模 造 世 界


■著書名 :模造世界
■ジャンル:SF
■著者名 :ダニエル・F・ガロイ
■出版社 :東京創元社(創元SF文庫)
         (発行年:2000年  定価:580円)
■ISBN4-488-71301-7

■おすすめ度:★★★★

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 コンピュータの進化とともに,やがてその内部のバーチャルリアリティ世界
に人間(というか人格)が住む,あるいは住まわされる時がやってくると考え
られる。コンピュータ内部に電子情報として蓄えられた,またはプログラムさ
れた人格は,おそらく現実の人間と同じように暮らしていくのであろうが,も
しも何かの拍子に自分が単なるプログラムにすぎないかもしれないと気づいた
時には,さてどんな行動に出るのであろうか? 今生きている我らも,もしか
したらもっと上位の世界が造ったバーチャルリアリティの中に住んでいるので
はないと,はたして言い切れるであろうか・・・?

                                 *

 この『模造世界』の舞台となっている世界では,市場調査および社会環境に
おける人間行動予測のために,「公認リアクションモニター(世論調査員)」
という人間たちが幅をきかせている。しかしこれら世論調査員の行なう調査と
いうのは所詮人間の行なうものであり,当然それは完璧にはいたらず,不確定
な要素を含んでいる。
 そこである企業では,社会環境を電子的にシミュレートし,その中にリアク
ション・アイデンティティ・ユニット(反応人格単位)を居住させることによ
り(つまり仮想世界に仮想人物を住まわせることにより),仮定の状況下にお
ける人間の行動予測を行なうことを計画していた。この計画によれば世論調査
員におもねるよりもはるかに正確な予測ができ,企業経営にとっても多大なメ
リットがあるという。(またこれを政治家が利用すれば,必ず勝てるという武
器にもなるという)

 しかしながらシミュレータの完成直前,開発にあたった中心人物が突然死亡
してしまう。その後を受け継いだエンジニア(この物語の主人公であるが)に
対して,ある一人の保安主任が「開発者が死んだのは,巷で言われているよう
な事故死ではない!」と,いきなり告げては,これまた突然に消えてしまう。
さて,この保安主任は何が言いたかったのであろうか。この時点から主人公の
探求と闘いが始まる。

 あくなき探求を続ける主人公。やがて彼は自身の存在に疑問を抱き始める。
彼は自分も仮想現実内に挿入された一個のシミュレーションにすぎないのでは
ないかというパラノイア的な意識にさいなまれ始める。

                                 *

「私は無だ! 活発な電荷のまとまりにすぎない。にもかかわらず存在しなけ
ればならない。単純明快な論理だ。『我思う,故に我あり。』だがそれをいう
なら『Nothing is real.』 という可能性に悩まされた人間は,別に私が初め
てではない。唯我論者,バークレー学派,超越主義者がいたではないか。歴史
を通じて客観的リアリティはこの上なく吟味されてきた。実在の真の性質を理
解しようと努力してきた者達の中で,主観論者はごくありふれた存在にすぎな
かった。純粋科学さえ,不確定性原理の登場で現象論に大きく傾いてきた。
 たしかに本体論は概念論への賛辞を欠いてはいない。プラトンによれば,究
極のリアリティは純粋なイデアとしてのみ存在する。アリストテレスにとって
実体は受動的な非物質であり,思考活動がその上にリアリティを生み出す。後
者の定義は本質的に仮想人格の主観的能力の概念と,それほど隔たっているわ
けではない。

 以上は本文からの一部抜粋である。自分は現実世界の人間であろうか? そ
れともシミュレートされた一個のプログラムに過ぎないのか? 人間とは,実
存ということは一体何なのであろうか? 哲学的な問いかけをもとに,主人公
の葛藤は果てしなく続いていく。

                                 *

 この物語が書かれたのは随分古く,今から40年前,1960年のことであ
る。40年も前のことであるから,ここに登場するハードウェアには真空管用
語のグリッドとか,メモリがドラムを用いているとか,いささか前時代的な単
語が登場してくるが,仮想現実(バーチャル・リアリティ)というのは極めて
今日的なアイデアであり,決して古臭くは感じさせない。

 1995年,ホーガンが「仮想空間計画 (Real Time Interrupt)」という,
これもまたシミュレーションの中のバーチャル・リアリティ内に閉じ込められ
た男を主人公とした物語を書いている。こちらはシミュレーション内に閉じ込
められた男がいろいろな推理の果てに,自分が現実世界にいるのではなくて,
仮想現実内にいるのだということを突き止め,そこから如何にして脱出してい
くかという話を描いている。

 時代は違えども,似たような舞台設定のSFであるが,スケールというか荒
唐無稽さというか,それはこの「模造世界」の方が大きく感じる。どのあたり
についてそう思うかというのは,読んでもらってのお楽しみというところであ
ろうが,コンピュータが今ほど身近なものにはなっていなかった時代だからこ
そ,書けた物語かもしれない。

(2000.2.15)

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