映画の感想 SF・ファンタジー作品編


「トータル・リコール
(2012アメリカ、レン・ワイズマン監督)

1990年にシュワルツェネッガー主演で公開された、同名映画のリメイク作品。
今作は地球と火星ではなく、「ブリテン連邦」と下層居住区である「コロニー」が舞台となる。

ヴィジュアル面で『ブレードランナー』の影響を多分に受けたであろうと推測される、コロニーのオリエンタル風下町描写はなかなか秀逸。
映像面に関しては、他にも『スターウォーズ』や『マイノリティ・リポート』等々、「どこかで見たようなカット」が多いけれども、悪くはない出来だと思う。

前作ではバーホーベン監督の悪趣味全開だった、放射能汚染されて畸形化した火星住民達は流石に登場しない(「乳が3つの女」などはカメオ出演しているが(^^;)。 
管理人は前作をTV放送で視聴したのだが、「ウルトラセブン「遊星より愛をこめて」」や東宝の『ノストラダムスの大予言』は完全抹殺したのに、これはゴールデンタイムに堂々と流してええの?」と感じたものである。

ただ、ディックが原作小説で描いた「夢と現実との境界線が不明瞭となる」という主題に関しては、正直物足りない。前作の終幕でのホワイトアウトのような演出もないし、普通に脚本通りに観れば「全てが現実の話」としか受け取れないからだ。その点、前作を超えるまでは至らなかったな、というのが正直な感想。(平成25年7月11日)



「ジョン・カーター
(2012アメリカ、アンドリュー・スタントン監督)

エドガー・ライス・バローズのSF小説「火星」シリーズ第1作である『火星のプリンセス』を映画化した作品。

バローズの同小説の初版は第一次大戦中の1917年だそうで、当然有人ロケット打ち上げも何もなかった時代の話。
後続の様々な作品に影響を与えた古典SF小説として有名なのであるが、管理人は読んだ事がない。その上での映画の感想という事になるのだが、これは予備知識なしに見ても普通に面白かった。

製作費に金を掛け過ぎた割に興行収益が振るわず、かなりの大赤字を出してしまったらしいけど。

元南軍騎兵大尉ジョン・カーターが突如火星(惑星バルスーム)に転移してしまい、そこで波乱万丈の冒険を繰り広げるという異郷冒険譚である。
作品全体の雰囲気がやたらとジェイムズ・キャメロン監督の「アバター」に似ているなと感じたのだが、元々は「アバター」がこれの原作から色々と影響を受けているらしいので、どっちが先か後かという話になるとややこしい。
また、強大な力を持つ教皇マタイ・シャン(「ロビン・フッド」の宿敵ゴドフリー役、マーク・ストロングが演じている。この人は悪役が本当によく似合う)は、「スター・ウォーズ」の皇帝(ダース・シディアス=パルパティーン)そっくりだ。

ストーリーも王道パターンとは言え起承転結で上手くまとまっているし、一体何がそんなに酷評を呼んだのかなぁと思いつつ、十分楽しめた作品であった。
ひとつ残念だったのは、リン・コリンズという自分は知らない女優が演じている「火星のプリンセス」デジャー・ソリス。これは個々人のイメージと好みの問題なのかもしれないけど、自分的には「これじゃ”プリンセス”というより”アマゾネス”だろ・・・」と突っ込みたくなってしまった。(平成24年12月7日)


「スターシップ・トゥルーパーズ3」
(2008アメリカ、エド・ニューマイヤー監督)

「スターシップ・トゥルーパーズ」の第3作。

ハインライン原作の同名小説を、ポール・バーホーベン監督が大真面目に茶化しつつ映画化した1997年公開の第1作は、自分は学生時代に映画館にて観賞したのであるが、15年以上経った今でもSF映画史上に残る傑作だと思っている。

バーホーベンの手を離れた続編の「2」は、もはや完全に別物。
前作との直接的なつながりは一切なく、バグの大群に追われて前線基地に逃げ込んだ機動歩兵中隊を描いているのだが、悲しい位の完全な低予算作品になり下がってしまった。
薄暗い基地内での兵士達の葛藤や対立が延々と続き、やがて「エイリアン」の出来損ないのようなSFホラーが幕を開ける・・・という、何が面白いのかさっぱり分からない駄作であった(せめてタイトルを「2」ではなく「外伝」とでもすべきだったのでは?)。

この「3」は、第1作で脚本を書いたエド・ニューマイヤーが監督を務め、ストーリーはオリジナルではあるが、「1」の続編的内容となっている(主人公のジョニー・リコが大佐となって再登場)。
政府のプロパガンダ映像を随所に挿入する手法などは「1」を踏襲しており、最大のセールスポイントは、「1」でオミットされた原作のパワードスーツが今回初めて登場するという事。

