がやがやがやがやがやがやがや
通りに溢れる人、人、人。そこらじゅうから漂う、チョコレートの甘い香り。キラキラと顔を輝かせながら、手にとった商品を品定めをしていく女性達。
そしてそんな中、『なんで自分がここにいるんだとろう』とでも言いたげな顔をした男性が、一人。

「…ロゼット、まだ買うの?」
「安心してクロノ。残り半分よ」
そう言い残して再びチョコの選別に取り掛かるロゼットと、手元の8つのチョコレートの包みを見比べて、クロノの頬に冷や汗が流れた。







君と僕と、甘いチョコレート







事の始まりは、朝も早くからロゼットがクロノを叩き起こしに来た事だった。
明日から泊り掛けで講演を聴きに行くため、珍しくバイトも授業も入っておらず、もう2、3時間寝入ってやろうと布団をかぶり直した…そんな時。
クロノの安眠は、聴きなれたソプラノの声にあっさりと妨害された。

「クロノ!起きてクロノ!緊急事態よ!」
「・・・・・・ロゼット・・・・・?なんでここに・・・っていうか鍵は・・・?」
「ここの大家の娘に、今更何いってんのよ。それより早く起きてってば!」
正確には大家代理だろ、という台詞を飲み込むと、クロノは渋々とベッドから起き上がった。
「…で?今日は何?明日には出掛けるからレポートは手伝えないし、レミントン先生の本を破いちゃっても僕には元に戻せないよ」
「…あんた、私をなんだと思ってんのよ…。そうじゃなくて!買い物に付き合って欲しいの!」
「買い物?」
「そう。ほら、今年からやりだした、チョコレート屋台。ヨシュアに荷物持ち頼もうと思ったんだけど、あんにゃろ逃げやがったのよ」

チョコレート屋台というのは、色々なお菓子名店の屋台を街の通りに集めた、期間限定のお祭りのようなものである。
もちろん『期間』というのはバレンタインの前後の事で、チョコの試食もできるということで色々なメディアで話題になっている。
しかし。

「…つまり、ロゼットがプレゼントするチョコの荷物もちとして、付き合え…ってこと?」
「まぁ、そういうことね」
ケロリと言ってのけるロゼットに、クロノは軽い頭痛を感じた。
…密かに彼女に想いを抱いている自分に、それはあんまりな仕打ちじゃないだろうか…
「ね、ね、クロノ、お願い!私一人じゃ重くて買い物しにくいし、頼めるのクロノしかいないのよ!」
おねがーい!と、両手を合わせて一心に頼み込むロゼット。…こんな風に頼まれれば断れないということを、彼女は知っててやっているのだろうか?
クロノは小さくため息をつくと、観念したようにベッドから立ち上がった。
「わかった、付き合うよ。だけど20分は待ってくれる?まだ着替えてもいないんだから」
「もっちろん!ありがとうクロノ!」






「思えば、あの時気づくべきだったんだよな…ここの遠さと、『荷物もちが必要』なくらいの買い物の量に…」
「…往生際が悪いわよ、クロノ。後でちゃんと埋め合わせするってば」
がっさがっさと袋の音を立てながら、ロゼットはむ〜っと隣のクロノをにらみつけた。それでもやっぱり罪悪感はあるのか、いつものような勢いがない。

「そりゃ、こんな遠くまで付き合ってもらったのは悪いと思うけど…ブツブツ」
「あーはいはい、悪かったよロゼット、もう文句は言わない。それより、僕のチョコはどれ?」
手元の様々な種類の袋を覗きながら、クロノは自分の物になるであろうチョコを目線で探した。

出会ってからの4年間、ロゼットは一度もバレンタインのチョコレートを欠かしたことは無い。元々そういうことには律儀な性格らしく、『恋のイベント』というよりは『手軽なお中元』のような感覚で、周りの男性に配って回っているらしい。それが嬉しくもあり、少しばかり悲しかったりもしたのだが…

「クロノのチョコ?無いわよ?」


間。


「・・・・・・・・・・え゛。」

「だから、ないんだってば」
思わず落としかけた荷物を抱え直し、クロノは飄々としたロゼットの表情を凝視した。そして、最近自分が何かしただろうかと、猛スピードで記憶を手繰りはじめた。

(誕生日もクリスマスも忘れてないし初日の出も見に行った。差し入れの夕食も残さず食べてタッパ-も洗って返してるし見たがってた映画も約束して来週に控えてなかったっけ?ってことは、もしかして純粋に男性として見られなくなった!?いやでも、さすがにそれは…)

「…ロゼット、僕何かしたっけ?」
意を決してロゼットに問い掛けようとした、そのとき。

ぽふ!

「…ぽふ?」
突然右足に加わった衝撃に、クロノは思わず視線を下げた。するとそこには、何故か小さな女の子がくっついていた。
年のころは4、5才。髪は短いプロンドで、少々釣りあがった目は涙が溢れんばかりになっている。
そしてクロノの足をぎゅっと抱きしめ、一言。

「パパァー!!」



ピシ!



言いようの無い空気が、走った。

コーシャが上手く描けたヨ!


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