神武は呉からやって来た


■著書名:【神武は呉からやって来た】
■ジャンル:古代史
■著者名:竹田昌暉
■出版社:徳間書店
   発行年:1997年   定価:1,600円
■ISBN4-19-860744-3
■おすすめ度:★★★

======================================================================

 古代の日本(弥生や古墳時代)に関する本は,それが大学教授のものであれ
市井の研究者のものであれ,書店で見つける度についつい買ってしまう。いろ
んな推理(推論)が散りばめられているし,考古学からは次々と新しい事実が
明らかにされていくところにとても興味を惹かれてしまう。ただ田舎住まいの
故,あまりたくさんの本が置いてないのが残念であるのだが・・・。

 日本の古代史にとって基本となるのは,記紀(古事記と日本書紀)と三国志
(紀元数世紀の頃,中国が魏・蜀・呉の三国に分かれていた頃の歴史書)であ
る。

 古事記は文庫でもたった一冊で,短くて読みやすいのだが,日本書記の方は
文庫で五冊あり,これは読むのにも大変な努力がいる(昔の言葉で書かれてい
てそれだけでも難しいのに,内容がちょっと退屈である)。にもかかわらず,
市井の素人研究者でも大概読みこなしているのには感心してしまう。(私の場
合は1巻の途中で挫けてしまったのに・・・)

 三国志も文庫で出ているが,やはり長い書物なので読むのは大変である。し
かし幸いなことに横山光輝氏の漫画(全60巻)が出ており,楽しく読めて且
つイメージが掴みやすくて重宝である。

                                 *

 前置きが長くなったが,ここに取り上げた【神武は呉からやって来た】は,
その題名のとおり,初代天皇である「神武」が中国の「呉」から日本に渡って
きたという説を述べている。

 紀元数世紀当時の大和地方には「ヒミコ」なる天照大神がいて,出雲地方を
含み広く日本列島に支配を及ぼしていたという。そしてまたこの支配集団は銅
鐸を奉る集団でもあった。

                                 *

 同じ時期,中国では三国時代も終わりを告げようとしており,魏の脅威を感
じた呉の一部の軍団が日本に亡命を企てた。軍団は出雲に入り,そこを納めて
いた日本の先住民と相対する。

 最初の2軍は日本側に懐柔され,そのまま出雲に住み着いてしまう。そこで
呉はさらに強力な軍団を派遣し(この軍団の長は記紀では「タケミカズチ」と
呼ばれている),出雲の長(大国主:オオクニヌシ)とまみえ,これを平らげ
て出雲に侵入する。この状況が「国譲り」として伝えられているものである。

 呉の将軍「タケミカズチ」に破れるところを遠くから見ていた一般住民は,
「もうこれはだめだ」と思い,自分達の祭祀の象徴である,銅鐸・銅剣などを
地中に埋めてしまう。これが現在になって荒神山や加茂岩倉から発掘されたも
のである。(ほんまかいな・・・?)

                                 *

 中国で「魏」が滅んで「西晋」に変わった頃,呉からは更に大規模な集団が
日本列島に向けて旅立つ。しかしその集団は日本に来る途中に何故か二手に分
かれてしまい,そのうちの一派は河内に着き,もう一派は日向に着く。

 河内に着いたのは「ニギハヤヒノミコト」,日向に着いたのは「ニニギノミ
コト(後の神武天皇)」である。ニギハヤヒは河内に上陸した後,大和に向か
い,そこの先住民(ヒミコの一族)と共に暮らすようになる。(この頃,ヒミ
コは既に亡くなっており,魏志倭人伝にも書かれているような大きな墓が造ら
れている)

 一方,日向に辿り着いた「ニニギノミコト」の一派は,そこで数十年を経た
後,日本の中心地である大和に向かう。その大和では既に「ニギハヤヒ」の一
派が栄えていたが,同じ呉の出身者であっても数十年を経てはその身内意識も
なくなり,お互いが武力衝突を起こしてしまう。

 この戦争は苦心惨憺の上でニニギ側が勝利し,ニニギは大和で政権を打ち立
てることとなる。九州の日向からはるばるやってきた「ニニギノミコト」が大
和を征服し自分の政権を打ち立てる。記紀において「神武東遷」と記されてい
るのは,こういった状況を記したものである。

                                 *

 日本の古代,特に邪馬台国等について語る時には,「三国志」の中でも通常
「魏誌倭人伝」を参照するが,ここでは「呉書」を参照しているところが新鮮
である。(ただ私があまり知らないだけで,実は新鮮でもなんでもないのかも
しれないが・・・)

 何故「呉」を取り上げたのかというと,あの有名な「三角縁神獣鏡」が実は
「呉」の鏡の模倣であって,呉の工人が日本にやってきて製造(量産)したも
のであるという考えを背景としている。

                                 *

 本書の概要は以上のようなものであるが,(実際に本書を読むと研究者とし
ては拙いところも感じられるが,そのストーリーには「ああ,そうだったのか
・・・」と何となく納得させられてしまうところがある。

 まあストーリーはともかく,ここには,我が地方(滋賀県の野洲町)特産の
銅鐸がメインに出てくることもあって,個人的にはありがたい古代解釈のアイ
デアである。それに,かの「邪馬台国」にしても,やはり滋賀に住む自分とし
ては近畿にあってほしいと思ってしまうから。

 ちなみに,ヒミコの墓は「箸墓」。神武の墓は「磐余」であるとしている。


(2001.7.25)

書評のトップページへ ホームページへ