ファウンデーションの危機


■著書名:【ファウンデーションの危機】
■ジャンル:SF
■著者名:グレゴリィ・ベンフォード
■出版社:早川書房
     発行年:1999年   定価:2,800円
■ISBN4-15-208254-2
■おすすめ度:★★

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 我が町には小さな本屋しかない。だからまだ読んでいないハヤカワ文庫や創
元SF文庫の新しいものももうあまりなくて,かといって大きい本は高いし,
それにどうせあまり売れないだろうから置いてもいない。そんなわけでこれま
でにためてあった文庫のSFを引っぱり出しては読んでいたのだが,たまたま
4年生になる子どもと一緒に町の図書館に出かける機会があった。

 これまでの図書館は,ちょっと駐車するのも不便な小さな図書館だったのだ
が,最近新しく建て替えられて駐車場も広くなって結構便利になっている。子
どもを連れていったついでに書棚をつらつらと見ていたら,本書「ファウンデ
ーションの危機」なる背表紙が目にとまった。

 アシモフのシリーズにこんな新しいタイトルはなかったはずなんだがなあ,
と思いつつよくよく見てみると,「新・銀河帝国興亡史」と記してあるし,著
者もグレゴリィ・ベンフォードとなっている。「なんなんだこれは!」と思い
ながらも後書きをちょこっと見てみると,ベンフォードが銀河帝国興亡史の続
編を書いてみないかと声をかけられ,新たに創作したものだという。

 「新・銀河帝国興亡史」は3部構成で,1冊目がベンフォード,2冊目がベ
ア,そして最後がブリンと3人の共作となっている。まだ最初の1冊目しか読
んではいないのだが,あのファウンデーションシリーズの続編という触れ込み
もあるので大きな期待をもって読み始めたところである。

                 *

 アシモフの銀河帝国興亡史は,まず第2次大戦の最中から書き始められた一
連の3部作,「ファウンデーション」「ファウンデーションと帝国」「第二フ
ァウンデーション」。それから数十年の時を経て読者のおおいなる熱望に応じ
て書かれたという「ファウンデーションの彼方へ」「ファウンデーションと地
球」「ファウンデーションへの序曲」「ファウンデーションの誕生」の4作が
続き,全部で七部作となっている。

 さて続編といわれる「ファウンデーションの危機」は一体どういうものなん
だろうか。ファウンデーションがまだ設立されてはいない時期,「ファウンデ
ーションの誕生」の初めの頃といった時期に物語は設定されている。ハリ・セ
ルダンは心理歴史学を完成させてはおらず,まだそれも五里霧中といった段階
である。

                 *

 栄華を誇った銀河帝国の首都「トランター」も,忍び寄る崩壊の危機に瀕し
ている。なんとかそれを救いたいと考えているセルダン。セルダンの心理歴史
学を未来予知の手段と勘違いしている皇帝クレオンは次期首相としてセルダン
を指名する。ただしそれも前首相のエトー・デマーゼル(あの伝説のロボット
であるR・ダニール・オリヴォー)の推薦によるのだが・・・。

 次期首相に指名されたセルダンは,その政敵ラマークから暗殺すべく付け狙
われ幾多の危機をすり抜けるが,やがてセルダンとその妻ドース・ヴェナビリ
(非常に人間に近く設計されたロボット)は類人猿の住む辺境の惑星パニュコ
ピアに身を隠すが,ここでも危うく殺されそうになる。

 一方帝国のトランターでは,コンピュータ空間の中に過去の模造人格である
ヴォルテールとジャンヌ・ダルクがその勢力を増しつつあり,また未知の知性
体も共存していた。

 模造人格ヴォルテールとダルクの役割な何なのか。そしてまた未知の知性体
とは・・・。数万年の過去に人類,ロボット,未知の知性体の間に一体何が起
こっていたのか。銀河の中でなぜ人類だけが栄華を誇っているのか。そのあた
りの様々な秘密が掘り起こされていく。

                 *

 本書は2段書きで600ページ余りの大作である。そのためか物語の進行は
かなり冗長な印象を受ける。(あるいはベンフォードという作者の作風がそう
なのかもしれないが・・・) 読書にせっかちな私はついつい途中を読み飛ば
してしまったりもしたのだが,でもアシモフならばこの半分くらいの長さでき
っとまとめてしまうんではないだろうかとも考えてしまう。

 読み方としては一字一句を真剣に読むのではなくて,気に入りそうな箇所は
真剣に,そしてどうでもいいやと思うところはざっと読み飛ばしていくのが手
っ取り早い読み方だと思う。こんなことをいうと,ファンの方々からはお叱り
を受けるかもしれないが,まあそれは読む側の勝手であるし,読者というのは
そういうものだから,それはそれでよしとしてほしい。


(2002.10.3)

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