重 力 の 影


■著書名:【重力の影】
■ジャンル:SF
■著者名:ジョン・クレイマー
■出版社:早川書房(早川文庫SF)
   発行年:1996年   定価:757円
■ISBN4-15-011157-X
■おすすめ度:★★★★★

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 現役の実験物理学者による作品である。そのせいか大学構内の様子が非常に
リアルで,実験室のゴタゴタした状況,大学にはつきものの工作所の様子など
が生々しく描かれている。

 さてここでは,一人の研究者と美人大学院生(ヒロインというものは,なぜ
美人が多いのだろう)が高温超伝導物質を利用したホロスピン波の研究をして
いる。二人は電場と磁場を回転させ,ひねりを加えるような実験装置を組み上
げ予備実験を始めたが,そのときいきなり装置が消えてしまった。

 何がおかしいのか。調査を進めるうちにこれはある一定の場(領域)をツイ
ストさせその中にあるものを影宇宙のものと交換させる働きがあることが判っ
た。影宇宙とはいわゆるパラレルワールドであるが,その世界とは重力以外の
力は相互作用をしないという。

 ツイスター現象を発見するのが物語の初めであり,この現象については「超
ひも理論」を基礎にした説明が加えられている。

                                 *

 さてこの発見にある企業が目をつけた。企業はスパイを利用し,ツイスター
場発生装置を盗むため,大学の実験室に侵入してくる。実験室には主人公の研
究者と遊びに来ていた友人の子ども達がいた。研究者は侵入者から装置を守る
ため,装置そのものを手の届かない影宇宙へと飛ばそうと装置を作動させる。

 ところが運悪く,このとき設定したツイスター場の中にちょうど子ども達が
入ってしまっていた。装置はもう止めようがない。子ども達がもしも場の境界
に接してしまえば,その身体はこちらの宇宙と影宇宙とに分割されてしまう。
研究者は咄嗟の判断で子ども達を抱え,装置とともに影宇宙へと飛んで行って
しまう。

 一方装置を狙い,一儲けを企む企業は装置自体が消えてしまったため,今度
は共同研究をしていた美人大学院生を付け狙い拉致してしまう。大学院生から
装置の内容を聞き出すため,恐怖の自白剤(副作用が強烈なため,アルツハイ
マー症もどきになってしまう)が準備されている。

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 超ひも理論から発展させた物理理論と影宇宙を設定した科学性,大人一人子
供二人による未知の世界での大冒険。この影宇宙での3人の冒険物語がまた楽
しい。地球では見られない動物達との遭遇や井戸を掘っての飲料水の確保,ま
た子供が迷子になったことによる大発見,その他いろいろ。(物語の主人公に
子供が登場してくると,ほんとに大冒険という感じがする) そして悪辣企業
と美人大学院生とを含んだサスペンス。

 本物の科学を基礎におき,想像を膨らませた物理の世界で,ハードSFとし
て充分読み応えがある。またさらに,冒険物語やサスペンスものとしても充分
楽しめる。

 物理の研究者が新たな発見を行い,その技術を利用して悪者をやっつけ,最
後はハッピーエンドで,新発見もあまねく全世界に行き渡っていく。このへん
の流れはホーガンの「創世記機械」にちょっと似たところがある。 

(2000.5.16)

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