面に再現するために子どもを使うようなことになっては本末転倒なのです。

 コラボレーション(協同・協働)と言う意味からは、先生と子どもたちが協力して一つのものをつくっていくという考え方になりますが、どうしても先生が前面にでる、あるいは誘導が強すぎるという傾向が出てきます。そこにしっかり注意を払い、子どもの楽しい発想を引き出し、主体的なものづくりの活動が展開されるように導いてやることが大切なのです。

写真4 ここはどこ?

   ある日登園してくると、くらい夜道が壁面に・・・

写真5 楽しいお祭りの夜店(5歳児クラス)

   グループごとに話し合って、作りたい夜店を決めました。自分たちで工夫をして作ったお店に来てくれるお客さんたちもみんなで作りました。

 写真4は子どもたちが技法遊びでつくった紙を用いてあらかじめ先生が壁面に貼っておいた状態です。先生がつくった鳥居があるため子どもたちは、神社の参道であることに気づきます。

 夜のイメージでつくられた参道はなんだか寂しくって怖い感じがします。そこで先生からの働きかけで、「お祭りの夜店をつくったらいい」という子どもの発想が引き出されます。その結果できたのが、「楽しいお祭りの夜店」(写真5)です。この壁面も先生が描いたものから始まっている点で従来のものと同じように見えますが、一つだけ違うところがあります。

 それは、夜店の案が出たあとに、グループごとに、どんな夜店があったらいいか話し合わせているところです。どんな夜店がつくりたいか発表しあい、自分たちで何をどんな風につくっていくか、どんな材料や技法を使うか、壁面のどの位置にどのように配置するのが良いかまで考えています。

 5歳児クラスだけに、これまでの経験がすべて生かされていきます。正直、この担任も子どもたちに任せてみてここまで自分たちで出来るとは思わなかったようです。

 子どもたちが毎日壁面を眺めながら「あ、あれをつくらなきゃ」「そうだ、こうしよう!」と思いついたことを話し合いながらバージョンアップさせていく中で、先生はこっそり、鳥居をはずしました。「ここまでくると、なんだか、私がつくったものがここにあると子どもに申し訳なくて…」

 この感覚が大切なのです。コラボレーションから脱皮して、「もっともっと子どもに任せることが出来る。」という気づきの中で、そこに先生の作り物があることに違和感を持ち始めたのです。

まとめ

 写真6は3歳児クラスの壁面です。タンポやローラーを使って思う存分遊んだ後、何に見えるか尋ねると、「宇宙!」との声が戻って来ました。そこで「みんなで乗り物を作って宇宙に行こう」と投げかけました。各々の模造紙に自分で作った乗り物を貼った後、繋げて壁面に貼りました。もうこうなると先生による下絵など皆無になります。

 写真7は4歳児の壁面です。「世界でひとつだけの卵を作ろう」と卵を作って遊び、「卵から何が産まれるかな?」とさらに想像を広げて製作していきました。子どもたちがつくったうさぎやロボットなどを前に「住む家がないね」と投げかけました。子どもたちは、グループで箱や様々な素材を自由に使って住むところを製作していきました。さらに道を作るなど自分たちでイメージを広げながら壁面を作っていくことを楽しみました。

 5歳児クラスでは、自分たちで話し合って壁面を飾っていく主体的な取り組みがさらに発展していきました。写真8は、ドリッピング(筆を振って絵の具を垂らす技法)で遊んだ後、その紙を使って「何を作ろう?」と投げかけ子どもたちに話し合わせました。様々な意見が出された中、宇宙という意見でまとまりました。おもしろいのは、紙の使い方です。紙を丸めたり、切って細くつないだりは、グループ毎に子どもたち自身が考えたのです。

 さらに、この壁面の宇宙に、宇宙人、惑星、隕石、稲妻などをつくってディスプレイしていきました。

 この幼稚園では、これまでの壁面製作でも、一般的に幼稚園等で行なわれている壁面製作よりは遙かに子どもたちの主体性や「作りたい」との思いを重視してきました。しかし、「まだまだ先生が前面に出過ぎている。もっともっと子どもたちに任せられる取り組み方ができるのではないだろうか」との園長からの提案で、先生方も見直しを始めたのです。

 これまでも、合同遊び(クラスや年齢段階を越えて一緒に活動する遊び)や造形遊びでは子どもたちの思いを100%保障できる取り組みを追求してきました。その成果もあり、子どもたちが主体的に創りだしていく活動が展開出来るようになる中で、「壁面だけが先生主導になっているのはおかしい。」と強く感じるようになっていったのです。

 まだまだ、試行錯誤を始めたばかりですが、子どもの側から保育を見直す視点を、すべての先生たちが共有し、より良い保育を追究し実現していくことに楽しさと喜びを見いだし始めているようです。

  • 今回の壁面改革に関する詳細は、千里敬愛幼稚園のホームページ(http://www.keiai.ac.jp/)の「ギャラリー」に掲載されています。

写真6 宇宙へ行こう(3歳児クラス)

絵の具でたっぷり遊んだあとみんなで考えて宇宙にしました。乗り物はひとり一人が考えて作りました

写真7 動物たちの住むところ(4歳児クラス)

卵から発想した動物やロボットたち。その住む世界へと想像がどんどん発展していきました。

写真8 宇宙(5歳児クラス) グループで相談して子どもたちですべて作り上げました。

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