肝心の中身についてなのであるが・・・今回はやたらと「主」や「信仰」に拘ったストーリーとなっており、クライマックスではバグの大群に包囲された女性2人が「主よ」とひたすら祈りを捧げる中、7体のパワードスーツが天より降臨するという、パロディとしてはかなりブラックな内容となっている。

この作品が公開された2008年と言えば、ジョージ・W・ブッシュ政権の末期。
深読みせずに普通に見るなら、これは当時のアメリカで猖獗を極めていたネオコン=新保守主義とそのバックボーンとなっていたキリスト教原理主義に対するアイロニーなのだろうか?
・・・もしや、宗教に関する箇所については大真面目に作ってたりして(そういうお国柄だけに、冗談では済まなさそうなところがあるなぁ)。

ちなみに、今作も予算的にはあまり恵まれなかったようで、映像面のクオリティに関しては10年前に作られた第1作を遥かに下回る期待外れな物となってしまっている。
総じて見れば、大作映画というよりはTVドラマのような印象であった(平成24年9月1日)

管理人の本棚に今も並んでいる、ハインラインの原作小説。
1996年発行の第31刷です。
この加藤直之氏によって描かれたパワードスーツのデザインは、その後色々な作品に影響を与えたのでした。


もっとも、「ST3」に搭乗する「マローダー」は、操縦式の二足歩行型兵器であり、原作の強化装甲=パワードスーツとは異なっているのですが(自分は『サクラ大戦』の光武を連想しながら見ていました)。

「アンブレイカブル」
(2000アメリカ、ナイト・シャマラン監督)

100人以上が死亡した列車の大事故で、ただ一人、かすり傷も負わずに生き残った主人公・デイヴィッド。
そんな彼の元へ、コミック画廊の主人イライジャがやってきて告げる。「君は特別な人間なのだ」と。

ナイト・シャマラン監督作品。
「現代社会の枠組みの中で”リアルで等身大の”アメコミ・ヒーローを描くとどうなるか、というある種の思考実験的な作品――なのだと自分は勝手に解釈しており、そういう観点から見ると実に興味深い内容だと思う。

主人公は未来のあるティーンエージャーの青年でも何でもなく、人生に疲れた離婚と転職を考えている中年のおっさんであり、ブルース・ウィリスが終始陰鬱に演じている。

そんな彼を憑かれたかのように煽りたてるイライジャを、『スターウォーズ』新三部作のジェダイ・マスター、メイス・ウィンドゥ役のサミュエル・L・ジャクソンが熱演。 

作品のトーンは暗く重苦しく、ヒーロー物特有の爽快感は皆無。
自分はなかなかのお気に入りで、点数を付けるとすれば10点中7点位の佳作なのであるが、正直、人を選ぶ作品であるとは思う。
ラストのオチは最初見た時は蛇足に思え、あのままで終わっていれば、或いはもっと別の希望を持たせる終わり方であれば、という思いは今でも消えないのであるが・・・。(平成24年7月30日)


「竹取物語」
(1987日本、市川崑監督)

「東宝特撮映画DVDシリーズ」の一つとして購入。
「かぐや姫は、宇宙からやって来た」というキャッチコピーにあるように、竹取物語をSF風に解釈した作品。

主演は沢口靖子。
「タンスにゴン」のCMで毎回阿呆な事をぼやいていた彼女であるが、この当時は女優としての全盛期にあり、十二単を着た正統派のヒロイン役がよく似合っている。

監督は「ビルマの竪琴」の名匠・市川崑が務め、中井貴一(大伴の大納言)や石坂浩二(帝)といったお馴染みのキャストも出演している。

ラストの宇宙船登場シーン等を除けば、(かぐや姫と大伴の大納言が相思相愛であった等の若干のオリジナルな改変個所はあるものの)基本的には原作に忠実な内容となっており、こう言っては何だが「だから何?市川監督は結局何がやりたかったの?」という感想しか残らなかった。
いや、決して何処が悪いという訳ではないのだが、ただ淡々と原作をなぞっているだけであまり面白味が無いのである。

なお、特技監督は中野昭慶が起用されており、ラストの宇宙船登場シーンの他、大伴の大納言を乗せた船が海上で天竺の竜(古代の首長竜がモデル)と遭遇する場面が描かれている(中野氏お得意の派手な大爆発シーンが無いのは少し残念)。


「スキャナー・ダークリー」
(2006アメリカ、リチャード・リンクレイター監督)

