量子論を楽しむ本


■著書名:【量子論を楽しむ本】
■ジャンル:物理
■著者名:佐藤勝彦 監修
■出版社:PHP文庫
   発行年:2000年   定価:514円
■ISBN4-569-57390-8
■おすすめ度:★★★★(多少,物理の好きな人に)

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 超巨大なスケールにおいて,その理論の力を発揮するのが,アインシュタイ
ンでお馴染みの「相対性理論」。これに反して極微の世界で力を発揮するのが
「量子論」だと言われている。さて量子は「りょうし」と読み,決して「りょ
うこ」ではないというところに注意が必要である。(と,本には書いてある)

 相対性理論も量子論も我々が生活していく上で,特にそれを知っていれば便
利というわけでもないし,それにどちらもやたらと難しい理論である。その概
念も難しいし,そこに使われている数式もまあ普通はさっぱり判らない。でも
少しはこの難しい理論のさわりだけでも知っておきたい,と思う人も中にはい
るはずで,ここに紹介するのは,そんな人たち向けに書かれたものである。た
だ極力,数式を使わずに説明しようとしているので,かえって判りにくくなっ
ているところがあるのは,いたしかたのないところであろうか。

 この本の趣旨は「はじめに」というところで次のように書かれている。『こ
の本は,量子論とはいったいどんなものであるのかを,図やイラストを用いて
やさしく解説し,量子論に興味を持ってはいるが,専門書を読むゆとりのない
皆さんに,量子論を直感的にでも理解していただきたいという趣旨で書かれた
ものである。』

                                  *

 シュレーデンガーの猫と呼ばれている猫をご存知であろうか。シュレーディ
ンガー(オーストラリアの物理学者:1887〜1961)は,物質波の伝わり方を計
算する方程式「波動方程式」を確立した署名な物理学者である。
 波動方程式は,i(h/2π)(∂ψ/∂t)=Hψ として記述されるが,まあ我々の
ような素人には,何のことかよく判らない。ただとにかくこの方程式が発表さ
れたとき(1926年)には,かのアインシュタインも絶賛したというほどの,画期
的なものだったようである。

 シュレーディンガーの猫というのは,半分生きて半分死んでいる猫と言われ
ている。半分生きて半分死んでいるとは,はてさて一体何なのであろう。量子
論では,こういった常識外れの観念を理解(というか,頭の中に入れなければ
いけない)しなければならない。

 ファインマンという著名な物理学者の言によると,「量子論を利用できる奴
はたくさんいても,量子論を本当に理解している奴は一人もいないさ」という
ことになるらしい。だから,こういう物理学者ですらそう言うのであるから,
一般の素人が量子論をまともに理解するのは無理ということで,この本におい
ても『気軽にかまえてください』と言っている。

                                  *

 量子の中の代表選手としては「電子」が挙げられる。この電子の挙動は上に
掲げたシュレーディンガー方程式によって記述される。ところで電子は,今こ
こにあるというふうには確定できなくて,ここにいる確率が50%とか,あち
らにいる確率が20%というふうにしか確定できないらしい。
 しかし我々が電子を観測すると,確かにここにいると確定できるが,さてそ
れは何故かというと,我々が観測する前までは,電子は確率的に広がっていた
が,観測とともに位置が固定される,つまり観測して初めて位置が固定される
と解釈するという。これは「波動関数の収縮」と名付けられている。

 ここで例のシュレーディンガーの猫の登場となる。つまりかの猫は,ある実
験をするためのブラックボックスに入れられており,そこでは生きているか死
んでいるかは判らない。我々がそれを確かめるために,箱の蓋を開けた途端,
生きているか死んでいるかが確定される。そりゃそうだ。蓋を開けたら,生き
ているか死んでいるかのどちらかに決まっているのだから。

 つまり,観測されるまでは,それがどのようになっているかは判らない。あ
るいは確率的にしか判らないのであるが,観測した途端に,ある一つの事実に
収縮してしまう,と量子論では考える。

 波動関数の収縮,つまり我々が観測するまでは,その物体はどの場所にいる
のか確率的にしか判らないが,いったん観測すると100%の確率でその場所
にいることになる。先に言ったように,これを「波動関数の収縮」というので
あるが,このことをもっとマクロに考えると,例えば,空にある月は我々が見
たときにはそこにあるが,目を外すともうそこにあるかどうかは判らないとい
うことになる。これはとても考えがたいことである。この辺のことをテーマに
したSFで「宇宙消失」というのが書かれてもいる。(とんでもない物語で,
なんじゃこれは!,という気持ちになる)

 先ほど出てきたシュレーディンガーの猫は,我々が観測するまでは生きてい
るか死んでいるか判らない。我々が観測したときに生きていたとすれば,それ
までに死んでいるかもしれない状況もあったわけだから,観測したときに死ん
でいる場合もあるかもしれない。ではその状況はどこへ行ったのか? という
ときに,実はそういう状況になっている世界があるという解釈があり,これを
「多世界解釈」という。まあ一種のパラレルワールドである。

                                  *

 まあ,とにかく難しい量子論をほとんど数式も使わずに説明しているところ
はいいし,一応素人でも「読んでみようかな」という気にもさせてくれる。た
だしやっぱり「よく判らんな」というのが読後の感想であろう。(あるいは,
「ほう,量子論っていうのは,こういうことだったのか」と満足するかもしれ
ないが・・・)

 新聞の科学ニュース欄を見ていると,量子通信であるとか量子コンピュータ
とかいった言葉が出てくる。どちらも現状よりもはるかに大容量で速いものが
できるらしい。
 一瞬のうちに伝わる超光速通信は別にして,こちらの方はかなり現実的で,
10年か20年先には実用化されていそうである。それにしても我々が子ども
の頃のコンピュータといえば「ソロバン」とか「計算尺」だったのに,本当に
技術の進歩は早いものである。

(2000.6.22)

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