過ぎ去りし日々の光


■著書名:【過ぎ去りし日々の光】
■ジャンル:SF
■著者名:アーサー・C・クラーク & スティーヴン・バクスター
■出版社:ハヤカワ文庫
   発行年:2000年   定価:上下巻 各660円
■ISBN4-15-011338-6
■おすすめ度:★★★

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 21世紀が始まって二月が過ぎていった。これから先3・40年も経てばどん
な世界になっているだろう。昨年ソニーとホンダから続いて二足歩行ロボット
が発表され,“ああもうロボットの時代も目に見えてきたなあ”と実感した。
鉄腕アトムとまではいかないまでも,同じ手塚治虫の描いた『火の鳥』に登場
する人間タイプの園芸ロボットや工場ロボットは実用化されているのではなか
ろうか。

 ヒトゲノムの解析も精力的に進められていることだし,多くの病気も克服さ
れ始めているだろうと想像される。遺伝子治療や万能細胞を使ったクローン臓
器治療は安全・安価に展開されていってほしいものである。

                                  *

 本書の舞台は,21世紀に入って30年ほどが過ぎた頃。ワームホールを通
じて瞬時に遠くを見ることができるという現象が発見された。やがてワームホ
ールを自在にコントロールする技術が確立され,カメラのように使用できるよ
うになると,あらゆるニュースがこのワームカム(ワームホールを使ったカメ
ラ)を通じて報道されるようになった。

 なにしろワームカムはどのような場所でも,海の底であろうとミサイルの中
であろうと,どんなところにでもそのワームホールを開けることができる。こ
れまでのあらゆる通信手段,地上波であれ衛星であれ,それらは一瞬のうちに
駆逐されていった。ワームカムを所有する巨大メディアは,なかば独占的にリ
アルタイムニュースを配信し,あらゆるところからの現在進行形の場面に人々
はくぎ付けとなり,巨大メディアはまた巨大な富も重ねていった。

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 距離を気にせずにワームホールを開けることができるならば,同様に時間に
ついても適用できるだろうと気づいた科学者がいた。そうして過去を見ること
のできるワームカムも遂に完成された。過去を見ることができるというおかげ
で世の中は大きく変化する。

 裁判についてはいかなる犯罪であろうとも,ワームカムで過去を調べること
により即座に犯罪を確定することができる。歴史についても過去を眺めるだけ
で,これまで不明だった点が手にとるように明らかにされる。歴史学・考古学
は学問という地位から滑り落ち,ただ過去を眺め整理するというだけの作業と
化してしまう。

 ワームカムの量産が進むにつれてどんどん価格も安くなり,やがて民生市場
に出回り始めると,あっという間に個人の間に拡がっていく。

 個人のプライバシーもなくなっていった。夫婦間・恋人同士の些細な秘密ご
ともワームカムを使うことにより,あらゆることが(過去のいつの時でも,ど
んなに離れた場所にいようと)全て露わにされる。ワームカム登場以降に生ま
れた世代は,プライバシーというものがないことを当然として生きるようにな
った。

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 あらゆる人間が過去に溺れ,そして過去を露わにしていく。総民間歴史学者
の世界である。

 フェルマーは自らの定理を証明していた。アルプスで発見された5千年前の
ミイラ“エッツィ”の死の瞬間が再現された。戦時中の数々のホロコーストが
明らかにされた。モーゼは実在していなかった。

 もっとも多くの人々が焦点をあてたのは,やはり“イエス・キリスト”だっ
た。イエスの生まれたのは何処か? 数々の奇跡はなされたのだろうか?

                                  *

 ワームカムはさらに強化され,DNAを目印として人間をどんどん過去に遡
っていくことができるようになる。

 人間というものの歴史をどんどんどんどん遡っていく。世界大戦を過ぎ,産
業革命時代を遡り,アメリカ大陸を忘れ,マホメットの登場を確認し,イエス
キリストが十字架から下ろされていく。ローマ時代,青銅器時代,石器時代と
時を上り,遊牧民時代になるとマンモスも見えてくる。さらに遡っていくと,
人間というものは氷河期・干魃期の中を苦闘しながら生き延びてきたことが,
目に見えて明らかにされる。

 人間はやがて南へ南へと移動し遂にアフリカ大陸へと収斂していく。数千世
代も遡ると人類はネアンデルタール人へと行き着く。さらに上るとホモエレク
トス,ホモハビリス,猿類,樹上動物,爬虫類,両生類,魚類・・・・・。

 大陸移動と氷河期のサイクルを越え,進化のパルスを繰り返し繰り返し遡っ
ていった後の人類の祖先の源はいったい何であったのか・・・・・。

                               *  * *

 本書はクラークとバクスターの共作である。どちらもイギリス人ハードSF
作家で,スケールの大きな宇宙もの,未来ものを数多く送り出している。
もちろんクラークといえば,SFファンでなくとも『2001年宇宙の旅』で幅広
く知られており,現在は80歳を越えているのだが,今なお健在振りを示してい
る。

 後半に入りワームカムを通じて歴史を遡っていくあたりから,歴史的推定,
地質学的推定が数多く織り交ぜ始められ,テンポアップしてどんどんストーリ
ーが進んでいく。個人的にはこのあたりがとても興味深く読んでいけた。

(2001.3.1)

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