フィリップ・K・ディックの短編小説『暗闇のスキャナー』を、デジタル・ロトスコープ(=実際の俳優を撮影した映像を元にアニメ化する)という手法によって映像化した作品。

この原作、自分は未読なのであるが、自らも薬物依存症に苦しんだディックがその経験を元に描いた小説らしい。
近未来の、「物質D」と呼ばれる右脳と左脳を分裂させてしまうドラッグが蔓延した社会。
キアヌ・リーブスの演じる麻薬捜査官は、囮捜査として自らも「物質D」を服用し、ジャンキー集団の中へ入り込んでその供給源を探ろうとするが、やがて彼の中で捜査官とジャンキーという2つの人格が分裂し始め、彼の精神は崩壊していく・・・・。

冒頭で、虫の大群が自分の身体を這いまわる幻覚に襲われる薬物中毒者が登場する。
この描写に代表されるように、中毒者が陥る幻覚症状やジャンキー達の生活の様子は非常にリアルで、これは実際に経験した人間でないと書けないだろうなぁと感じた。

捜査官の正体を隠蔽する為の「スクランブル・スーツ」のデジタルアニメ処理と、そのスーツを用いたラストのオチはなかなかなのだが、中盤の殆どのシーンはジャンキー達が部屋にたむろして支離滅裂な会話を延々と繰り返すだけのシーンに終始する。
彼らの頽廃的な日常生活や幻覚シーンなどは、正直見ていてあまり気持ちの良い物ではない(アニメーションによってサイケデリックさが増長されている分、余計そう感じてしまう)。

どうでもいいが、ヒロイン役にウィノラ・ライダー、ジャンキー仲間役にはロバート・ダウニーJr・・・って、これ、実際に薬物依存症や不法所持で問題になった役者だろ(笑)。


「レディ・イン・ザ・ウォーター」
(2006アメリカ、ナイト・シャマラン監督)

多種多様な住人が集まるアパート。管理人として単調な毎日を送っている主人公は、あるとき中庭のプールで謎の女性・ストーリーと出会う。自らを水の精ニンフと称し、”青い世界”から来たという彼女を助けるため、謎解きを始めるのだが・・・。

「シックス・センス」のナイト・シャマラン監督作品。
興行的には失敗し、駄作との評判も多い。
ストーリーは特にオチもないいわゆる「おとぎばなし」に終始するので、この辺が不評の原因かなと思う(ナイト・シャマランということで、観客はどうしてもどんでん返しやあっと驚くオチを期待するのだろう)。

でも自分はDVD発売後随分経ってから見た事もあり、「いったいどれだけ駄作なのか?」という先入観を持って見たら、意外と普通のファンタジー作品だった。
まあ、「アパートの住人たちがこんな突拍子も無い話を簡単に信じすぎるのは不自然」とか、突っ込みどころは山ほどあるけど、「おとぎばなし」にそんな事を言うのは野暮なのかもしれない。

主演のポール・ジアマッティという俳優は、脇役で有名な人らしいけど、なかなかの演技派だなぁと感心した。あえて言うなら、水の精であるストーリーに神秘的な雰囲気があまり感じられず(なんか精神的に衰弱した女の人みたいだった)、彼女を狙う怪物も安っぽい感じがして「恐ろしさ」が表現しきれていないように思えるのが残念。


「ブラザーズ・グリム」
(2005アメリカ、テリー・ギリアム監督)

モンティ・パイソン出身者にして、自分も大好きな「未来世紀ブラジル」のテリー・ギリアムが監督を務めた作品。
タイトル通り、グリム童話をモチーフにした作品で、主演はマット・デイモンと(「ダークナイト」のジョーカー役の熱演が話題を呼んだ)故ヒース・レジャー。

結構期待して見たのだが、終わってみると「意外と普通の映画だったなぁ」というのが感想。
コメディタッチの作りはいかにもこの監督らしいのであるが、「未来世紀ブラジル」のような、見る者を選ぶマニアックさや毒のこもったアイロニーを期待すると大いに肩透かしを食わされる。

元々は(怪物や亡霊退治の)詐欺師としてフランス占領下のドイツを巡行していたグリム兄弟が、鏡の女王を巡る超常現象に巻き込まれ、そこで遭遇した体験が元になって後年に「グリム童話」が世に出されることになった、という筋書き。
なので、「赤ずきん」や「ヘンゼルとグレーテル」をはじめ、グリム童話からのネタが沢山出てくるのだが、あまりにも細切れになっていて分かりづらいところが難点。
自分としては、泥で出来たジンジャーブレッドマンが少年を侵食する場面が一番気に入ったのだが・・・そもそも、ジンジャーブレッドマンってグリム童話と何か関係があるのだろうか??


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