こんなことまでゲノムで決まる


■著書名:【こんなことまでゲノムで決まる】
■ジャンル:医学・薬学
■著者名:中込弥男
■出版社:講談社
     発行年:2005年   定価:1500円
■ISBN4-06-154277-X
■おすすめ度:★★★★

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 一般の読者にゲノムや遺伝子にかかわる最近の話題をわかりやすく紹介する,
という線にこだわってまとめました。と書いているだけあって,とくに専門的
な知識を必要とすることもなく読みやすい。

 ゲノムとは何かということを,『ゲノムとは精子や卵子によって親から子へ
と伝えられる(遺伝する)情報,つまり遺伝情報の一式です』と,本書の「は
じめに」で書いている。遺伝情報は染色体に含まれるDNAという物質が担っ
ており,この染色体(ヒトの場合は23本)全体が持つ遺伝情報が1セットの
ゲノムである。

                 *

 第1章では,ゲノムや遺伝子が我々の個性や健康,病気などにどの程度かか
わっているのかを説明する。

 たとえば身長は実際にはゲノムが決めている。身長に栄養の影響があるのは
事実であるが,栄養が不足すると身長が伸びないのは,ゲノムが決めている限
度いっぱいまで伸びることができないためである。最近の日本では,カロリー
も十分で栄養バランスがよくなっているので,ゲノムで決まる限度いっぱいま
で伸びることになり,こういう状況の下では,欧米と同じように身長やプロポ
ーションが親とそっくりという子が多くなっていくという。

 運動能力についても,スポーツをやり始めた初心者のうちは練習量の影響が
大きく,ある程度まで進むとゲノムの影響が出てくる。つまりオリンピックで
勝つのはもちろん,県や国を代表するようなレベルになるのは,ゲノムが決め
る個人の能力が高くない限り,なかなか難しいということであるらしい。

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 第2章はゲノムでたどるヒトの歴史。DNAをもとに過去に遡っていくと,
あらゆる人種の大元はアフリカに行き着くことが判る。太陽の光の弱い北ヨー
ロッパに住むようになったグループは,皮膚が黒いと紫外線を通さないので,
ビタミンDが不足して「くる病」になる。したがって皮膚の色が薄くなるよう
に遺伝子が変化したものの子孫が生存に有利となって増えていき白人となった。

 太陽の光が強いアフリカでは,皮膚の色が薄いと強い紫外線によって,突然
変異が多発し,さまざまな「がん」の発生に悩まされることになる。ようする
に住む地域に適するように変異したグループが生き残っていくのである。

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 第3章以下は,男と女の違い,心と脳,体質,生活習慣病,がん,老化と寿
命,DNA鑑定と遺伝子診断と解説が進められていく。これらの中で面白いも
のを2つ取り上げてみる。

 まずは忘却の遺伝子。マウスを使った実験により記憶の消失にかかわる遺伝
子(PPI遺伝子という)があることがわかり,人為的にこのPPI遺伝子を
壊したマウスは記憶力が大幅に向上し,高齢になっても記憶力が衰えなかった
という。

 なぜこのような遺伝子があるのだろうか。たとえばヒトでも,3歳,4歳の
頃からの日常の体験をすべて記憶していたら,成人になる前に記憶容量がいっ
ぱいになり,新しいことは何も覚えられなくなる。つまり重要でないことを忘
れるのは大事なことなのだという。(高齢者に対する,物忘れ対策治療などに
は比較的早く応用されるかもしれないなと,私などは期待するが。。。)

 もう一つは雄の浮気にかかわる遺伝子。乱婚型のアメリカハタネズミと一夫
一婦型のプレーリーハタネズミを比較すると,プレーリーの雄の脳のある場所
で,バソプレッシンというホルモンのV1受容体遺伝子の活動が高いことが確
かめられた。しかもこの遺伝子を乱婚型のアメリカハタネズミの雄に注入する
と,一夫一婦型に変身したという。

 ヒトでも同じ遺伝子が調べられるようになったら,お婿さん候補の遺伝子を
調べて,「プレーリー型なら娘を嫁にやるが,アメリカ型ならだめ」などとい
う時代になりそうですね。と筆者は冗談ぽく書いている。(雌の方の実験結果
は書いてないのだが,調べられてないのか,それともこういう遺伝子がないの
だろうか)

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 ゲノムとか遺伝子とかDNAの本というと,塩基がどうのとか,タンパク質
の合成とか,転写や翻訳とか,エキソンやイントロンといった難しい言葉が多
く出てきて読み進むうちに嫌になってくるものが多いが,本書ではそういう言
葉が殆ど出てこないので,さらっと読み進められるのが嬉しい。

 この本を読むとほとんどのことがゲノムで決まっているものという印象を受
けてしまうので,少々さびしくもなる。筆者もそういうことを踏まえて,「ゲ
ノムで決まっているのなら,しかたないや」などと考えたりせずに,逆に前向
きにとらえることが大切だと思います。実際に医療の世界では,個人ごとのゲ
ノムの特徴に合わせて予防法や治療法を選ぶ「オーダーメイド医療」の時代が
はじまっています。と書いている。(自分が長距離選手に向いているか短距離
向きかということがゲノムでわかれば,力を発揮できる方のトレーニングを効
率的にできるようになって便利になるという使い方もできるだろう)


(2006.5.10)

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